第3話 銀髪の女エルフ

 俺はあの夜、ドーパン村で黒翼団の頭であるダリウス・フィールに敗れた。

 それから現在に至るまでの約一年間は何も楽しくない日々を過ごしていた。

 基本は鉱石の採掘だけをやる日々。ごくごく稀に外に行く事があったが、主に俺の力を使って建物や橋を壊したりなどの破壊行為を強要してきた。

 ダリウスは俺の奴隷になれと言っていたが、基本的な扱いは他の奴隷と何等変わらない。もっとこき使われると思っていたが、この檻に連れて来られた日に一回顔を見せたきり会っていない。まあ、会いたくもないので良いんだけど。

 そんな事より俺が心配している事はミーシャとドーパン村のみんなの安否だ。俺がいくら聞いても黒翼団の奴らは何も教えてくれない。確認しようにも脱出すれば村のみんなが危険に晒される可能性が高い。それは本末転倒だ。俺は信じるしかない。ダリウス・フィールの『約束は守ってやる』という信憑性に欠ける言葉を。

 もし、村のみんなが既に死んでしまっていたら?そう考えずにはいられない。その時はもう一度あの時の力を使う。『殺意』の青い炎の力を……。


 今日は一日中考え事をして疲れた。さっさと横になろう。


 一日の作業が終わり、俺は自分の檻に戻ってきた。それから俺は自分の寝床へと歩く。薄い毛布が一枚だけの場所に。


 ミーシャの家ではふかふかの寝具を使わせて貰ってたからな……あのふわふわの寝具が少し恋しい。


 そんな事を思いながら横になる。


 固くてひんやり冷たい床だ。俺が普通の人間だったら体が痛くて良く眠れなかっただろう。この体に感謝だな。


 俺は感謝と共に眠りについた。



 夜中。俺は寝ている途中で目を覚ました。ここに連れて来られて最初の頃は目を覚ますこともあったが、最近は滅多に無いことだった。では、何故、目が覚めたのか。それは数人の足音が聞こえてきたのだ。それも人間の足音とは少し違う聞いたことが無い足音と一緒に。


「入れ!」


「……」


 黒翼団の奴らがフードを被った人を無理矢理檻の中へ押し飛ばした。そのせいでフードの人はその場に転んでいる。


 また、新しい奴隷か……でも、この人……。


「おい、青いの!そいつの面倒はお前がみろ!いいな!?」


「随分勝手だな」


「黙れ!口答えするな!お前は黙って俺たちの言うことに従ってりゃ良いんだよ!ったく、頭のお気に入りじゃなかったら……」


 そう言ってイライラしながら檻から一人離れて行った。


「そいつは奴隷として売る予定だ。少しの間だがお前が世話係だ。分かったな青いの」


「……分かった」


 俺は檻から離れていく黒翼団の奴らを目で追った後、視線を黒いローブの人物へと移す。何故か倒れたままのその人。


「あの…大丈夫ですか……?」


 俺は動かないその人が心配になって声を掛ける。


「……」


 しかし、その人は何も返事をしないままその場で倒れている。


 困ったな……。


 そんな時だった。その人の方から微かに聞こえる音。この音をよく聞いたことがある。この場所に来てから。そう、この音は啜り泣きの音だ。


「大丈夫か?」


 そう言ってその人へと近づく。


 ここに連れて来られて泣く人も少なくない。この人もその内の一人なんだ。優しくしてやろう。俺がドリアとミーシャにそうしてもらったように。

 俺は取り敢えずその人の体勢を起こそうと体に触れ、座る体勢をとってもらう事にした。その時、被っていた黒いフードがとれた。


 この人は…!


 微かに明るいランプに照らされても輝く銀色の長い髪。雪のように白くハリのある肌。泣いて少し赤みがかっていても分かる透き通ったサファイア色の目。少し吊り目で全体的な雰囲気は凛としていて妖艶な女性。そして、その種族の特徴といえる長い耳。黒いフードのその人は銀髪の女エルフだった。


 綺麗だ……。


 知識としては知っていたエルフ。確か、余り人間には姿を見せる事は無く、エルフの森でひっそりと暮らしている種族だった筈。なのに、どうしてそんなエルフがこんなところに?いや、そんな事は今はいい。

 俺は目から流れ落ちる涙を手で拭き取る。長い間泣いていたのだろう。彼女の目元には何度も擦った跡があり、赤くなっている。


「……ありがとう…」


「どういたしまして」


 彼女は今にも消えそうな声で俺にそう言った。


「…あの…どうしてあなたはここに連れて来られたの?」


 アイツら黒翼団はかなり過激な方法を使ったりする。ここにいる他の奴隷に聞いた事がある。なので、何があったのを聞くのは余り良くないだろうと思い基本的に自分から聞く事はない。しかし、気になってしまう。何故か、このエルフの事を知りたいと思ってしまう。不思議だ。


「……それは…」


 辛そうな表情をするエルフ。やはり、聞かない方が良かったか?


