第五話 木箱とその中身

 化け物を撃破した少女は、深呼吸して安心感を噛み締めていた。


 草原は静寂に包まれている。


 少しして落ち着くと、右手で握ったままの剝き出しの刀身をどこに収めようかと考えた。腰のベルトに差そうとするが、やはりそのままではとも思う。


 そして、左手で外套の内側の胸あたりを漁ると、白く長い布を取り出した。それは少女が胸に巻いていたさらしだ。


 剣をそれでぐるぐると巻くように包むと、腰のベルトに差して草原の中央へ向かう。


 そこには石造りの机とリベット打ちの木箱がたたずんでいた。激しい戦闘が近くで行われていたが、両方とも一切の損傷がない。


(罠……ではないか)


 少女は顔に少し困った表情を浮かべ、これらをどう対処すべきか考える。特別自身に危害を加えるようなものではないため放置を検討するが、一つの感情が沸き起こっていた。


(…………何が入ってるんだろう?)


 宝箱のようなもの、それもたいそう古臭いものを目にすれば、誰だって少しの興味は沸くものだ。少女は特にその感情が強かった。


 誰かのものであるのなら中々触れにくいが、こんな誰もいないような隔離された草原のど真ん中に置かれている箱なんて、一体誰が開けに来るというのか。


 この草原を囲んでいる垂直な崖を降りてくる者がいるというのなら、見てみたいものだ。


 少女は両手でその木箱を抱えるように持ち上げる。かなり重く、少女と同年代の人間の女では二人掛かりでようやくといったところであろう。しかし、不死鳥をその身に宿した少女には容易な作業であった。


「よいっ……しょっと!」


 隣にある低い机の上に置く。ドスンという音を出して石の机に腰かけた木箱は、その底が草原の上に直接置かれてあったため汚れており、机上を土まみれにした。


 また、先ほどまで古臭い木箱が置かれてあった草原の表面は少しへこんでおり、土が剝き出しであるため、この木箱はかなり昔に置かれたものだと考えられる。


 少女は置いた木箱を前にして、あることに気がついた。


「鍵……か……」


 呟き、顎に手を当てる。


 そして物は試しと、蓋がそのまま開いてくれることを祈って蓋に上向きの力を加えた。


 しかし、箱ごと持ち上げられるだけであった。


 そして少し悩んだ後、腰のベルトに差してある包みを抜き、片刃の剣を取り出すと、両手でなかごを強く握り締めた。


 少女は剣を思い切り振る。


 その一文字を描く攻撃は瞬時に木箱側面へ到達し、その表面に触れようとする。


 ――その瞬間、突如として木箱全体を覆うような半透明の球体が出現し、鋭い刃はそれにぶつかった。まるで木箱を守ろうとしているかのようだ。


 ところが少女の剛腕と刃の鋭さによって、その半透明の球はシャボン玉が弾けるかの如くすぐさま崩壊する。そして一撃は木箱本体へと続き、半円筒状の蓋の真ん中あたりに刃が横から直撃した。


 しかし、剣の異常なまでに鋭い切れ味をもってしてもその木箱についた傷はほんのわずかなものに止まり、衝撃で宙を舞うと、少し離れたところで鈍い音が聞こえた。


(なんだ……今のは?)


 謎の現象に驚きつつも音の聞こえた方へ目をやると、先ほどの混合獣の死体の近くに木箱が転がっていた。


 また、死体の獅子の胴体部分に凹みができていることから、一度そこに衝突したあと転がり落ちたのだと推測できる。


(そういえば放置したままだったな……)


 少女は首の取れた死体と木箱が転がっている場所に移動し、箱を死体から少し離した。


 そして化け物の死体を少しの間眺めた後、そこに不死鳥の力を用いて炎を送る。少女がかつて住んでいた国では火葬が一般的であったためだ。


 しばらくして炎を止める。焼け焦げた大地の上には、一般的な動物には存在しないような異常な形状の遺骨が転がっていた。少女はその奇妙な骨に興味深々であった。それは炎によって接合していた肉を失い、バラバラになってはいたが、ある程度位置を維持していた。


 そして少女は気が付いた。獅子の頭蓋骨の転がっている辺りに、僅かに黒ずんだ金色に輝く小さな金属製の鍵が落ちている。鍵の持ち手部分は複雑な装飾が施されており、鍵の先端部分には単純な出っ張りが付けられていた。


 少女は喜び、この鍵を用いれば先ほどの頑丈な木箱を開けられるであろうと期待する。そして鍵を意気揚々と拾い上げ、木箱も持って草原中央へと移動した。


 石の台の上にどんと置き、左手で木箱を上から押さえつけて、右手で鍵を勢いよく鍵穴に差し込む。そして素早く右に九十度回した。


 そしてガチャリという絡繰からくりがうまく作動した音が周辺に響いた。


「おお!!」


 少女は感嘆の声を発し、そして鍵を反対向きに回したあと抜いて台の上に置いた。その後、両手で箱の半円筒状の蓋を強く握り締め、上向きに力をかける。


 箱が開いた。


 少女は笑顔で箱の中を覗き込む。これだけ厳重に守られている異常に硬い箱には、さぞかし貴重なものが入っているだろうと期待して。


 その木箱の中には、かなり昔のものだと思われる複数の本と、一冊だけ他よりも大きく分厚い本、いくつかの羊皮紙製の巻物、そして一本のナイフが入っていた。


 そのナイフはかなり特徴的な姿をしている。両刃であるのだが、片方の刃は黒く、もう片方の刃が白いという特殊なものだった。その刃は波のようにうねっており、つばの中央あたりには水晶玉がはめられている。そして、持ち手部分は貴金属で装飾されていた。


 それらでいっぱいの木箱には、そのナイフ以外に金貨や宝石のような高価そうな品は一切存在しなかった。


 しかし、少女は思わず口角が上げる。まるでこれらこそ望んでいたものと言わんばかりに。


 そしてそれら全てを取り出し、木箱で面積の少なくなった石造りの机の上に積むと、空になった木箱を元々置かれていた草原の上へ蓋を開けたまま直接置いた。


 木箱をどけて広くなった机の上を古臭い品々で覆った少女は、草原の上で胡坐をかく。


(何百年か前のものか?)


 本の表紙に書かれている文字は、先ほど混合獣を召喚したと考えられる羊皮紙に書かれてあったものと同じ文体のようだ。


 少女は解読可能であることに歓喜し、そして一冊づつ読み進めていくのだった。


 ここがどこであるのか考察することを忘れて。

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