第8話 それは夫の努めだろう!
いくら中に風の精霊が入っているからといって、折り鶴に成人男性二名はさすがに、と思ったのだが、案外何とかなるものである。
俺とスロウは現在、折り鶴の左右の羽をそれぞれギュッと掴んだ状態で大空を移動中だ。何がどうなっているのかは正直わからない。ただどうしたって野郎と身体が触れるのが不快である。これが可愛い女の子だったら……。ああでも一応こいつは俺の妻なんだっけか。迷惑な話ではあるけど。
さすがに破けるんじゃないかとか、羽を掴んだら飛べないのではとか、こちらの握力的な問題とか、いろんな心配はあった。
けれど、風の精霊ソヨさん曰く、
「この折り鶴を介してお前達の身体そのものを浮き上がらせているだけだから、これ自体には何の負荷もかかっていない。よって、これが破けるということもないし、握力も大して必要はない。羽ばたいて飛ぶわけでもないから羽を掴んでも問題はない」
だそうだ。
ソヨさんの方では、スロウが直接自分に触れなければオッケー判定らしい。いま触れているのは、自分の身体(?)ではない。折り鶴だ。だからセーフ、ということなんだとか。いや、結局のところ体そのものを浮き上がらせているのなら、それはつまり触れているのと同義では?! と思うのだが、そこを突っ込むのは野暮ってものだし、下手なことを言ってそこに気付かれたら厄介だ。俺は何としてもこのポンコツを氷山に連れて行かなくてはならないのである。ていうか、こいつを連れていくのが目的ではないはずだが。なぁこれ、俺に対する依頼だよな? 俺のためのやつだよな?!
「なぁタイガ」
スロウがまっすぐ前を見たまま、俺の名を呼ぶ。
「何だよ」
「その、さっきの件だが」
「さっきの件?」
「僕と君が婚姻関係にある、っていう」
「あーはいはい。俺としてはもう正直なかったことにしたい気持ちでいるけど。それがどうした?」
「あ――……、そうなると今日がその、初めての夜ということで」
「何だ? あのな、風の音で良く聞こえないんだ。もうちょいデカい声で頼むわ」
「いや、やっぱ良い。あとで」
「そうか?」
えー、何だよ言えよ。追究したいところではあるが、それはいまじゃなくても良いだろう。何せいまは氷山に向かっている途中だ。大空を――小さな折り鶴の羽を掴んで宙づりというシュールとしか言いようのない絵面で――飛行中なのだ。大事な話は地に足をつけた状態ですべきだろう。
とはいえ、やはり気になるものは気になる。何やら胸にもやもやと閊えのようなものを感じながら、ちらっとスロウを盗み見る。と、どうやら向こうでもこちらを見ていたらしく、バチっと視線がかち合う。
「んなっ、な、何だ」
そう返すスロウの顔は赤い。
「いや、別に」
えっ、これ絶対意識してるでしょ。
待って。あんな事故みたいなやつでもしっかりその気になってるの何で!?
えー、困るんだけど。俺、この後、異世界の可愛い女の子とキャッキャウフフするつもりでいるからさ。婚姻関係だってさっさと解消するつもりでいるし。どんなに顔が良くても男はちょっとなぁ。
しばらくして氷山に着き、まずはテントの設営をする。これを使うほどの長丁場になるかはわからない。けれども、依頼一覧と共に持たされたガイドブックに、『初心者は、どんな依頼でも最初は必ずテントを設営しましょう。』と書かれていたのだ。いくら短時間で終わる依頼でも、どんなトラブルに見舞われるかわからない。不慮の事故もあるだろうし、急な体調不良なんてのもあるかもしれないからだ。異世界の空気に慣れるまで時間がかかる人も一定数いるらしい。事故やトラブルはある程度場数を踏めばどうにか対処出来るかもしれないが、初心者には厳しいし、空気が合わないとかはもうどうにもならない。
というわけで、異世界初心者に持たされる便利アイテムの一つがこのテントだ。きちんと設営さえすれば、中級クラスの魔物に襲われても大丈夫だし、小規模の雪崩や土砂崩れでも潰れない。温度調節もそこそこしてくれるのだとか。ただ、初心者用なのでかなり狭い。バディの大きさに合わせてS・M・Lのいずれかを支給されるのだが、俺の荷物に入っていたのはMサイズ。どうやらデカいデカいと思っていたスロウはこの世界ではそうでもないらしい。
というわけで、大抵の場合は依頼を全部こなす頃にはお役御免になる、序盤のアイテムだ。
それを――一人でせっせと設営している。
「スロウ! お前も手伝えよ!」
「冗談だろう、なぜこの僕がそんなことをせねばならんのだ!」
「お前も使うからだろうが!」
そりゃ使わないかもしれないけど!
まぁぶっちゃけ、納品予定の『ヤパの花』らしき花がさっきから視界の隅にチラチラしているし、それに群がる『ユゴロニッキ(だったかな)』らしき甲虫も確認出来ているんだけど。何でこんなすぐに見つかっちゃうんだよ! もう少し粘れよ異世界! ここから何らかの大冒険に発展するやつじゃねぇのかよ! それにちょっとキャンプみたいでアガるだろ、テント張るとか! 俺だけですかぁっ?!
そう思って強めに言い返したのだが、むぅ、と頬を膨らませてスロウが放った言葉が――、
「初夜の巣作りは夫の努めだろう!」
だった。
は?
待って待って待って。
初夜って何。
いや、わかるよ。
言葉の意味はわかる。
新婚夫婦の最初の夜ってことだろ?
まさかと思うけど、さっきなんかモゴモゴしてたアレか? いやもう、なんて言うか、ヤッちゃったらもう『詰み』じゃないか? スキルはポケットから折り紙を出すやつだし、相手は男だし?!
おい! 俺の異世界どうなってんだよ! 責任者を! 責任者を出せぇっ!
震える声で「何言ってんだ? 初夜ってどういうことだよ」と問い掛ける。するとスロウは、しまった! と口を押えてアワアワし出した。
「い、いまのは忘れてくれ。いやー、この僕としたことが、何を言ってるんだろうなぁ。わはは」
いやもう、その反応がビンゴだわ。こんなにわかりやすい誤魔化し方もないからな? わはは、じゃねぇんだわ。
「おい、スロウ。ちょっと一旦話をしよう」
「何を話し合うことがあろうか。そんなことより、依頼をこなす方が先決だ。そうだろう? 僕達がここに来たのは何のためだ」
「そりゃあ依頼をこなすためだけど。でも最終目的は、俺がこの世界でいずれ独り立ち出来るように色々な経験を積むことなんじゃないのか? 依頼はあくまでも、そのための手段の一つだ」
「ぐぅぅぅ……。た、確かに」
一理あるぅ、と肩を落とす。
こいつ、馬鹿だし精霊召喚以外の部分はかなりポンコツっぽいけど、素直ではあるんだよな。常に偉そうだし、精霊には嫌われまくっているけど、悪いやつではない気がする。顔も良いしな。まぁ、顔の良さは関係ないか。
というわけで、シュババババ、と『ヤパの花』と『ンゴロニッキ(ユゴロニッキではなく、ンゴロニッキだった)』を回収し、納品袋に必要数を突っ込んでから、俺とスロウはテントの中に入った。
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