妹はSNSの覇王を目指す
スカイレイク
収益ラインを巡る攻防
第1話「妹、スマホデビュー」
今日は休日であり、俺は一人で家に居た。家族は総出で妹のスマホ契約に出て行っている。俺はリアル友人よりネット上の方が知り合いが多いのでわざわざどこかに出かけようとも思わない。
妹の
なお、俺は妹のスマホ選びなどと言う面倒なことは避けたいと思ったので一人家に居る。自分の気に入ったものを選べばいいのに俺の意見など聞くはずもないだろう。いくらグレーゾーンなことが出来るスマホがあるとはいえ、ソレを教えてやるほど俺はお優しくはない。
物好きなら自分で気付くだろうし、サイドロード可能な機種を選ぶだけの話だ、俺の意見を言ったところで世間を綺麗なものだと思っている妹に届くとは思えないしな。
そして開いているバトロワソシャゲで一戦が終わったところでスマホをスリープにした。電池残量の減りが早いんだ、このペースでゲームをしていたらあっという間にバッテリーが死ぬだろう。
そうしてしばし待っているとスマホに通知が入った。
『お兄ちゃん、機種が決まりました。初期設定してね!』
初期設定くらい自分でやれとか、そもそも初期設定が出来ているから、俺にメッセージを送ることが出来るんだろうがとか、突っ込みどころはあったものの、無事初めてのスマホ選びは完了したようだ。
そこでふと、家から逃げておけばスマホ初心者の面倒な質問攻めから逃げられるかなという考えが頭をよぎった。
しかし、冷静に考えてみれば、そうした場合両親から『何故妹の世話をしてやらないんだ』と八つ当たりされる可能性もあるのでここは家に居た方が安心だろう。どうせ出かけようとも大して遊ぶ場所なんてなければ、遊ぶ相手だっていないんだ。
そう考えるとコミュ力の高い瀬々里の相手をする方がマシだろうな。一応近所に
全てを諦め、俺はしばしの平和を部屋で楽しむことにした。薄暗い部屋に様々なものが置いてある、一応全て合法な品だ。技適も通っているし、購入が違法なものは一つもない。せいぜいがPSEマークのついていない家電くらいだろうか、個人使用なので省庁のお偉いさんが動くようなことは無いだろう、たかがガキの個人輸入に本気になる程日本の警察は無能でもヒマでもない。
そんなわけで、優秀な捜査官がこんなグレーな案件を好き好んで扱わないことを信じて、バッタ物で組んだPCを起動した。
「そういや林檎の新スマホ出る頃か……」
公式ページには一切記載がないが、ご丁寧に近日重要発表があることは記載している。『察しろ』という意味だろうな。とはいえ、新型の発売が近いのは公然の秘密なので多少は現行品も値引きしてくれるだろう。瀬々里の奴が何を買うかは分からないが、激重ゲームが普通に動くようなものは買ってもらえないような気がする。
中学生だしそんなものだろうとは思う。中学デビューでスマホを買ってもらえると、昨日は大はしゃぎをしていたが、安いものを選ばれて悲しまないといいなとは思う。金が有限である以上、余裕で二十万を超えるようなものがある界隈の製品は買えないだろうが、父さんと母さんには娘のクラスカーストのことも気にしてやってほしいものだ。
なんとなく現在のスマホのラインナップを調べてみる、もちろんキャリアショップで売っているものだ。両親がスポンサーなので中国からの輸入なんて思いもよらないことだろう、たとえそちらの方が安くあがるとしても、だ。
ぼんやりと林檎以外の売れ筋のアンドロイドを探してみる、有名メーカーのつよつよSoCを積んだハイエンドから、ゲームをやると起動画面で落ちそうなショボいものまで様々なものを売っているようだ。ウチの家族はキャリアを統一しているので、まあまあ安いものに落ち着きそうだ。
しかし携帯ショップの待ち時間は結構なものなので、オンラインで契約すればいいだろうとは思うのだが、それを親世代にやらせるのは無理か……
多分食事は夕方を過ぎるだろうなと思ってキッチンに向かう。冷蔵庫を開け、一枚の食パンをトースターに放り込み、卵を二個ほど取った。
俺は茶碗に卵を割り入れ、醤油やら砂糖やら化学調味料やらを入れてかき混ぜ火にかけた。栄養素なんてものはまったく考慮していないが、案外そういったものの方が美味しいものだ。
昼過ぎに瀬々里が血気盛んに出向いていってもう夕方だ、そろそろ窓の外が茜色に染まりつつある。
どうせパスワードを忘れたと店員にゴネている奴でもいるのだろう。そういった無理難題をふっかけられるのも困るだろうが、そのせいで待ち時間が増える方の身にもなって欲しいな。
一通り起こりえる可能性を考えたところで、ウチ――つまり
そういえば寝ようと思って鍵をかけていたんだったな……
俺は面倒ながらも玄関に向かう、チャイムが鳴っていたのはチェーンがかかっているからだった。鍵だけでは不安と思っていたせいで迷惑をかけたな。
「はいはい、今開けますよ……っと」
チェーンを外すと、太陽のような笑顔をした俺の妹が立っていた。後ろではゲンナリした両親がいる。複雑なプランになりそうだし悩むのも無理はないだろうな。
「
父さんがそんなことを言い出した。
「何で俺が……やってもいいけど責任は取らないよ?」
スマホの初期設定は面倒なんだよなあ、といってもショップでの待ち時間を考えると契約してから初期設定までやる時間を考えたら、さっさと長話を終えて俺に丸投げしたいという気持ちも分かる。
「お兄ちゃん、ダメですか?」
瀬々里が上目遣いで問いかけてきた。
「構わんよ、ただ始めに一言言っておく」
野放図にやるよりマシだろう。俺は初期設定を引き受けた。
「なんですか?」
「トラブルは自分で片付けろよ?」
「もちろんですよ!」
その言葉が本当なのかは怪しいが、自己責任でやって貰うしかない。結局は最後に判断するのは瀬々里だ。俺の初期設定が悪かったと良い狩りを付けられても困る。
「じゃあ私の部屋に来てください! 一緒に設定しましょうね!」
テンション高く言う瀬々里、しかしわざわざ自室でやるようなことなのだろうか?
