えくすとらべる

作久

第1話

 少年、米一丸喜一よねいちまるきいちは、故あって一人暮らしを始めることになりそのための買い物をした帰りだった。

「一気に色々買っちまったから相当重いなクソ。ちょっと休んでくか。」



 町の一角わずかばかりの土地に作られた申し訳程度の公園。そこにあるこれまた申し訳程度のベンチに疲れを押し付ける様に彼は腰を下ろす。ふと視線を上げた空は丸焼けの夕焼けで、夕日そのものは逆光のビルの上にさながらろうそくの火のように揺れていた。まもなくこれもふっと消え去りとっぷりと夜が暮れてくる事だろう。


「やっぱ塩と砂糖1キロ買ったの間違いだったかなぁ。いやでもフライパンとかも重いしなぁ。まずったなぁ一度にまとめて買うもんじゃなかったわ。」買った物の内、重量物を指折り数えていた彼の前に紙を持った童女が現れた。

「なんだ?迷子か? いっ!? なんだその格好。」喜一きいちの目の前に立っている童女は亜麻色の髪。服は生成色のワンピースドレスでその腰の部分を幅広の革のベルトで巻いて止めている。明らかに時代を逆行した服装である。

「こんな場所、こんな時間に一人ってだけでも変なのに、なんかアレだな。」明らかに異様な風体。そして異様なタイミング。明らかに現実的でもまともでもないそれに喜一はギョッとして少し身構える。

「コレヨメル?ヨ、ヨムル?」そう言って非実在的童女が指し示す紙にはいろは歌がかかれている。

「たどたどしい日本語。旅行者?にしては風体がなぁ。でもまぁ、答えるか。」喜一はうん。と言ったが片言の話し方や髪の色、服装からして明らかに日本在住ではなさそうなこの童女がそれを理解できるかわからない。ゆえに彼はいくつかやってみることにした。



 指で丸を作っても見る。

 両の手で大きく丸を作ってみる

 親指をサムズアップしてみる。

 首を縦に振ってみる。

 笑ってみる。



 喜一はどれか伝わるだろうと“できるよ”を表すであろうジェスチャーを色々としてみた。

 それのうちどれかが通じたのだろう。童女は満面の笑みを浮かべる。なんでそんなことを聴いたのだろうと不思議がっていた喜一。その時、彼の視界が何かに覆われ真っ黒になる。

「うわっち!?なんだおい!」

 袋をかぶせられたのだろうその外では日本語とも英語ともつかぬ聞き慣れぬ言葉でさっきの童女が誰かと話しているのが聞こえる。

「クソ!何だ誘拐か!?」ふわっと体が宙に上がる感覚がする。

「担がれた?クッソ!放せ!放せよ!?オイコラァ!!」手はがっちりと固められて動かせない。喜一は脚を必死にばたつかせて逃げようともがく。叫びながら両足を大きく振ってとにかく時間をかけさせようとする。その行動が功を奏したのか、ぐらりと傾く感覚が来てどさりと彼は地面に打ち付けられる。痛みを構うことなく視界を覆う何かをはぎ取ると喜一の目に入ってきたのは


 川だった。見たこともない川だった。


「あ。町中の公園にいた。よな?俺。なんだこれ。」彼の目の前に見えるのは幅のある川。今、彼が尻をついているのはその川辺。川にかかる橋は石造り。遠くに見える建物も彼の知っている街とは全く違ってのっぺりとしていて、いつもはビルの上で肩身の狭い風景になっている空が、今の眼前ではのびのびと大きく広がっている。その空に押しつぶされるように低く立ち並ぶ建物はおおよそ日本とは思えぬ石造りの様式をしている。それら建物の内いくつかは屋根から煙突を生やしていて、そのうちいくつかは煙をゆたりと空に流していた。

「何処だよここ。どこだよここ!」

 混乱の中喜一が見まわす周囲にはヨメル? と聞いてきた童女ともう一人大柄な少女がいた。おそらく彼女が喜一に袋をかぶせたのだろう。彼女らは、二人ともあんぐりと口を開け、えらいことになったと言う風に周囲を見回しそしてお互いの顔を見合わせていた。視線を感じたのか紙を持っていた童女がこっちをキッとにらむと怒っているのだろう金切り声で理解できない言語の言葉を上げながら喜一目掛けて子供パンチをぶつけてくる。

「おい!おい痛ぇってやめろ!もう訳が分かんねぇよ!! 何言ってんだよ!泣いてんだよ!泣きてぇのはこっちだよ!」喜一は童女を突き飛ばすわけにもいかず殴られるままになってしまう。せめてどうにかしてもらおうともう一人いたはずの少女に顔を向ける。大柄な少女は情けない顔になっている喜一を見て一つため息をつくと手をよっ引き、

