第二五話 シュヴァルテンベルク伯国へ

 まだ日の低い早朝、冒険者たち六人は門をくぐり、城壁の外側へと出てきていた。


 都市の外は内側と比べてやはりとても美しい。死体や酔っ払いなどが転がっていないからだ。


 また、特に今日のような雲一つない晴天は、何をするにしても絶好の日だ。都市のすぐそばにあるどこまでも広がっていそうな青い海には、貿易船と思われる多くの木箱を積んだ帆船が港を出入りしている。


 ここの朝は少女にとって少し肌寒いものだったが、外の新鮮な空気が心地よく感じられた。昨晩の事件は朝になってようやく発見されたようだが、大した騒ぎにはならなかった。それだけ普段から殺人事件が絶えないような、治安の悪い街なのだろう。


 だからこそ、普通の人間なら夜に出歩かないのだ。


「おはようございます皆さん。支度は終えられましたかな?」


 依頼主である商人の男が挨拶をする。そして彼の後ろには二頭立ての馬車が三台も並んでおり、別で五頭の軍馬がいた。また、馬車にはほろが付けられているため、雨風から荷物等を守ることができる。


 少し離れたところでは五人の男たちが話し合っているようだ。彼らの武装は統一されており、鎧は身軽さを優先させたもので、腰には両刃の長剣が収められている。


 彼らは商人の私兵だ。ヴェルナーが爵位を捨てるその時まで騎士として仕えていたもので、今は私兵という形で雇われていた。


「おはようございます。お待たせいたしました、支度は完了しております」


 パウルたち四人は、前日に宿で武器の手入れを済ませていた。


「了解です。おーい騎士隊長、冒険者の方々がお見えだ!」


 商人の男が騎士の一人を呼ぶ。


 すると騎士たち全員が気付き、隊長と思しき人物はこちらへやってきた。他の騎士たちは出発の準備を整える。


「初めまして、私ブルーノ・フォン・シュトルム、ヴァイテンヘルム卿の元で騎馬隊長を務めているものです。皆様の輝かしい功績については耳にしており、ご一緒出来て光栄です。どうぞよろしくお願いいたします」


 冒険者たち全員に挨拶で好印象を抱かせた彼は、騎士を名乗らず騎馬隊員を名乗る。彼らもまた、ヴェルナーとともに称号を捨てたのだ。そして商人の男がブルーノたちを騎士と呼び、彼らがヴェルナーを呼ぶとき卿をつけるのは、昔の名残であった。


 騎馬隊長の男は全員と握手を交わすと、冒険者たちに説明を始める。


 要約すると、騎馬隊は馬車より先行して偵察をするとのことで、対人戦なら騎馬隊が、モンストルムや亜人が出現した際は冒険者たちが戦闘を遂行する手はずとなった。


「それでは、出発しましょうか」


 ヴェルナーの声とともに、一行は移動を開始した。


 そしてしばらく時間が過ぎ、現在は平原を抜けて四リューガ(九・六キロメートル)ほど進んだところにいる。隣にはアルト大森林があり、反対側には小川が流れている。川幅は狭いため、水上交通に使うのには向いていない。


 しかしとても澄んでいて美しく、冒険者たちの乗る最後尾の馬車の荷台から外の風景を眺める少女には、手つかずの自然というものがやはり物珍しく新鮮であった。


 少女と対照的に、クラーラはつまらなさそうに呆けていた。他四人は胡坐をかいている。


「カミリアさん、聞きたいことがあるんだけど」


 子供のように身を乗り出して外を眺めていた少女に後ろから声がかかった。エミーリアだ。


 少女は振り返る。


「そういえばあの尸族を倒した時、剣だけじゃなくて魔法も使ってたわよね。誰に教えてもらったの?」


「ええっと……そうそう、クラーラのこの本、これを借りてただけですよ」


 咄嗟に嘘をつく。


「へー、魔導書か。珍しいもの持ってるんだね」


 クラーラはエミーリアに目を合わせたが、特に何も言わない。クラーラは少女以外に興味がないようだ。


 それでもエミーリアは笑顔でいた。


「それと、剣術は独学……だっけ? なら、筋力とかはどうやって身につけたの?」


「うーん、どうでしょう……。ちゃんといっぱい食べるとか、そんな感じですかね?」


「ふーん、それも大事かもね」


 どこか納得していないような表情を浮かべ、他に効果的な方法を探ることが出来ないか少しの間考えた。


「そういやあカミリアさん、その剣、見慣れない形をしてた気がするんだけど、見せてもらっても?」


 少し静かになったあたりで、フェリックスが尋ねる。


「いいですよ」


 少女は腰の細長い包みから剝き出しの刀身を取り出した。


「これがあなたの剣?」


 エミーリアは少女に質問する。少女は頷いて肯定した。


「この形……確かに見かけませんね」


 パウルが興味深そうに、また誰に対してというわけでもなく独り言のように言った。


「あれ……握るところはそのままなの? 鞘もないみたいだし」


「これは基本的に使うための剣じゃないと言いますか……本来は飾っておくようなものなんですけど、他に武器がないから使ってるんです」


 飾っておくようなものという言葉に冒険者四人は引っかかった。商人の男が言っていたように、やはりどこかの令嬢なのではないかと考える。しかし、初めて会った時から自身の過去について伏せようとしていたことを知っているため、深くは追及しなかった。


 そして、エミーリアがまたいくつか質問しようとしたその時だった。


 ――突如馬車が大きく揺れる。


「敵襲!!」


 馬の大きな鳴き声とともに馬車は急停止する。荷台にいる冒険者たちは衝撃で皆転ばされた。


「痛ってて……」


「皆さん出番だ! 亜人が出た!!」


 馬の手綱を引いていた男は冒険者たちに告げた。


 そして少女たちは即座に状況を理解し、亜人を食い止めてくれているであろう騎馬隊員たちの方へ向かう。

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