第四四話 オークの波を止めて

 ついにオークの大軍勢が都市ヒューエンドルフを攻撃した。およそ四○○体いるオークの内の三〇〇体が南門を、そして残る一〇〇体は西門を突破していた。


 当直の見張りであった兵士はそのまま戦闘に巻き込まれ、ほとんどが死んでいった。


 すると、オークに殺されてしまうのだろうと絶望していた市民たちの前へ、突如として大勢の騎士たちが駆け付けた。


 しかしながら彼らはほとんど戦果をあげずに敗走し、ヒューエンドルフ次期当主の命さえ危ぶまれる状況となった。


 そして、この展開は冒険者たちの想像の範疇を超えていなかった。


 最高指導者のハルトヴィンが攻撃の指示を出すと、待機していた冒険者たちはすぐにオーク軍の目の前に立ちふさがる。


 そう、辺境伯からの命令があったためいきなり参戦することは諦め、彼らが危機に陥った時戦い始めると決めていたのだ。


 本来それは危険な行為であり、市民に被害が及ぶかもしれないが、オークたちは逃げる者を殺すことなく兵士だけと戦っていたため、結果的には問題なかったといえよう。


 都市中で同時に冒険者が展開される中、少女が担当していたのは外壁にある南門から宮殿を囲む内壁まで続いている大通りだった。


 少女は絶体絶命であった辺境伯の息子ホルストを、寸前で助ける。


「誰か、その方を安全な場所へ! あとは我々に続いてください!」


 パウルがそう言いつつ、少女とクラーラに遅れてやって来た。その他別のチームの二人の冒険者も続く。


 ここでの戦闘はパウルが指揮官となる予定だ。


 彼の一言を受けて、やってきた他の冒険者二人は指示通りに重い辺境伯の息子をクラーラから受け取り、二人掛かりで担ぐと宮殿へ向かって走りだした。


 その頃、大通りを攻めてきていたオーク達は突然の冒険者たちの参戦に驚き、またその中の一人が仲間を瞬殺したことに恐怖を感じた。


 しかし彼らは既に覚悟を決めた身、その程度で逃げ出すなどありえなかった。少しの間呆然と立ち尽くしていたオークではあったが、すぐに棍棒を握る手に力を入れ、足を踏ん張る。


 そして、突撃を準備したその時だ。


 先頭に立つオークの目の前に、大きな何かが現れる。


 正確には、“現れた”わけではない。


 あまりにも速く接近してきたために、突然現れたかのように感じたのだ。


 それは大槌、エミーリアのものだ。彼女は近くの屋根の上で待機していた。この瞬間を、誰よりも待ち望んでいた。


 彼女は少し助走をつけると大きく跳びあがり、瞬く間にオークの目の前へと近づいた。


 その目には憎しみと涙が浮かんでおり、強い殺気を放っている。


 そして次の瞬間、そのオークの顔面はその槌の圧力を受け、内側にめり込んだ。


 その衝撃によって首の骨が折れ、即死する。


 しかしエミーリアの強烈な恨みのこもった一撃は、その程度では済まない。


 顔の潰れたオークにかかる力はその両足へ到達し、そのあまりの強さによってオークの膝が無理やり曲げられ、そしてすぐに石畳へ叩きつけられた。


 オークの膝と接触した石畳はその大きな衝撃に耐えかね、砕けてしまう。


 しかし彼女の怒りは収まるところを知らない。着地するとすぐにまた駆け出し、次のオークを標的に定める。


「待てエミーリア!」


 パウルの焦っている声が聞こえる。


 しかしその声は、感情を憎しみに支配された彼女の耳へと届くことはなかった。


 大きな槌を横に構えて新たなオークへ跳び込むと、その槌を全力で横に払う。


 オークはその攻撃から身を守るため、握った棍棒に槌が当たるよう位置を調整し、それは見事に成功した。


 しかし、成功したというのはオークが自身の棍棒をエミーリアの槌に当てられたという一点のみだ。


 たとえオークの力をもってしても、エミーリアの一撃には耐えられなかった。


 槌が直撃した棍棒はエミーリアの力を受け流しきれず自身の頭にぶつかり、その結果激しい脳震盪しんとうによって死亡する。


 そしてもちろんそのオークも死んだだけでは許されない。


 そのまま横へ吹き飛び、建物の一つへ衝突する。


 オークに吹き飛ばされた騎士が直撃した建物は壁に穴が空く程度で済んでいたが、ぶつかったのが巨大なオークとなると話は別だ。


 飛んで行った死体によってその建物の柱がへし折れ、突っ込んだそれへ覆いかぶさるように、瓦礫と化した屋根が降り注いだ。


 エミーリアは言うまでもなく興奮状態であり、このまま戦わせていては危険すぎると判断した少女とパウルは、落ち着かせるための言葉を何か発しようとする。


「私は西門の援護に向かう! 南門は任せた!!」


 上空からまた声がする。


 その主はもちろんハルトヴィンだ。


 西門の戦況が劣勢であることを上空から確認し、戦闘の手助けに向かうべきだと考えたのだ。


「了解です!!」


 少女とパウルはそちらに向かって同時に返事をすると、エミーリアを追って駆け出し、それを確認したハルトヴィンは西門へと飛んで行った。


 エミーリアは本来の実力を大幅に上回るほど善戦しているが、その心境ゆえに無謀な突撃を繰り返している。


 そして案の定、危機がやって来た。


 四体目のオークを倒そうと跳びあがった瞬間、その後ろにいたオークがエミーリア目掛けて棍棒を振った。


(避けられない……)


