第6話 市役所へ④



 市の職員さんに案内されたのは、市議会の議場だった。

 議場の中には、生徒会長さんの他、数人の調査隊のメンバーがすでに集まっていた。……そこに姉ちゃんの姿は無い。


「来たか、織田」


 僕らの到着に気付いた生徒会長さんがやってくる。


「検問で天野と揉めたそうだな」

「あー? だったらどうだってんだ? また説教か?」


 喧嘩腰で問いかえす織田さんに、しかし生徒会長さんは微妙そうな表情で首を振った。


「……いや、アレに関しては、どちらかというと天野の方に問題があるだろう。天野は、真面目なのは良いんだが、ちょっと融通が利かないところがあるからな」


 そこで生徒会長さんは僕に目を向けると。


「結局着いてきてしまったのか……まあ来てしまったものはしょうがない。こうなった以上、子ども扱いはせずに、一メンバーと同じように扱わせてもらうが良いな?」

「はい」


 それは、覚悟の上だ。僕はまっすぐ生徒会長さんを見つめ頷くと、問いかけた。


「ところで、姉ちゃんは……?」

「まだ合流していない。来たらすぐに伝えよう。それまでは、こちらの仕事を手伝ってくれ」

「仕事って?」

「帰還の方法については、知っているか?」

「はい、アマルテイアさんから。帰還用の門を探せば良いって」

「そうだ。その門の捜索がまず一つ。もう一つが、食料の回収だ。今、この市役所には多くの避難民たちが集まっており、到底食料が足りない。門を捜索しつつ、食料の回収を頼みたい」


 食料……。僕がアマルテイアさんを見ると、彼女はコクリと頷いた。

 アマルテイアさんが、中級収納から食料を取り出し、床へ山積みにする。


「これは……!」

「ヒュー! アイテムボックスってヤツか」


 生徒会長さんが目を見張り、織田さんが感心した風に口笛を吹く。他の調査隊のメンバーからも感嘆の声が上がった。


「素晴らしい。まさに今一番欲しかったスキルだ。これはどれくらいの量が入るんだ?」

「大体、高校の教室くらいです」


 僕の答えに、生徒会長さんが満足げに頷く。


「良し! それじゃあ君は門の捜索は良いから、とにかく食料の回収を頼む。織田、お前はどうする?」

「あー……俺もショウに着いていくわ。俺も輸送向きのスキルを持ってるからよ」


 そう言って織田さんが僕の頭を撫でると、生徒会長さんが意外そうな顔をした。

 わかる。織田さんってパッと見、子供とか嫌いそうだもんね。それが意外と子供好きというか面倒見が良くて、驚いたんだろう。

 そこで生徒会長さんが思い出したように言う。


「ああ、それと、僕たちは今、覚醒者ということになっているから、誰かに聞かれたらそう答えてくれ。くれぐれも、別の世界から来たとは言わないように」

「そうそう、その覚醒者ってなんなんだ? たまに俺らのことをそう呼ぶ奴がいるが」


 そうか、織田さんは、まだ知らないのか。一緒にいたのが幼稚園児だもんな。保母さんとかは……一緒にいなかったということは、そういうことなのだろう。


「この世界には、千人に一人の割合で、超能力に目覚める人がいるらしい。先天的なものではなく、十歳くらいから二十代までの間にある日突然目覚めるから、覚醒者と言うそうだ」


 生徒会長さんが、織田さんの質問に答える。


「覚醒者は、国に申告する義務があって能力のランクごとにライセンスが与えられるそうなんだが、野良が結構な数いるのと、危機的状況で目覚める人も多いから、特にライセンスとやらの提示は求められたことは無いな。俺たちもこの災害の中で目覚めたことにしてくれ」


 それは知らなかった……。僕たちは頷いた。

 そこで、僕は、ふと気になって問いかけた。


「そう言えば、市長さんとか市議さんとかっていないんですか?」


 僕の質問に、生徒会長さんは微かに顔を顰めた。


「ああ……。なんか『治療法が見つかるかもしれないから殺すな』とか『私の家族を連れてこい』とか馬鹿なことばっか言って職員の足しか引っ張らなかったから、一部屋にまとめて閉じ込めている」

