第一三話 予想外の仲間、あるいは部下 その一

 ナイフの力によってここへ移動し、襲われていた冒険者たちを救出した少女は、危険な気配が流れ出ている方向へ向けて走っている。


 その表情はかなり真剣なもので、先ほどまでのような興味を含んだ様子は一切ない。しかしその真剣さは、自身の身が危険に晒されることを恐れたためではない。


 仮にそうであるならば、そんな危険が待ち受ける方向へ進むようなことはしないからだ。


 少女の考えていたこととは、その気配を放つ存在が冒険者を名乗る四人に危害を加えてしまうかもしれないこと、それによってこの知らない場所で折角友好関係が築けそうになっている存在を失ってしまうかも知れないことだ。


 少女は剝き出しの片刃の剣に巻きつけた真っ白なさらしを取ると、さらに接近していく。


 そして少女は、強大な死の気配を放つ源へと辿り着いた。


 ――ところが、少女は予想外のものを目にして驚き、僅かに脱力する。


 そこには一人の女がいた。


 その女はローブを纏っており、それは濃い紫色で、貴金属や宝石をふんだんにあしらっており、かなり高価そうなものであった。


 瞳はアメジストのように透き通った美しい紫色をしており、焦げ茶色の少しうねった長髪が肩にふんわりと掛かり、その顔立ちは非常に整っている。美しいとも可愛いともいえるその顔は、男女関係なく誰であろうと魅了するだろう。


 見た目から推測すると、歳は少女と同じか少し上くらいだろう。


 彼女は木を背に三角座りをしており、うつむいて感情を汲み取れない表情を浮かべていた。


 そして、異常に強烈な死の気配を周囲に放っている。それは足を持たない樹木でさえも逃げ出したいと考えるほどのものであった。もし女が背にしている木に声帯があったならば、おそらく絶叫しているだろう。


「なあ、ここで何してるんだ?」


 少女は死の気配に屈することなく、黒っぽい服装の女に質問した。しかし女は少し視線が動いただけで、一言も発することはなかった。


「はぁ。これ以上危険な気配を出すのはやめてくれないか?」


 ぴくりと座っている女の体が軽くねた。少女の言葉は届いたようだ。


「あ、あなたが私のお相手ですか?」


 女は緊張した様子で、かつ上目づかいでそう少女に問う。


「え?」


「ち、違いましたか? 創造主様から言われて……その……人間が来たらですね、殺す気で戦えって言われてるんです」


 少女は困惑し、こいつは何を言っているんだという目で女を見つめたが、やがてあることを思い出した。


「あなたが新たな不死鳥様ですか? もし違うなら、にっ……逃げていただいた方がありがた――」


「お前もしかして……確か尸族の……リッチ……だっけ? 違う?」


 少女は女の言葉を遮るように質問した。それに対し、女の顔には何故か安心したような表情が浮かぶ。


「よ、よかった……。お待ちしておりました。ではお相手させていただきます、新たな不死鳥様!」


 弱々しいが、先ほどに比べると少し覇気のある声で少女へ言い放ち、そして立ち上がった。


「聞いてなかったのか……。お前の役目は、別のやつが代わりにやってくれたよ。だからわたしと戦う必要はない」


 少女の言葉に、女はポカンとした表情を浮かべる。少女が何を言っているのか理解できなかったのだ。


 そんな雰囲気を感じ取った少女は、少し困ったような顔で説明する。


「君の主人は……その……君をつくった時にね、戦闘にはちょっと不向きにしちゃったらしくて。だから君じゃなくて別の子を目覚ましに使ったんだよ。気を悪くしたらごめんね……」


『その尸族は恨みを込めて女の姿にしたのだが、恥ずかしながら話しているうちに愛着が湧いてしまった。それにこの子では、万一次代不死鳥の人間の力が不死鳥の魂を継承するまでもなく強大であった時、不死鳥が目を覚ます前に殺されかねない。この子は森において、別の子を使うとしよう』


 前代の不死鳥継承者が残した日記に書かれてあった内容だ。


 つまりは、思いのほか強くない上可哀想になったため、逃してやったということだ。


 “恨みを込めて”がどういう意味なのかは、書かれていなかったためわからない。

 

