第一〇話 謎のナイフと夜の森 その二
少女が箱に入れられていた不思議な形状のナイフを振ると、刃が通過した部分の空間が裂け、その先には深い闇が広がっていた。
しかし、少女の目には全く別のものが映っていた。それはまるで昼間のような明るさの深い森林だ。
ところがその明るさはかなり奇妙なもので、太陽の光のようなものではなく、少女の瞳に飛び込んで来る光の強さを無理やり増大させているかのようであった。
実際のところ、今は夜だ。少女は不死鳥の力によって、夜目が異常なほどに機能していた。
「おお!!」
少女はこの事象に対して興奮し、それをよく観察した。
ナイフに関する説明は
空間に裂け目がある。これだけで十分に
少女は自身が満足するまで観察し終えると、裂け目の先へ侵入しようと思い立った。前代の不死鳥継承者が記してあった通り、〝出る〟の方が正確なのだが。
危険が待っていないかどうか確認するため、手始めに腕を突っ込む。少し冷えた空気が当たる程度で、危害が加えられるようなことはなかった。
それを確認した少女は、念のため一冊の大きく厚い本を持つ。それは魔力を注ぎ込むことで沢山の魔法が使用できるものだ。
向かった先に別の脅威があった際、自衛の手段の一つとして使用するつもりだ。
少女は空間の裂け目に足を通した。やはり少し冷たい空気が足を冷やしただけである。そしてそのまま地面を踏む。安全性を確認した少女は裂け目を潜り抜け、全身に緩やかな夜風を浴びた。
そして、真っ暗な森の中にいる少女の背後には不可解な裂け目があり、そこから光が漏れ出ていた。
しかし、それは振り返ってその状態を確認するとともに消失する。
ナイフの使用者が通過したため、裂け目が閉じたのだ。
少女は深い闇の中に一人となる。ところが恐怖心はほとんどなかった。それは、もう一度ナイフでそのあたりを切ればあの空間へ戻れるであろうと考えたためだ。
そう本に書かれてあったのだ。少女は既にそれらを疑っていない。目を疑う事象ばかりだが、全て記されてあった通りとなっている。
周囲を見渡した少女は、その森にはなんら異変を感じなかった。そこには見たことのある生態系が広がっていたのだ。
森はかつて少女がいたところで見たことのある樹木で構成されていた。
「あれ? 本当に……知らないところなのか?」
少女は不意に呟いた。先ほどまで見たことのないものの連続であったが、ここは普通の森に見える。
しかし、依然として不死鳥の魂がその身に宿っていることはよくわかる、感じるのだ。
(にしても木が多いなぁ……ここなら人もいないだろうし、ちょっとぐらいなら燃やしても……)
すぐこういった発想に至ったのは、少女の生まれに起因するのかもしれない。
少女は
すると、少女の正面には大きな炎の渦が生じた。そして掌を少し押し出すと、肥大化しながらかなり速い速度で直進を始める。
全力からは遠い力であったが、森の一部を焼き尽くすには十分である。巨大な炎は、進路上にあったものすべてをただの
しばらくして、少女の正面には真っ直ぐな開けた道が出現した。
地面には焼けた草が横たわっており、森の深さを物語る木々は燃え尽きている。
しかし、少女の鋭い目にはそれ以上のものも映っていた。
距離にして六〇パッスス(九六メートル)ほど離れたあたりに、四人分の人影を見つけた。全員が少女の反対側を見ていたが、少ししてこちら側に視線を移す。
少女は彼らが剣や弓を所持していることに気づいて警戒し、すぐに後方の燃やされていない木の陰に身を隠した。
そして少しだけ顔を出して向こう側を窺う。どうやらこちら側を見てはいるものの、少女の存在には気づいていないようで、少しだけ安心した。
少女は彼らに近づいても問題ないかと考えていると、向こう側で変化が起こる。
謎の四人組が突如としてまた別の方向へと視線を動かしたのだ。そして全員の顔に怯えの表情が浮かんでいることが、少女の異常に高められた視力によって確認できた。
しばらく観察していると、彼ら四人は一斉に振り返って駆け出した。後ろからは多くの尸族が追いかけている。
さらにその後方にはかなり醜い容姿をした、極度に肥満体系の尸族が一歩一歩ゆっくりと歩を進めていた。
「あれって……尸族の母とその子供たち…………だっけ?」
前代の不死鳥が遺した古びた本の一冊にあった内容から、それらがどういった存在であるか推測した。文章以外に挿絵が描かれていたため、より判断しやすかったのだ。
また、追記として〝不死鳥の魂を宿した私には脅威でない〟と記されていたため、少女は自身にも対応できるだろうと考える。図鑑とはいえ私情が沢山含まれているものであった。
その上、その尸族から逃げる存在であればそこまで脅威にはならないであろうとも考えて、人間には到底追いつけないほどの速度で彼らの先へ迂回して向かう。
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