「いや、言いたくないなら言わなくていい。ここにいる奴らは何かしら悩みを抱えてる。無理に聞いたりしないよ」


「ええ」


「取り敢えず、今日は休んだ方がいい。疲れているだろ?」


「そうですね」


「今日は俺のところを使ってくれ。といっても薄い毛布一枚あるだけなんだけどな」


「いえ、ありがたく使わせて頂きます」


「そうか?まあ、ここのことは明日教えるよ」


「はい…」


 そう言うとエルフは俺の寝ていた場所へ移動した。


「あの…」


「ん?どうかしたか?」


「その…あなたの名前は?」


「ああ、俺はソラだ。あなたは?」


「私はユリアです。親切にして頂きありがとうございます」


「ああ、気にしなくてもいいよ。じゃあ、おやすみなさい」


「はい」


 何があったのかは分からないが取り敢えず今日は休もう。明日はユリアに色々教える事になるから忙しくなりそうだ。


「暖かい……」




 俺は目が覚めた。しかし、いつもの時間ではない。今日はやけに目を覚ます。何だか騒がしい。何かあったのだろうか。俺は体を起こす。すると、


「おい、今すぐここを離れるぞ!」


「おいおい、何があった?」


 慌てている黒翼団の奴らの会話。今までこんな事は一度も無かった。


「バスクホロウの騎士団がここまで来やがった!」


「何!?騎士団の奴らがここに?!頭は?」


「今は外してる」


「畜生!エルフを拾った時につけられてたか。とりあえず、ここを離れるぞ!」


「ああ」


 そう言って走って去って行く。


「一体、どうなってるんだ?」


「私が…つけられた…」


 不安そうな顔を浮かべるユリア。


「大丈夫だよ。騎士団って言ってたし」


「は、はい…」


 さっきアイツらはエルフを拾ったと言った。つまり、ユリアは何処かで捕まったかされてここまで連れて来られたって事だ。どうしてエルフのユリアが人に見つかるような場所にいたんだ?


「バスクホロウの騎士団が来たのか!?」


「これでやっとこの生活にもおさらばだ!」


「自由だ!」


 一緒に檻に入っていた奴隷がそんな事を言った。ここの檻だけじゃなく、他の檻からも似たような声が聞こえる。奴隷たちは涙を流す者。喜ぶ者など様々だ。それもその筈、俺よりもこの場所に、黒翼団の奴らの奴隷になってた奴は少なくない。それが今日で終わる。素晴らしい事だ。

 それから少しして、大勢の足音がこちらに迫ってきていた。


「お前達は先に黒翼団の奴らがまだいないか調べろ!俺達は檻の中にいる者達を助けるぞ!」


「「「はっ!!!」」」


 そんな声が聞こえてきた。そして、次々と檻から解放されていく奴隷たち。


「よし、もう安心しろ。助けに来たぞ」


 騎士団の指揮をとっていた中年の男が俺達の檻に入って来てそう言った。


「おお、ありがとうございます」


 感謝を述べて次々と檻から出ていく。そして、檻には俺とユリアだけが残った。


「ユリア。俺たちもここから出よう」


「…はい」


 俺はユリアの手を引く。


「もしや、あなたは長耳〈エルフ〉族ではありませんか」


「ええ」


 俺たちが檻の外へ出ようとすると男が話しかけてきた。


「あなたに少し聞きたい事が」


「私にですか…」


「ええ、エルフの森でのことです」


「っ!!?」


 男の一言でユリアはその場にしゃがみ込み、耳を塞いで震えていた。ユリアの普通じゃない様子に俺は動揺する。

 一体、何があったんだ。エルフの森という言葉を聞いてから異常に反応した。もしかしたら、エルフの森で何かあったのか?


「何かあったんですか?」


「君は?」


「俺はソラ。彼女の名前はユリア。ユリアとは会ったばかりだけどこんなになるなんて…普通じゃない」


 俺は震えるユリアの背中を優しくさすりながら言う。


「うむ。彼女には聞きたい事があるのだが…この様子では無理だろう。ソラといったか。彼女には今、君が必要だろう。とりあえず、今は我が国、バスクホロウまで戻る事にしよう。話しはそれからだ」


「分かりました」


 こうして、俺の約一年の奴隷人生は終わった。しかし、ドーパン村の人達やミーシャの事もある。早く何か手を打たないと。それと、今は俺の隣で震えているユリアの事も心配だ。俺は優しくユリアの背中を摩りながら、バスクホロウに向かう馬車の中でこれからの事について色々考えた。

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