1-3 成り行きで夫婦に?!
第7話 もしかしてこの世界って
「えっ……。つまり、どゆこと……?」
首を傾げると、スロウは、はぁぁぁぁぁ、と深い深いため息を付き、恨めしそうに俺を睨みつけた。
「さっきのアレは、精霊召喚士一族の婚礼の儀だ。もちろんあれやこれやをかなり省略しているがな」
「えっ、と? 婚……?」
婚礼って言った? いま?
「ざっくり言うとだな、緑色の正方形の布で、妻となる者の頭部を撫でるんだ。それで、頭上に宿る精霊を半分削り取る。そして、同じ布を夫の頭に擦りつけると、削り取った精霊が夫の側にも行く」
「……は、はぁ!?」
『妻』? お前が俺の!?
何その『折り紙』要素の強い儀式! 何で俺のスキル(と認めたくはないけど)に都合の良い儀式が存在するんだ、この異世界は!
ていうか半分削り取るって響きが怖いんだけど!
「てことは、俺、お前のことを娶ったってことになんの?」
「そういうことだ」
「で、でもでもでも! あれやこれやを省略しちゃってるんだろ? そんなの無効だって! な!? だよな!? ですよね、ゴウさん? ソヨさんっ!?」
同意を求めて三人を順に見る。力なくうなだれたスロウは目を合わせてくれなかったが、ゴウさんとソヨさんはばっちり視線を合わせてくれた。が、ビッと親指を立ててどえらい笑顔である。
「いや、願ってもない」
「助かったわ、マジで」
「嘘でしょ」
おい、スロウお前も何か言え! と肩を叩くと、彼はふるふると震えながらしくしくと泣き出した。
「えっ、ちょ、ごめんって。元はと言えば俺のせいなんだもんな。ごめん。マジでごめんって」
「僕にだって夢があったんだ」
そう呟いて、がくりと肩を落とす。
「だ、だよな! そうだよな? うん、それはそうだ、うん」
「プロポーズは夜景のきれいなレストランでとか」
「あぁ――、まぁ定番だよな」
「レンタルドラゴンの上でも良かった。昇る朝日を二人で見つめながらとか」
「あぁはいはい。ヘリをチャーターするノリのやつな? 知らんけど」
さすがはボンボン。プロポーズも派手なんだな。
ていうか、良かった、この世界、ちゃんとドラゴンはいるらしい。ただ、レンタル業に従事してるっぽいのが気になるところだけど。あの、なんていうか、人に使われない気高さとか孤高の存在とか、畏怖の対象とか、なんかそういうのないんすかね!? 嫌だよ、レンタル業で日銭を稼ぐドラゴンとかさ! それとも何? 会社とか立ち上げちゃってる感じだったりする? 各地に支店とかあったりすんの?! 大空でのプロポーズは当社にお任せ! みたいな?! やめて! 神聖さが薄れる!!
「それで、父上に挨拶に行って、結婚の許しをもらおうとするんだけど、殴られたりして」
「あるあるだよなぁ。……あるあるかな?」
「そこで僕がすかさず間に入って、『僕の選んだ人に何をするんだ!』って」
「うん?」
いまお義父さんに殴られてんのお前じゃねぇの?
「それで僕らは駆け落ちするんだ。もともと身分違いの恋。由緒正しき精霊召喚士一族である僕と、どこの馬の骨かもわからない異世界人。反対されるのは目に見えてた」
「おい。ちょ。ちょっと」
「だけどそんな家柄云々で僕らの仲を引き裂けるもんか! そうだろう!?」
「そ、そうかもな。いや、そうじゃなくて」
「そうして僕達は結婚式を挙げるんだ。参列者なんて誰もいない。二人だけの式だ。それで――」
「あの――、ちょっと突っ込んでもいい?」
「どうした。もう突っ込む気か? 気が早すぎるだろ、ケダモノめ。せっかくここから第二幕なのに」
「ケダモノとかマジやめて。突っ込むってそういうことじゃねぇし。ていうかこっわ、第二幕って何」
ちょっと一旦確認させてくれ、と手のひらをスロウの眼前に突き出す。すると、ちょっとうざったそうに「何だよ」と返してきたものの、一応は話を聞く気になってくれたらしい。
「もしかしてだけど、お前、最初から娶られる側で考えてた?」
「そうだが?」
「そうだが? じゃねぇよ。えっ、マジかよ。どういうこと?! お前男じゃねぇの?」
「男だが?」
「いやもう逆にさ、何でそこまで平然としてられんの? どういうこと? えっ、この世界って何? どうなってんの? ――あっ」
そこで俺はピンと来た。
あの、唯一俺が病欠した講演会だ。友人達が頑なに内容を教えてくれなかった、そして、やけに女子達がざわついていた、あの講演会である。俺だって噂程度に聞いたことはあるのだ。
男性同士でキャッキャウフフするタイプの異世界がある、と。つまりはボーイズラブの世界である。
えっ、俺、よりによってその世界に転移しちゃった、ってこと?! いやいや、俺、『ある』ってことくらいしか知らないし! クソッ、こんなことなら這ってでも出席するんだった! 少しでも何らかの予備知識があれば、回避方法とか対策とか練られたかもしれないのに……!
