第二六話 思わぬ敵との遭遇

 亜人の襲撃と聞き、先行している元騎士たちの方へと駆けつけた冒険者たちは、その惨状を目にすることとなった。


 彼らは皆馬から降りている。というよりも、降ろされているような状況であった。凛々しい姿をしていたはずの軍馬たちは皆血を流して倒れている。


 彼らの内の二人は既に倒れており、他の三人は亜人と死闘を繰り広げていた。馬で走っている時突然横にある森から現れたため、戦闘を避けられなかったのだ。


 彼らは亜人を相手にうまく戦えていないようである。


「オーク!?」


 パウルが驚きの声を発した。


 騎馬隊員たちにあと少しというところでオークという種族名の亜人を視認して驚き、足を止めてしまった。それは、オークが森から出てくるなどという話を聞いたことがなかったからだ。


 確かにアルト大森林にはオークが住むと言われている。しかし、わざわざ出てくるとは考えてもみなかったのだ。何より縄張りに侵入した覚えがない。


 そしてその数は五体。数だけで見ればこちらが有利だが、相手は人間の数倍の怪力を持つ化け物だ。その上体が大きいため手の届く範囲も広い。


 商人の男の騎馬隊が劣勢なのは、それが最も大きな要因だと考えられる。相手との間合いが分からずに棍棒で吹き飛ばされたという推察で間違いないだろう。


 パウルたち四人が唖然としている中、冷静でいたのは少女とクラーラだった。少女が今にも殺されそうな男たちの方へと走り出すと、それをクラーラが少し遅れて追う。


 その様子に気づき、パウルたちも駆けだした。


「い……いやだいやだ……」


 目に涙を浮かべる騎馬隊員は、腕に自信のある大男だった。


 しかし、人生で初めて戦う亜人には手も足も出ないことを知り、恐怖のあまり動けずにいる。


 そして目の前のオークが両腕を上げる。オークはその巨大な図体には丁度良いくらいの大きな棍棒を握っていた。


(ここで……死ぬのか……)


 男はもう逃れられないと悟り、絶望する。


 そして、目に追えぬほどの速度で彼の顔へと迫る。他の仲間たちも死んでしまうのだろうと思い、走馬灯を見始めていたその時だ。


 自身の目の前に突然人影が出現した。


 背を向けた金髪の女、少女だった。


 片刃の剣を斜めに構えると、オークの一撃を横に受け流す。


 ドスンという音とともに、棍棒はかなりの速度で地面に激突し、急停止した。


 少女がオークの一撃を受け止めずに受け流したのは、混合獣との戦いからの反省であった。相手は自身の数倍の体重を持ち、その重い攻撃は少女の華奢な腕では耐久力の面で厳しい。


 あの時のように折れてしまうかもしれないと思ったのだ。


 少女は剣を握り直すと、素早く振ってオークの腕を斬り飛ばした。


 オークは悲鳴を上げるが、少女は動きを止めない。動揺しているオークの胸に跳び込むと、そのまま心臓を一突きした。剣の切先はオークの背から現れる。


 そのままオークは力が抜け、仰向けに倒れた。この間一瞬の出来事である。


「早く逃げてください!」


 少女は背を向けたまま大声でそう言った。


 その声を聞いた絶体絶命であった男は正気を取り戻す。


「冒険者の皆さん! よし、騎馬隊員は撤退だ!」


 六人がやってきたことを確認した騎馬隊長のブルーノは、別のオークと戦闘しながらまだ倒れていない二人に声をかける。彼は隊長らしく、戦ったことのない相手に奮闘していたようだ。


