第四二話 オークとの戦端は開かれる

 開戦の合図は、城壁の上にいる見張りの男の一声だった。


「敵襲!!」


 その声は突然のもので、現在は朝日が昇って少し時間が過ぎたくらいの頃合いだ。


 市民は皆労働にいそしんでおり、まさか今やって来るとは考えていなかった。


 城壁高くから自身に突き立てられた言葉の矛先に、市民は心の底から恐怖する。


 そして、目の前の破壊されたままの門を通して、大きな肉達磨の群れがやってくるのを目にした。その数えきれないほどのオークの大軍に、今度こそ命がないと考える市民が大半であった。


 彼らは門の近くにいるものから一目散に走りだす。


 市民の大きな悲鳴は集団ヒステリーを引き起こし、一部の人々を気絶させ、そして騎士たちにオークの攻撃を知らせる。


 騎士たちは宮殿を囲む壁の内側で既に戦う準備ができていた。今か今かと待ちわびていた騎士たちは市民の悲鳴を耳にするや否や、皆素早く剣を手に取り騎乗する。


 騎士隊長が先頭におり、早く門を開けてやろうと考えていたが、そこへ辺境伯の息子ホルストがやってきた。


「待て騎士隊長、私が先頭だ」


 そう言った彼は、とてつもなく豪華な鎧を身にまとっていた。


 貴金属に宝石がいくつもめられたそれは、貴族どころかたとえ王家の人間が身につけても決して恥ずかしくないほどのものであった。


 それは馬も同様であり、誰が見ても馬ごときにはもったいないと言わしめるほどの装いをしている。


 彼がこれほどの装備でやってきたのは、当然市民に自身の権威を見せつけるためだ。その姿を見た騎士隊長は激しく嫉妬するが、その顔は兜に隠れているため見られることはなかった。


「よし、門を開けろ!!」


 ホルストの言葉を受け、兵が内側の門を開けた。


 そして、一斉に駆け出す。


 しかしあまり速度は出ていないようだ。


 いくら軍馬とはいえ貴金属でいっぱいの鎧を着せられ、さらには上に鎧を着た太い男に乗られるともなると、さすがに厳しいものである。


 しかし主が鞭で激しく叩くため、出来る限りの速度を出していた。


 宮殿を囲む内壁から都市全体を囲む外壁まではそこそこ離れているため、ある程度時間がかかる。


 そして目的地へ近づくにつれて逃げ惑う市民の数が増えていた。彼らは騎士たちの姿を見て一瞬安心感を覚えるも、やって来た巨大な亜人に太刀打ちできるのだろうかという疑問を抱く。


 そして馬を走らせ続ける騎士たちが南門まであと半分というところまで到達した時だ。


 すぐ先には戦うオークの姿があった。


 一般の兵士がオークと戦っている姿を見たホルスト含め騎士たちは、度肝を抜かれることとなる。


 到着した部隊全員が一斉に手綱を思い切り引くと、馬は急停止した。


 あれだけ威勢の良かった騎士たちであったが、初めて見るオークの姿に威圧されている。中には少女が撃破したオークの死体を見たことのある騎士もいたが、立っている姿は初めてだった。


 身長一〇ペース(三二〇センチメートル)前後と聞いてはいたが、実際はそれ以上に大きく感じた。


 何よりもその体についた肉の量が過剰で、縦だけでなく横にも大きいため威圧感が倍増していたのだった。


 オークの一体が棍棒を持ち上げ、軽く一振りすると、その場にいた一般の兵士が宙へ舞い上がる。その光景を見る逃げ遅れた市民、騎士たちは皆恐怖した。


 また、後方からさらに大量のオークが走ってくる。


 しかしオークたちは全てが直進してくることなく一部は分散し、通りや小道を埋め尽くすように駆けて行った。


 そして騎士たちの目の前にいる数体のオークがこちらへ向かってやってくる。


 どうするべきだろうか、そう悩む暇はなかった。


「我こそがヒューエンドルフ辺境伯領次期当主、ホルスト・フォン・ローデンヴァルトである。我が家の由緒正しい領土へ断りなく足を踏み入れた蛮行の対価、ここで払わせてやる! 総員、突撃!!」


 ホルストはそう大きな声で言い放った。


 騎士たちは少しだけ反応が遅れたものの、命令通り一斉に馬を走らせる。そして各々が持つ両手剣を鞘から抜き放つ。


 オークもその様をただぼうっと見ているわけがなく、敵対の意思があるとみて訓練通りの陣形を取る。


 そして、両者が激突した。

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