ていうかな、なんとなくおかしいとは思ってたんだよ。俺さ、こっちの世界に来てからいまのいままで『女性』と一切かかわってないんだよ。いや、いるよ? 視界の隅でチラチラはしてたよ? あの役所みたいなところでもさ、いたよ? でもさ、なんていうのかな、全体的に顔の印象が薄いんだよな。こういう発言はセクハラになるかもだけど、身体のシルエット的に女性だな、って判断しただけっていうか。なんていうか、男が多いんだよ、とにかく。目鼻立ちがはっきりくっきりしてんの、男だけなんだよ。それってつまりそういうことだろ?! 女性はモブ扱いされてるってことだろ!? おいふざけんなよマジで!
「この世界がどうなってるも何も。精霊召喚士界では、力のある方が『妻』になるんだ。何せ、精霊を分け与える側だからな」
言われてみれば確かにさっき、妻の方の精霊を削り取って、とかいう話をしてたな。
「恐らくこの世界で僕以上に優秀な精霊召喚士はいないだろうからな。だから僕はこの世に生を受けた瞬間から、『妻』になるものと決まっている」
「でもそれだと、家が絶えたりとか」
「はぁ? するわけがなかろう。精霊召喚士の一族は、男だろうが女だろうが婿を取るのが一般的だ。絶えるわけがない」
「いや、お前、駆け落ちする気満々だったじゃん」
「ま、そこは臨機応変にだ」
まぁとにかく、と仕切り直すように言って、スロウはさっきよりも幾分か晴れやかな顔を向けて来た。ヤバいくらいのイケメンである。顔面の輝度が高い。えっ、これ長時間見つめたら目が焼けたりするやつじゃない?
「少々納得がいかないが仕方がない。マイナスからのスタートの方が、ここからは加点するだけ、みたいな感じで案外良かったりするかもしれんしな」
「ちょっと待て。何で俺がマイナスなんだよ。むしろいきなり男を嫁にもらうことになった俺の方がマイナスなんだけど!」
「何を言う。確実にお前にはもったいないくらいの僕だぞ?」
「なーにが『もったいないくらいの僕』だ! 自宅から出たくないとか言って依頼もこなせないようなポンコツの癖に!」
「あっ、タイガまで僕のことをポンコツ呼ばわりするのか?! 良いよ、そこまで言うなら行くよ。行けば良いんだろ、依頼でも何でもやってやる!」
「言ったな?! よし、早速出発だ!」
「おうとも!」
とりあえず、こいつを動かすことには成功した。
さすがにここまで啖呵を切ったんだ、半日の移動くらい意地でこなすだろう。こいつ、プライドだけはいっちょ前っぽいし。
だけど、一番の問題は解消されていないのだ。
こいつとの婚姻関係である。
何が悲しくて野郎と結婚せにゃならんのだ。
俺はまだ可愛いエルフお姉さんを侍らせてイチャイチャ無双する夢を諦めていない。まさか生涯何があっても一人としか結婚出来ないなんてことはないだろうし、絶対に解消する方法があるはずだ。役所的な機関があるんだから、何なら離婚届一枚でどうにかなるかもしれないし!
女性がモブ扱い? 知るか! 俺だってモブ顔なんだからむしろちょうど良いんだよ! 俺はもうこの世界でモブとして生きる覚悟を決めた! だから、こんなどこからどう見ても主役みたいなクソイケメンの夫になんかならない! これだけ色んな異世界があるんだ、一個くらいあっても良いだろ、モブ顔の男が平凡に暮らしながら何らかのスキルで無双する話があったって!
(※ただしスキルはポケットから折り紙をだせるだけ)
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