ロイヤルミルクティに三温糖を

ジャンル:現代ドラマ?

キャッチコピー:紅茶の日は君の誕生日

紹介文:

売れない物書きハジメの一日は一杯の紅茶から始まる。 それと年下幼馴染みであるサキの笑顔。 担当編集者に、唯一の熱狂的な読者、看板猫たちも加わって今日も喫茶店アンティは賑やかで。

お題:「私と読者と仲間たち」


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寝ぼけ眼に、ボサボサの髪をさらに片手でかき回して喫茶店アンティの一番奥のソファ席につけば、朝の陽ざしが目に刺さった。


ハジメは薄目でぼんやりと青い空をにらむ。


「おはよ、ハジメちゃん」


ことりと目の前に紅茶の入ったカップが置かれる。大きめのカップにたっぷり入っているのはミルクティーだ。続いて置かれたバターの塗られたトーストがのった皿にはソーセージと目玉焼き、ベイクドビーンズが添えられている。後からきたボウルにはキュウリやトマト、レタスが並んだサラダ。

デザートにドライフルーツの飾られたヨーグルトとキウイフルーツとバナナ。


注文をしていなくても、顔を出せば用意してくれる。常連客ならではの贅沢だ。

手早く朝食を並べ終えたサキがにこりと笑顔を浮かべる。


「どっかの名探偵の孫みたいに呼ぶなよ……」

「ハジメちゃんがハジメなんて名前だからでしょうが」


幼馴染みのサキは高校生だ。二十六歳のハジメはこの年下の幼馴染みに頭が上がらない。おなじみのやりとりを力なく繰り返すだけだ。

サキは水色のエプロンをひらめかせて、ずいっと顔を近づけてきた。

何年か前の誕生日にハジメが彼女にプレゼントしたものだった。もちろん、彼女に要求されて、だ。彼女が欲しがっているものをドンピシャで贈るなどという気の利いたことをできるはずもない。


「また、徹夜したの?」

「一時間くらいは寝た…」

「それは寝たって言わないよ、仮眠っていうかハジメちゃんの場合は気絶じゃない。目の下のクマがいっそうひどいことになってるよ」

「あー、なんでお前がいるんだよ。今日は土曜日か?」


サキの的確な指摘に返す言葉はなく、壁にかけられた時計をちらりと見て、話題を変える。


「私が店を手伝う日で曜日を把握している残念なハジメちゃんに、教えてあげるね。今日は木曜日だよ」

「じゃあ、なんでこんな時間にいるんだ。学校はどうしたんだ?」


時計の針は8時50分を指している。

彼女は最寄りの高校に通っているが、7時半には家を出ていくのだ。なので自宅の喫茶店を手伝うのは土日や祝日など学校が休みの日だ。

祝日だったかと思考が回った時に、サキはお盆を抱えたまま呆れたように告げる。


「祝日でもないからね。今日は卒業式だから、学校が休みになったの」

「そんなの俺が知るワケないだろうが」

「せめて今日が何曜日かは知っておけば、すぐにわかると思うんだけど。そうだ、だから後でマリヤ君が遊びに来るって言ってたけど」

「やめてください、勘弁してください。俺はこれから眠るんです」


サラダにフォークを突き刺して懇願すれば、連絡しておくけど難しそうだなと無慈悲な答えが聞こえた。

マリヤという少年はしがない小説家であるハジメの熱狂的な読者だ。ほぼ唯一といってもいい。初めて本を出してからずっとファンレターを送ってくれていた人物で、たいして出していないし売れてもいないが、受け取った手紙の総数が1000通を超えるほどの猛者だ。


何の因果かサキの高校のクラスメイトで、著者近影から身バレした。

ちなみに著者近影は影法師だ。その案をだしたのがサキなのだが、何かの話からハジメにたどり着くのだから、ファンというのは侮れないのだと実感したものだ。


「左近寺先生、読みましたよ!」


カランと扉を開けて飛び込んできたのはパンツスーツに身を包んだハジメの担当編集者だ。編集者2年目の若手で勢いがある。ショートカットの小柄な女性だが、とにかくちょこまかしているイメージが強い。