「助かりました。あとはお任せします」


 少女に救出された男はそう言い、その場を去る。


 彼と騎馬隊長含め三人は倒れた他二人を担ぎ上げ、戦闘から離脱した。


 そして一体を撃破した少女の元へ別のオークが迫り、勢いそのまま棍棒をぶつけようとする。


 少女は避けられないかもしれないと一瞬焦りを覚えた。


 ――しかし、オークの棍棒を握る手が腕ごと切断され、宙を舞う。


 クラーラだ。


 彼女は胸元で分厚い本を開いており、その正面には青色の魔法陣があった。その魔法陣の中央には、水属性であることを示す逆三角形の記号(🜄)がある。


 限界まで加速された細い水流が、一瞬にしてオークの腕を切断したのだった。切り離された腕は勢いそのまま少女の頭上を飛び、遠くへ飛んでいく。


 また、腕を失ったオークは姿勢を崩し、前へ転びそうになっている。


 少女はその隙を逃さない。前に倒れつつあるオークの首を、片刃の剣で撥ね飛ばす。


 血飛沫が舞った。


 少女たちはついに二体目のオークを撃破する。


 その頃、他の四人の冒険者は別のオークと戦っていた。彼らの正面には三体いる。また、彼らの武装は黄土色の光を放っており、パウルの強化魔法が使用されているようだ。


 一体のオークが前衛のフェリックス目掛けて棍棒を振り下ろす。

 

 彼は後ろに下がって避けると、棍棒は地面に叩きつけられた。その隙にエミーリアが接近し、その大きなつちを下に振りかぶり、高く跳び上がる。


 そして、彼女はその勢いで槌を思い切り振り上げた。


 その一撃は瞬く間にオークのあごに到達すると、強烈な衝撃を上向きに加える。下から槌が直撃したオークの頭は、その顔面が一瞬で空を仰ぎ、首の骨が折れて死亡した。


 その時、滞空しているエミーリアに、別のオークが棍棒を突き出す。空中であるために彼女は避けることができず、目を瞑り手足を曲げて、丸まった姿勢を取る。


 しかし、エミーリアに攻撃が直撃する寸前に、大きな氷塊が飛んで来る。


 それは彼女に迫る棍棒へ横から直撃すると、そのままオークの手から離れ、森の方へと飛んでいった。


 パウルの木の杖の正面には、水属性を示す逆三角形の記号(🜄)が中央に記された、大きな魔法陣がある。彼はエミーリアの危機を救ったのだ。


 彼女は防御姿勢のままオークの前に着地する。


 武器を失ったオークが次の動きを決めようとするが、冒険者たちはその隙を与えない。


 フランツは後方から短弓で的確にそのオークの目を射った。その痛みからオークが目に刺さった矢を抜こうとするところに、フェリックスが畳み掛ける。


 彼は素早く懐に入り込むと、その勢いのままオークの股に滑り込み、潜り抜けながら両手の短剣で両足を斬る。もちろん切り落とすまではいかなかったが、オークが自身の体重を維持するだけの機能を奪うには十分であった。


 足の健を切られたオークはそのまま前に倒れると、エミーリアが槌を振り下ろして頭蓋骨を砕く。


 冒険者たちは二体目のオークを撃破したのだった。


 しかし、それで僅かに気を抜いてしまう。


 股を通って後ろに回っていたフェリックスの頭上には、最後の一体のオークの棍棒があった。


「フェリックス! 避けろ!!」


 パウルの言葉を聞き、彼は振り向くと同時に死を悟る。他の三人も、彼の死は避けられないと思った。


 ――瞬間、フェリックスに暴風が直撃する。


 彼はそれに流されて横へ吹き飛ばされると共に、オークの一撃は地面に食い込んだ。


 すると、そこへ一本の剣が飛来し、それは最後のオークの脳天に突き刺さる。


 クラーラが風魔法を使用してフェリックスを移動させ、少女が片刃の剣を投擲して殺害したのだった。


 その証拠に、クラーラの正面には緑色の魔法陣と、その中央には風属性を示す三角形に一文字を重ねた記号(🜁)があり、かつ少女は帯刀していない。


 そして、頭に剣が刺さったままのオークはそのまま地に伏した。


「あっ、ありがとうカミリアさん、クラーラさん! 死ぬかと思ったぜ!」


 フェリックスは二人に感謝の意を述べる。


「ふあぁ……危なかったね。リーダーも、さっきはありがとう」


「ああ、無事でよかった。それにお二人とも、ありがとうございました」


「何とか勝ててよかったです」


「ひとまず怪我はないようですから、騎馬隊の方々の方へ向かいましょうか」


 フランツが提案した。


「そうね。はいこれ、カミリアさん」


「ありがとうございます」


 エミーリアはオークに刺さったままであった剣を抜くと、少女に渡した。


 冒険者たち六人は、無事に五体のオークを撃破したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る