「馬鹿から順番に当選させてんのか……?」


 呆れた様子で呟く織田さん。


「というより、事態収束後の責任回避のためのポーズだろうな。一応まともな人もいるから、そういう人には、避難民たちの取りまとめを任せている」


 良かった、まともな人もいるんだ……。


「ふぅん、ま、どうでもいいけどな。じゃあ、さっそく行くかぁ」

「いや、今日はもうそろそろ日が暮れる。やめておいた方が良いだろう」

「あん?」


 織田さんは気勢をそがれて一瞬不満そうな顔をしたが、チラリと僕を見ると渋々と頷いた。


「まぁ、それもそうか。暗いと色々とめんどくせーしな」






 それから、僕たちはみんなで夕食をとることにした。


「いやぁ、まさかこんなに豪華な晩飯が出てくるとはな!」

「今日も味気ない保存食になるかと思ってたぜ!」


 アマルテイアさんが出した全員分の夕食を見て、調査隊のメンバーたちが喜びの声を上げる。

 美味しそうに焼き上げられたローストチキン。コーンの冷製ポタージュ。シーザーサラダ。パンかライスかはお好みで。

 アマルテイアさんによって一瞬で生み出されたそれらの料理の数々は、星付きのレストランで出てきてもおかしくないほどのご馳走だった。


「おいおい、こんな美味いもん食ってたのかよ。マジで羨ましいな」

「うぅむ……こんなスキルもあるのか。これは僕も羨ましいな」

「……………………」


 織田さんと生徒会長さんも、料理に舌鼓を打ちながら羨望の眼差しをアマルテイアさんへと向けてくる。

 先ほど合流した天野さんも、声こそかけてこないが、どこか悔し気である。

 戦闘向きのスキルを持つカードは多いが、アマルテイアさんのように食べ物を出せるカードは希少だ。

 その多くも果物や穀物などの食材を出すのがせいぜいで、このように料理と言う形で出せるのはアマルテイアさんくらいだった。

 戦闘という面では、生徒会長さんのドレイクや織田さんのデュラハンより一枚落ちるアマルテイアさんだが、料理を生み出し、アイテムボックスのスキルを持つという点で、唯一無二の価値を持っていた。

 

 夕食の後は、これまたアマルテイアさんの魔法で身体を綺麗にして、毛布に身を包んで議場の床で雑魚寝する。

 なお、この場で唯一の女性である天野さんは、ソファーのある市長室が与えられた。


「……………………」


 皆の寝息が聞こえてくる中、僕はなんとなく眠れずにいた。

 なんだか妙に頭が冴えて、自分でも興奮状態なのがわかる。

 考えてみれば、こんなことになってから、これが姉のいない状態で迎える初めての夜だ。

 そのせいで、身体が臨戦態勢を取ってしまっているのかもしれない。

 参ったな……明日は、織田さんと一緒に食料回収に行かなきゃいけないのに。寝不足で行ったら、迷惑をかけてしまう。

 そうわかっているのに、むしろどんどん眼が冴えていく……。同時に浮かぶ、嫌な想像。

 姉ちゃんは、無事だろうか。なぜ、今日市役所に来れなかったのか。生徒会長さんの呼びかけはちゃんと聞けたのか。もしかすると、来たくても来れないんじゃないだろうか。

 姉ちゃんのリビングアーマーの戦闘力は150。一対一ならゾンビ程度に後れを取ることはないが、敵の数が多ければどうかはわからない。

 それにリビングアーマーは、織田さんのデュラハンと違って自我が薄い。命令はちゃんと聞くが、自発的に行動することは無い。その自我の薄さは、アンデッド系や眷属に近いほどだ。

 それはつまり、アマルテイアさん任せの僕と違って、姉ちゃん自身の意思で戦わなければならないということ。

 果たして姉ちゃんは、人間の形をしたゾンビを攻撃できるのか? 姉ちゃんは普段は強気だが、あれで結構もろい所がある。

 ……こんな状況だ、人間だって安全とは限らない。むしろ、人間相手だから攻撃をためらってピンチになることもあるのでは?

 昔読んだ、公園に捨てられていたエッチな漫画の内容が脳裏にフラッシュバックし、バクバクと心臓の鼓動が激しくなる。

 アレもゾンビ物の世界観で、姉ちゃんみたいな強気で正義感の強い女の子が、悪い男の人たちに襲われる、という内容だった。

 もし、姉ちゃんがあの漫画みたいなことになっていたら……。

 なんだか吐き気がしてきた。じっとりと背中に嫌な汗が浮かぶ。


「……眠れませんか?」


 その時、ふいに柔らかなものに顔が包まれた。

 ミルクのようなどこか甘い香り……。アマルテイアさんだ。

 

「大丈夫ですよ、きっと大丈夫です。そう信じましょう」

「うん……」


 何の根拠もない励ましだが、それでも僕の心はスゥッと楽になった。

 ここで僕が一人不安がっていたって、姉ちゃんを助けられるわけでも、そもそも姉ちゃんはピンチだと決まったわけでもない。

 それなら姉ちゃんは無事だと信じる方が、姉ちゃんが助かる気がした。

 僕はアマルテイアさんの大きくて柔らかな胸に包まれながら、深い眠りに落ちていくのだった。


 


【Tips】眷属召喚

 召喚主よりも下位の存在を呼び出すスキル。

 ただし、呼び出される眷属は、本来の種族の戦闘力よりも弱く、先天スキル以外のスキルを持たない、と見られている。

 眷属召喚には、召喚数に制限が無く一定時間ごとに少数を召喚し続けるタイプと、数に制限はあるが一気に多くの眷属を呼び出すタイプの二つがあり、基本的に後者の方がオリジナルに迫る性能を持つことが多い。

 召喚された眷属は、一時間ほどで消えるため、無限に数を増やすことは不可能。

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