「あ、サキちゃん、おはようございます。今日は学校はお休みですか?」

「おはようございます、近藤さん。今日は卒業式なんですよ」

「そうなんですね。あ、左近寺ブレンドをお願いします」

「かしこまりました」


左近寺ブレンドというのはサキがブレンドした紅茶の名前だ。

ハジメの好みに合わせた紅茶で渋みを控えたすっきりとした飲み口が絶妙の一品になっている。

注文した近藤はさっさと向かいに座ると、鞄の中からプリントアウトした原稿を取り出した。


「送っていただいてすぐっていうのも迷惑かと思ったんですけど、いつもここで朝ご飯食べてらっしゃるので押しかけちゃいました。これ、いいですね。今回は当たると思いますよ!」

「お前はいつもそういうじゃないか」

「今度は本当ですって。それで、いくつか手直しをお願いしたくて。あ、朝食を召し上がっている間でいいですから、耳だけ貸してください」


近藤が話しているとにゃあっとテーブルの下から鳴き声が聞こえた。


喫茶店の看板猫であるミイ、リイ、トイのどれかだろう。

ミイとリイは真っ白な毛並みのもふもふした猫で、トイはスレンダーな黒猫だ。


「ふふ、おやつがもらえると思ってきたんですね。ちゃんと用意していますよ」

「お前、仕事を口実にさぼりに来ただけだろ。俺がここにいなくても全然かまわなかったんじゃないか」

「まあ、それはそれ、これはこれです。大体仕事一筋って面白くないじゃないですか。そもそも、私には癒しが必要なんです!」

「おい、担当編集者がそれでいいのか」


鞄をガサゴソ漁った近藤はハジメの批難を無視して、さっと袋を出してテーブルの下の猫にあげる。

紅茶を淹れたサキが戻ってきて、テーブルにカップを置いた。


「いつもすみません。よかったね、ミイ、トイ」

「うふふ、可愛くてメロメロなんですよ。至福ですから、気にしないでくださいね。リイちゃんはどちらに?」

「まだ籠の中で眠ってますよ」


カウンターの端に置いてある籠が三匹の寝床だ。

三匹は自由に店の中を歩き回っている。それでも看板猫として成り立つのだから羨ましい。


「はあ、いい香り。さすがはサキちゃんの淹れる紅茶ですね」

「こんなものぐさのくせに紅茶好きな小説家さんのせいですよ。感謝してよね、ハジメちゃん」

「はいはい」


ミルクティを飲んで、頷く。

淹れ方が美味いのか、サキが淹れる紅茶は本当においしい。ハジメの好みに合わせているからだとは思うが、他ではちょっと味わえない。ミルクティも他の店とは味が違うのだ。隠し味があるからだと彼女は言うが、決して何を使っているのかは教えてくれない。


「感謝はしてますよね、こんな話を書くくらいに―――」

「近藤、仕事の話だろ!」

「あー、はい。そうですね、で、ここの設定なんですけど。もう少し優しい感じになりませんかね。その方が深みが出ると思うんですよ。意外性があるっていうか」


テーブルに出した原稿用紙の頁をめくって話し出した近藤に気を遣ってサキはカウンターの向こうに戻った。

彼女が去ったことを確認して、ハジメはそっと胸を撫でおろす。

おやつを食べ終わったトイがひょいとハジメの膝の上にやってきて、丸くなった。眠るつもりのようだ。さらさらの毛並みをゆっくりと撫でる。


「11月に間に合わせる方が良いと思って。急いだんですけど。やっぱりお邪魔でしたか?」

「うるさい、お前は気づかなくていいんだよ」

「日々の感謝と愛情が籠った一冊になりそうですねぇ」

「私物化するなって怒るかと思ったが」

「いい作品に文句なんてありませんよ。安心してください、最初の頁にきちんと書きますからね」


次作は喫茶店の少女に世話を焼かれる売れない小説家の話だ。喫茶店に訪れる客たちと二人の日常を描いた作品で、恋愛小説家であるハジメの気持ちを綴った内容になる。

タイトルは『私と読者と仲間たち』。

書き出しに、ありったけの勇気を込めた。伝わっても伝わらなくても、どちらでも構わない。ただ純粋に言いたくなっただけだから。

結果はまだ先の話だが、どうなるかは自分にもよくわからないけれど。

素直に、心を込めて。


『紅茶の日にありがたい読者と仲間たち、くゆる湯気のむこう隣で笑う君に捧ぐ―――』

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