憑依 ー 復讐の蒼い炎 坂口編 ー

 「『蚊』って嫌ですよね」


 「夜眠るときに1匹でも部屋に侵入を許すと『ぷーん』とあの不快な音をさせながら、必ずこちらに向かって飛んでくる」


 「手で一所懸命追い払っても、少し時間がたつと何事もなかった様にまた近寄ってくる」


 「頭に来て、殺してから寝ようと目を覚まして起き上がると、今度はこちらの殺意を感じとったかの様にいなくなる」


 「不快を煮詰めて抽出したような存在ですよ『蚊』は」

 

 …………


 ジジジ……ジジジ……と画像が乱れ……日笠千鶴ひかさちずるが画面に映る。


 「蚊が何を感知して、近寄ってくるのか分かりますか…………」


 「二酸化炭素です」


 「蚊は人の吐いた息を感知して、近寄ってくるんです」


 「私が眠る前に坂口さんの周りに撒いたのは、ドライアイス」


 「ドライアイスは、二酸化炭素に圧力をかけ、冷却して固体化したものです」


 「つまりドライアイスが解ける時に出る白い煙の正体は、二酸化炭素なんです……フフフ」

 

 …………


 少し離れた所で「おい、起きたんならこっちに来て蚊を追い払ってくれ、頼むよ」と坂口が騒いでいる。


 日笠千鶴ひかさちずるは何も聞こえなかったかのように、コーヒーを入れ始める。


「私には味覚がありませんが、コーヒーの香りは好きなんです」


「まぁ……香りの良い白湯を飲んでるような感じなんですが……」


 コーヒーを一口飲み『ほう』と息を吐き、目を瞑る。


「坂口さんの悲鳴を聞きながら飲むコーヒーは、絶品です」


 坂口の周りには、数えきれない位の蚊が飛び回っており。手錠で手足を拘束され、ほとんど身動きの取れない坂口の血を容赦なく吸っていた。


 コーヒーを飲み終えた日笠千鶴ひかさちずるは、肌の露出した部分にしっかりと虫よけスプレーを吹きかけてから坂口に歩み寄る。


「あらあら坂口さん、私が眠っている間に、ずいぶん男前になりましたね……クスクス」


 瞼、鼻、唇、頬、顔中を蚊に刺され出来たブツブツの上から、さらに何回も何回も血を吸われたのだろう、坂口の顔はまるで別人のように腫れあがっていた。


「頼むよ彩さん、僕は何か彩さんを怒らせるような事をしたのだろうか……だったら謝る。だからもう勘弁してくれ……痒くて痒くて堪らないんだ」


「坂口さん、私が眠る前にした質問は覚えていますか?」坂口のスマホを振りながら、日笠千鶴ひかさちずるがたずねる。


「それを聞いてどうするつもりですか、これは立派な犯罪行為ですよ、あなたは犯罪者にでもなるつもりですか」


「ウフ……ウフフ……アハハ……アハハハハハハ」


「犯罪者に犯罪者呼ばわりされるとは思いませんでしたよ、坂口さん」笑いを堪えながら日笠千鶴ひかさちずるが答える


「一体……何を言ってるんだ」


「『404号室』と言えば分かりますか、坂口さん」


 それを聞いた坂口の顔色が、明らかに変わる。


「き……君は一体……」


 何も言わず、坂口の事をじっと見つめる日笠千鶴ひかさちずる


「わ……分かった言う、僕と連絡が取れなくなって警察に届を出す可能性があるのは、母親と妹だ」観念したように坂口が答える。


「佐藤さんと、松岡さんはその中に入らないんですか、友達なんですよね?」


「あ……あいつらは大学のサークルが同じなだけで、別に仲が良いわけじゃない、僕と連絡が取れなくても、気にもしないさ」


「ずいぶんと薄っぺらな関係なんですね、女の子をレイプする時だけのお友達ですか……フフフ」


 言葉に詰まる坂口。


「まあいいです、私はこれからあなたのお母さんと、妹さんに連絡を入れてきます。ちょうど今は夏休みですし『サークル仲間と何日か旅行に行ってくる』とでもLINEしておけば、問題ないでしょう」


「ま、待ってくれ、実はさっきからトイレに行きたくて仕方がないんだ、絶対に逃げないと約束する。だからトイレだけでも行かせてくれないか……頼むよ」


「ああ、トイレですか、もちろん良いですよ」


「あ、ありがとう、すぐに済ませるから少しの間だけ、この手錠を外してくれないか」


「そこで垂れ流してください」


「えっ」絶句する松岡。


「ここは私の私有地ですので、ご遠慮なく♡」


 地面を指さしながら笑顔で答える日笠千鶴ひかさちずる


 それを聞いた坂口の目から、涙がこぼれる「謝る……謝るから……自首もする、警察に今までの事を全て話す。だからもう許してくれ……もう……限界だ……」


 地面に頭を擦り付けながら、日笠千鶴ひかさちずるに謝罪する坂口。

 

「諦めちゃ駄目ですよ坂口さん、楽しいキャンプは始まったばかりじゃないですか~」


「元気のない坂口さんのために『ちずるのわくわくキャンプ場』の愉快なお友達をたくさん呼んであげますね~」


 そう言ったあと日笠千鶴ひかさちずるは、軽ワゴンエブリイバンのバックドアを開けて、車の中から赤い液体の入ったペットボトルを手にもって戻って来た。


「えい、えい、シェイク、シェイク~」楽しそうにペットボトルを上下に激しく振る日笠千鶴ひかさちずる


「もう勘弁してくれ、金なら払う、欲しいだけ言ってくれていい、だから……」


 狂気にゆがむ日笠千鶴ひかさちずるの顔を見て、言葉に詰まり……盛大に失禁する坂口。


「それでは、行きますよ~ソレソレ~」ペットボトルを開け、中の赤い液体を坂口の頭からふりかける。


「う、うわっ、なんだこれは」全身を赤く染める坂口。


 赤い液を頭からかぶり、惨めに失禁する坂口を見て、満足気に頷く日笠千鶴ひかさちずる


「それでは坂口さん、私は少し出かけてきますので、そのあいだ良い子にして待っててくださいね~」と言ったあと、朝と同じように『チュッ』と可愛く投げキッス。


「ま、待ってくれ、置いていかないでくれ……頼む」泣きながら必死に懇願する坂口。


 日笠千鶴ひかさちずるは、満面の笑みで軽ワゴンエブリイバンに乗り込む。


「夜行性の虫たちが、最も活気づく時間の始まりですよ坂口さん……キャハハハハハハハハハハハ」


 エンジン音が鳴り響き、そこで画面が暗くなった。

 

 …………


 気付けば僕は涙を流していた。


 復讐の蒼い炎の中に飛び込み、自らを焼きながら過ごした煉獄の日々が、日笠千鶴ひかさちずるを壊してしまったのだろう……。

 

 …………























  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る