「別にここでも……」
そう言いかけたところで瀬々里が俺に顔を近づけささやいた。
「フィルタリングされたらかないませんからね……」
ああ、そういうことか。感心はしないが気持ちは分かる。しかし野放図にネットの海に放り出すのにも不安がある。
「ちなみにスマホで何をやりたいんだ?」
「バズり散らかしたいです! 私の一言にみんなが反応してくれるのが目標ですね」
それはかなり難しいことだと思うぞ。炎上系ならそうもなれるかもしれないが、そんなことをすればデジタルタトゥーになるのは確定だ。
「ちなみにどのSNSでバズりたいんだ?」
「Tとイソスタですね!」
元気よくそう言う瀬々里、どちらもメジャーなSNSだが、そのどちらもがしょっちゅう炎上だったり事件の元になったりしているんだよなあ……
「ちなみに父さんと母さんはそれを認めてくれたのか?」
俺が一応そう訊くと、『まさか! あの二人に訊いたらダメって言われるに決まってるじゃないですか。だからお兄ちゃんに初期設定をやってもらうということでショップからさっさと逃げたんですよ』だそうだ。
「分かっててやるならいいが、トラブルは全部自分で背負い込めよ? そこまでやって結局親に泣きつくとかこの上なくダサいからな?」
そのくらいの覚悟はしてもらわないと困る。ネット上には意地でも細々した情報から個人情報を特定しようとする集団がいる。そんな連中からは逃げるが一番なのだが、瀬々里の性格からしてレスバをしそうで不安だ。
「お兄ちゃんは信用が無いですね、ま、それはいいです。私の部屋に行きましょうか」
まったく、面倒なことになったなあ……まあアカウントの作成くらいは手伝ってやるか。
そうして期待もワクワクも全く無い、妹のお部屋へお邪魔するというシチュエーションと相成った。
「じゃじゃーん! これが私が買ってもらったスマホです!」
「えぇ……それハイエンドじゃん。良く買ってもらえたな……」
瀬々里が見せてきたのは最新のハイエンドSoCを積んだかなりのハイスペックスマホだった。俺の時は散々渋ってミドルレンジを買ってもらったんだぞ、羨ましいなあ。
そして瀬々里がおもむろに取りだした箱を開けると、黒くてテカテカな本体が出てきた。充電器にUSBケーブルを挿し、片側はスマホに繋いだ。とりあえずバッテリーの充電をしないとな。
しばし待つと画面に充電中と出たので起動をした。メーカーのロゴが出た後、アカウントの作成画面になった。俺は瀬々里にアカウント名を付けるように促す。
瀬々里は『せせり』という何のひねりもない名前をアカウントに登録し、満足そうにスマホを眺めている。
「お兄ちゃん、Wi-Fiに繋いでもらえますか? 確か管理していたのはお兄ちゃんですよね?」
確かにそうなのだが、何か重いゲームでもダウンロードするつもりだろうか? 俺はそっとスマホを借りて、自宅のルーターに接続した。
「これで大きめのアプリもダウンロードし放題なんですよね?」
「ああ、そうだな、ストレージも結構あったしバトロワを複数入れるくらいの余裕はあるな」
かなり重めの3Dゲームでも平気で動くスペックをしているので問題無いだろう。いや、瀬々里がそんなものをプレイするかは知らんけどさ。
「とりあえずTとイソスタはダウンロード終わりました!」
「早いな……行っておくがくれぐれも気をつけて使えよ? どんなトラブルが起きるか分からないんだからな」
分かってもらえたのだろうか、その場のノリで返事が返ってきたような気がするが、俺の責任はここまでだ。強力なペアレンタルコントロールをかけることも出来るが、そんなことをしたらハイスペックの意味はほとんど無くなる。メッセンジャーとTとイソスタしかしないならそんなハイスペックはもったいない。
「ねえねえ、どんなものがバズると思いますか?」
「普通にキラキラした日常を撮影してればいいだろ。イソスタはそういう界隈だ。Tは……まあ普通はやらないようなことを撮影して見たらどうだ? どちらも特定されないように気をつけろよ」
忠告はしておく。特定されて迷惑を被るのは瀬々里だけではないからな。
「アカウントも作れたみたいだし、俺はもういいか?」
「はい! 明日からみんなにいいねをつけられるインフルエンサーになりますよ!」
俺はあまりそう言った連中を信用していないのだが、瀬々里も俺も未成年であり、怪しい勧誘の契約を無効に出来るくらいの特権を持っているので、そこまで人間の恐ろしさは話さないことにした。
「じゃあな、俺は寝るよ」
「晩ご飯は食べないんですか?」
「ああ、待ってる間に卵とトーストを食べたからな。十分それで足りているよ」
瀬々里は俺が部屋を出るのを見送ってくれ、その日はかなりの疲労感に襲われた。
そして布団に入ってぼんやりしながら、妹を面倒な界隈に無防備に放り出してしまったことを気にしつつ寝ることになった。
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