 エミーリアはそう悟った。


 その時、彼女の後ろでパウルが魔法を使う。


 するとエミーリアの真下から少し横にずれたあたりで突如地割れが起こり、そこから重力に逆らうかのごとく土が吹き出す。


 それは跳びあがったエミーリアと同じ高さに到達すると突然動きを止め、そして目で見てわかるものではないが、硬化した。


 この間一秒足らずの出来事である。


 そして後ろのオークの一撃はその固まった土へ激突し、なんとその力を完全に受け止める。


 そしてその力に耐えかねたのは棍棒の方であり、握るオークの手の先で半分に折れると、離れていった部分が凄まじい速さで飛び、反対側の家屋に大穴を空けた。


 そしてエミーリアはその光景に目を奪われており、攻撃しようと自ら接近していたオークの動きに気づいていなかった。


 そのオークはエミーリア目掛けて棍棒を振り下ろしている。


 それに気づいたころには、もう今度こそ手遅れだと悟った。


 ――その刹那の、少女がエミーリアのもとへと跳び込む。


 そして彼女を抱き、オークの攻撃をそのまま横へ避ける。


 しかし、オークの棍棒を振る速度は凄まじく、少女たちが避けきる前に到達したため、少女の首の下から腰辺りまで棍棒が掠るように触れた。


 その衝撃はとても大きなものであったために、少女の背骨は空中で砕ける。


 そして二人は、少女がエミーリアへ覆いかぶさるように、崩れた建物の瓦礫の上へ着地した。


「カミリアさん!!」


 エミーリアは我に返り、自身を助けてくれた少女にそう言った。


「ごめんなさい……私のせいで」


 エミーリアは少女の体が少し重く感じた。


 少女は首から腰に掛けて背骨が砕けたために、力を入れることができていないのだ。


 目は完全に閉じている。


 また、出血はないようだ。


「エミーリア! 危ない!!」


 パウルの声だ。


 それを聞いたエミーリアは先ほどのオークの方を見た。


 またこちらに向かって棍棒を振り下ろそうとしている。


(次はもう避けられない……私のせいで、カミリアさんも……)


 そう後悔したその時だ。


 クラーラの胸元には厚い魔導書が開かれている。


 魔法陣が展開され、そこから細長い槍上の氷塊が出現する。


 それは一瞬にして加速し、瞬き一つ不可能な短時間で、二人を攻撃しようとしているオークの側頭部へと達した。


 オークの頭蓋骨をやすやすと貫徹する。


 頭の反対側から先端が突き出た状態で氷塊は停止した。また、その反動で死んだオークは横へ倒れる。


 そして、パウルは二人のもとへと駆け寄って行く。


「ごめんなさい……カミリアさん……」


 涙を流すエミーリアは、生き延びた喜びよりも自身の無謀な戦い方で命の恩人を、大切な友人を瀕死の重体にしてしまったことに対して激しく悔やんでいた。


「大丈夫かエミーリア!」

 

 パウルが近寄って尋ねる。


「私は大丈夫カミリアさんが……」


 自身の腹の上あたりに顔をうずめてでうつ伏せになっている少女の口元に触れた。


 息はある。しかしながらこれでは戦えないだろうと、自身の失態で一人の人生を奪ってしまったことにエミーリアは気を落とす。


 ――しかし、少女の瞼がわずかに開かれる。


 その様子を見ていたエミーリアとパウルは瞠目した。


 さらに少女はその腕を動かし、瓦礫に手をのせるとゆっくり体を起こし始める。


 二人は驚きのあまり言葉が出なかった。


 半分体を起こしたエミーリアの上で四つん這いになった少女が一言。


「大丈夫? エミーリアさん」


 まだ目は半開きの状態でエミーリアを見てそう言った。


「カミリアさんこそ……大、丈夫……なの?」


 その言葉を発する速度は後半になるにつれて遅くなっていた。


 それはエミーリアがさらに驚くべき光景を目の当たりにしたからだ。


 少女の目はぱっと開かれ、先ほどまでの重体が嘘のように平然とした顔で立ち上がったのだ。


「わたしは大丈夫。敵がまだまだ残ってるから、気合入れて行こう」


 そう言って、足を延ばしたまま座っているエミーリアに手を差し伸べてまできた。


 その異常さに流石の二人も引いていたが、実際少女の言う通り敵はまだまだ残っている。


 エミーリアはその手を掴むと、少女が勢い良く引いた。


(流石に痛すぎるけど……なんでだろう、怖くないな…………)


 そして、また新たなオークがやってくるのだった。

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