 少女は前代の不死鳥を少し軽蔑するかのように溜め息を吐く。


 しかし、依然として尸族の女は困惑しているようだ。そして少しの静寂が過ぎ、ようやく理解したのか表情が暗いものとなった。


「そっ……そうですか……。私はもう用済みだと……」


「……君は尸族らしいからね、どこかへ連れて行ってやってもいいんだけど……生者殺しをされると困るんだよ」


 少女も女の雰囲気に流されて少し寂しいような気分になる。しかし相手は尸族、簡単に気を許していいような相手ではない。


 だが、その人間にしか見えない容姿が思考の邪魔をする。


「いっ……いえ、私は別に誰かを襲うつもりはありません。たくさん尸族を召喚していたのはここの亜人に襲われないようにするためです。役目を終えたからには創造主様の新たな命令を待つべきでしょうけれど、もう……既にお亡くなりになっているはずです。ですから、私はこれから新しい不死鳥様であるあなたの配下として、はべらせて頂きます」


 どうぞよろしくお願いいたしますという言葉を受けた少女は、度肝を抜かれた。


 少女は目の前の尸族を葬るつもりであったからだ。


 決してそうしたいわけではなかったが、先ほどの四人に被害が及ぶようであるならば、対処しておくのは当然のことである。それに自身と関係があるなどという噂が広まれば、厄介なことになり得るだろう。


「いや待て待て、わたしはお前を配下にするつもりはない。奥で冒険者とかいう四人組を待たせてるわけだし、だから――」


 少女が続けようとすると、目の前の顔つきの整った尸族が暗い表情へと戻る。


「……」


 少女は何か申し訳ない気分になる。しかしそれ以上に、その表情の美しさに圧倒されていた。


 尸族は基本的にこういった表情を見せることがない。しかし彼女にそのようなことができたのは、前代の継承者が容姿に重きを置いたからだ。本来であればリッチほどの尸族は最上級の魔法を使用できるが、そのせいで彼女はそこまででない。


「はぁ、わかった……。だが、お前のその気配はかなり強い。抑えられるのか?」


「えっ? ああ、はい。さっき召喚した子が殺されちゃったので、ちょっと驚いたんです。すぐに消しますね」


 尸族の女がそう言うと、すぐに死の気配は小さくなり、やがて消え失せた。


 少女は肩が軽くなったように感じた。死を恐れる必要のない不死鳥とはいえ、どこか生き物として本能的に恐れていたようだ。


「これなら問題はない……けど……そうだな、お前は人間として振る舞ってくれ。尸族は人類の敵……らしいからな、前代の不死鳥がそう書いた本を残してあった」


 尸族の女は少し興味がありそうな表情をつくったあと、了解の意を示した。


 そして少女は確認として女の手を握り、驚く。


「あったかいんだな……」


「はい。私の創造者様がそう私をつくられたので」


 尸族の女は少し自慢げに言った。


(ほとんど人間だな……)


「わかった。だが……お前、なんて呼んだらいい?」


「あっ……そうですね………………。私に名前を頂けませんか?」


「なっ、わたしが? そう言われてもな……」


 少女は深く考えた。名付けなんて普段からするようなことではない上に、適当にしていいようなことでもない。だからこそ、少女は彼女にあった名前を模索した。


(本質を……いや全く逆でもいいか?)


 少女は少しの間思考を巡らせた。


「……クラーラ」


 黒い服装の女は少女の瞳を見つめる。


「クラーラってどう? 嫌なら他を考えるけど……」


 すると、名前を貰った彼女は、今までで最も明るい表情を浮かべた。


 目を輝かせて可愛らしい顔をするクラーラに、少女は少し安心する。


「はい。ありがとうございます! ところであなたのお名前は?」


「カミリアだよ」


「か……カミリア様ですね、了解しました」


 様付けはやめろと少女ことカミリアが言い放ち、そしてクラーラに背を向けて歩き始める。今も冒険者たちがその場に居続けているか分からないが、まだそこにいることを願った。


 クラーラは少女を追いかけ、そして横に並んで歩く。


 少女は冒険者を名乗る者たちを単に守ってやりたいというわけではなかった。このあたりでの一般常識を知りたかったのだ。そしてここの住人との関係を良好なものにしておきたかった。


「そうだクラーラ、お前って尸族の召喚以外の魔法って使えるのか?」


「いえ、できません」


「そうか……。じゃあこれ、持っときな。前代の不死鳥さんが残したやつだ。って言うか、尸族の召喚は今後禁止。ここにある魔法だけ使うように。わかったな?」


「はっ、はい。ありがとうございます」


 クラーラは分厚い本を受け取ると胸に抱え、そして二人は冒険者たちの元へと歩む。

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