池上君

 池上君いけがみくんは少しオドオドしたイメージのある作業員だった。


 僕自身は池上君の担当するエリアから離れたエリアが担当のため。池上君と仕事をする事は滅多にないのだが。


 近くのエリアを担当する人からの評判は、あまり良くなかった。


 僕が働いている会社では『エリアミーティング』という会議がある。


 月に一度。全作業員20名を事務所に集めて、連絡事項という名の嫌味をネチネチと社員が行う。


 僕たち作業員からすれば、胃が痛くなる会議だった。


 …………


「それではCS調査結果の報告です」


 CS調査とは顧客満足度調査のことで『あなたの家に来た作業員に問題はありませんでしたか?』とお客様に直接アンケートを取るといったものだ。


 ほとんどのCS調査結果は、良い評価のものが多いのだが……中には辛辣な内容が書いてあることもある。


 社員のNが、みんなの前で悪い評価を読み上げる。


 ・ 何度修理に来てもキッチリ直っていません。作業に来た方は本当にプロなのでしょうか?

 

 ・ 修理に3時間もかかった。そんなに時間がかかるものでしょうか?休日の予定が全部ダメになりました。


 ・ 夏なので仕方がないのかもしれませんが、少し臭いました。ファブリーズかけてから来てください。


「これは全部。池上さんに来たアンケート結果です」


 次の瞬間。会議室に笑いが起こる。


 池上君はエリアミーティングのたびに悪い結果が読み上げられるので、それは恒例行事のようになっていた。


「池上またかよ~新人研修からやり直せよ」


「1件修理するのに3時間〜ありえねぇ俺なら3件こなせるわ」


「池上クサッ、クーサッ」


「ファブリーズ買ってあげようか~」


 www


 作業員の何名かが、池上君に冗談交じりの悪口を言い。それに合わせて会議室中にまた笑いが起きる。


 池上君は「すいません。すいません」とみんなに平謝りしていた。


 みんなは池上君の事を笑っていたが、僕は全く笑えなかった。


 僕は池上君の事が……怖いのだ。


 …………


 それは大雨の日だった。


 練馬のホームセンターで買いたい工具があったので、僕は練馬方面に車を走らせていた。


 国道は大雨の影響で大渋滞。仕方なく裏道を通ることにした。


 細い道を安全運転で走っていると、左前方に一台の軽自動車が停まっているのが見える。


 よく見るとそれは、池上君の車だった。


 池上君はバックドアを開き。何か作業をしている感じだった。


 時計の針は20時を回っており。こんな時間まで『頑張ってるなぁ』と思った僕は、池上君に声をかけてから行こうと思った。


 普通に声をかけるのでは、面白くないな……。


 そうだ。そっと忍び寄って『ワッ』と言って脅かしてやろう。僕のイタズラ心に火が付いた。


 池上君にバレないよう離れに車を停め。


 池上君の背後にゆっくりと忍び足で近づいていく。


 池上君のすぐ近くまで来て気付いたのだが、池上君は何かブツブツ言いながら作業していた。


 「ね」「ね」「ね」「ね」「ね」「ね」……

 

 「ね」ってなんだ?雨音で何を言ってるのかよく聞こえない。


 もう少しだけ池上君に近づいてみる。


「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」


 池上君はそう呟きながら。


 作業員が映った集合写真を……アイスピックで刺していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る