第一一話 尸族との戦い その一

 冒険者一行は突然の炎とその爆発によって引き起こされた事象に動揺していたが、すぐさま目の前の危険な存在を思い出した。


 先ほど一〇体の尸族を産み出した尸族の母は、その炎を気にも留めずにこちらへゆっくりと向かってきている。


「なに? いまの……」


「とっ、とにかく走るぞ!」


「おっ……おう」


 動揺は消えていなかったが、身の安全を優先して即座に走り出した。


 ――すると、後方から先ほども聞いた嫌な音が響く。


 無理やり肉を引き裂いて何かが飛び出てくるかのような音、更なる尸族の召喚を意味している。しかし、エミーリアは決して振り返らなかった。二度も同じ過ちを犯すほど愚かな冒険者ではない。


 背後から迫ってくる死の恐怖に怯えながらも全員が必死で走っていると、エミーリアが前方に人影をうっすらと視認した。本来であれば認識できないような距離であったが、その人物が異様に白い姿をしていたために発見することができたのだ。


「リーダー、あれ!」


「ん? あれは……人間か? 他の冒険者がくるって話は聞いていなかったが……」


「でもあの人、一人よ」


「もしかすると森に迷い込んでしまったのかもしれないな……。おおい! こっちは危ないぞ! 早く逃げろ!!」


 リーダーの男は謎の人物に対して大声で危険を知らせる。しかしその人物は何の反応も見せず、こちらを待ち受けるかのように仁王立ちしていた。


「あれも敵か? だったら逃げる方向を変えないと……」


「俺たちの中じゃあ森に詳しい奴はいない。この大きな獣道から外れたらもう戻ってこられないだろう。相手はたったの一人だ、後ろのやつらよりはマシだろう」


 リーダーの男は仲間を説得してさらに走る。やはり後方からは気持ちの悪い気配を感じた。


「すみませーん! 少しいいですか?」


 突如正面からかけられた声に、一同は困惑した。先ほど一切の反応を見せなかった人間に突然話しかけられたからだ。その声は女性のものであり、若々しいものであった。


「化け物がいるぞ! あんたもさっさと逃げた方がいい!!」


 言葉の通じる相手だと少し安心したパウルはまた危険を知らせた。


「尸族の母のことですか?」


 遠くから聞こえる相手の思いがけない返答に一同はさらに困惑した。そしてやはり他の冒険者の可能性が高いと推測する。一般人であれば尸族は尸族であり、その区別はつけられない。


 しかし今回出現した尸族は見かけない種族のもので、少なくともここ二〇〇年ほど確認されていない。それだけ特殊な尸族でありながら、このチームのリーダーがすぐに識別できたのは、彼が勉強熱心であったからだ。


 逆に言うとそのような人間でなければ知らないような尸族の名前を言い当てた女は、このチームと同等かそれ以上の実力を保有していると考えられる。


「その通りだ!! 危険すぎる、早く逃げた方がいい!」


 接近していくにつれて謎の女の容姿が鮮明になっていき、やがてその表情が読み取れるまでとなった。薄い金の長い髪、月の光を反射している純白の外套、そして濃い緋色の瞳を持っている。


 また、腰のベルトには白い布で包まれた細長い何かが差されてあった。手には分厚い本を持っているようだ。


 冒険者たち一行は謎の女性の目の前に到着すると、そのままエミーリアが無理やり腕を掴んで走らせた。


「あなた、冒険者なの?」


 声を掛けたのはエミーリアだった。女性の冒険者というのは決して珍しくなかったが、男性に比べると少ない。だからこそ、女性で同じ仕事を生業としているかもしれない人物に興味と親近感が湧いたのだ。


「何ですか? 冒険者って」


 走りながら女は不思議そうな顔でそう問いかけてきた。それに対して冒険者の四人全員が驚く。普通に暮らしていればどこにいても見かける職業について、問われるとは思ってもみなかったからだ。


「えっ? ほら、魔獣退治の専門家よ」


 少々動揺した声で冒険者の女は伝えた。しかし、さらに思いがけない質問を受ける。


「あれ、放っておくんですか?」


「わ、私たちじゃ倒せないわね。組合のみんなで集まれば……きっと……」


 エミーリアは残念そうに答えた。


「じゃあ……」


(丁度いいや)


「わたしがあれを倒してきます」


 白い服装の女の突然の提案に、冒険者たち全員は衝撃を受けた。予想外だと言わんばかりの表情を浮かべた彼らに少女は続ける。


「それじゃあ」


 そう言うと女は返事も待たずに足を止め、その腕を強く引っ張っているエミーリアの手をすっと振り払った。そして走ってくる尸族とゆっくり遠くから歩いてくる尸族の母の方へと向きを変える。冒険者たちは女に続いて足を止めてしまった。


「あんた! 危ないって!!」


 しかしその忠告を聞き入れることなく、謎の女は一切逃げようとしない。


 そこへ走る尸族たちが距離を詰める。


(あ……でも、わたしには不死鳥の力があるんだった。それに、もし死んだらあの人たちに迷惑か……)


 足はかなり速く、少しだけ空いていた距離は瞬く間に縮められた。


 そして、あと少しというところで大きく踏み出し、棒立ちの女に跳びかかる。


 冒険者たち四人は出会ったばかりの女の死を覚悟し――驚くこととなる。

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