 彼の顔を一発ダイナミックに張り飛ばしてきた。

「ってぇななにしやがる!」

「おい、私の言ってることがわかるか?わかるなら右手上げろ。」大柄な少女の語りはさっきとはうって変わり日本語そのものだった。

「え?」喜一はこのいきなりの変化についていくことが出来ず固まってしまう。

「ダメか。ならもう一発。」その姿を見た少女は躊躇なくもう一発張るかと手を再度よっぴきはじめる。

「あ、あぁ!わかるわかるから!!ほら、ほらな!」彼は言われたままに右手を上げる

「よし、とりあえずはこれでいいな。ほら、キャル。そんな男からは離れなさい。」

 大柄な少女にキャルと呼ばれた童女はあなたが暴れるからこんな変なことにどうしてくれるの!などと言っていた。どうやらこの現状は彼女らが何かした結果なのだが意図した通りではなかったようだ。

「あー、うー。そのーなんだ。これはいったい何なんだ?」話が出来そうな少女の方に喜一は困惑のまま尋ねる。

「それにこたえるだけのものを私はまだ持っていない。ここがどこかは私も知らん。」少女はばっさりと答える。

「やったくせにわからねぇのかよ。」喜一は思ったことをそのまま言うしかなかった。

「お前が暴れたせいで大きく位置が変わってしまった。全くおとなしくしていればすべてうまくいったものを。あとあと頼むときにしこりができると懸念してやらなかったがやはり気絶するまで殴り倒してから連れてきた方がよかったか。」ただでさえ誘拐などという物騒なことをしておいてさらに物騒なことを少女はさらりと言ってのける。

「キャル、ここで待っていてくれ。ここがどこらか探ってくる。おい、お前動くなよ。下手に動けば死ぬぞ!わかったな。私たちはお前がいなくなっても、死なれても、どちらもとても困るんだ。ここに居ろ! いいな? もし、いなくなったらそん時は私が殺すからな!」大柄な少女は怖いほどにくぎを刺してくる。

「動けるわけねーだろ。」土手を上がっていく少女の背中を眺めながら小声で言うのが喜一の精いっぱいだった。

「なぁ、キャル? だったっけ。いったい全体なんで俺はこういう目に合ってるんだ?大よそいわゆるアレみたいな状況なんだろうとは思うけどもだ。」尋ねてみるもキャルと呼ばれた童女はあれからずっと泣いたままで答えられない。

「あー、泣くな泣くな。なんかこっちが身につまされる。そうだ、コレで泣きやめ!な!」大きく開いた口におやつにと買っていたチョコ菓子を一個彼女の口へと放り込む。キャルの顔がパッと輝いた。

「よし、泣き止んだな。で、なんで俺はこんな目に合ってるんだ?」再度尋ねたキャルは口をもごもごとさせたまま不思議な踊りを踊る。口を開けるのも惜しいのかどうやら身振り手振りで答えをつたえようと頑張っているようだった。



「あー、もういいもういい。それを食った後でいいからよーく味わえ。」愛らしいことをするキャルに笑った喜一はキャルが食べ終わるまでとさっき菓子を出したリュックの中身を確認する。どうやら少女らが喜一と一緒にまとめて持ってきたようだ。

「冷蔵庫、はないよな多分。こんな町並だし。ってことは日持ちしなさそうなのはとっとと食ったほうがいいか。ホットケーキの材料買っちまってたからそれは使い切っちまうか。」がさがさとリュックの中から材料と鍋フライパンを引っ張り出した喜一は傍と気づいた。

「あ、コンロがねぇ。うわめんどくせぇそこからか。えーっとじゃぁ、ここは川原だ。なら、石だ、石を使って作ろう。」手近から積みやすそうな平たい石を見繕い積んでいく。

「で、隙間は……ま、このままでいいか。うし、とりあえずこれでまぁ使えるだろ。確かめるためには火がいるな、火。あと薪。薪はとりあえずそこらにある流木やらなんやから乾いてそうなのを使えばいいとして火か。火だな。ライターやマッチはねぇし。ん?」彼は何をしているのかとこちらを遠巻きに眺めている者に気が付いた。何処から現れたのか、青みのある短い黒髪の女性が一人こちらをじぃっと見ていた。

「おーい、あのーすみませんが火持ってないですか?ちょっと入用で。」喜一はダメもとで声をかけながら近づいてみる。

 ザッと彼が近づくと、女性はザッと同じだけ退く。

「なんもしませんって。」両掌を見せるも女性はザザッと引いて橋のたもとにあるバラックの中へと消えた。

「やっぱ警戒するよな。いきなり現れていきなり料理し始めてんだもんな。そうだよなぁ。しゃーない。なんか使えそうなのがないかリュック見てみるか。」喜一は再度リュックを漁りはじめた。

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