第6話 市役所へ③


 市役所に到着すると、そこはちょっとした要塞と化していた。

 市役所の敷地をグルリと取り囲むように幾重にも張られた有刺鉄線やワイヤーのバリケード。

 その内側に等間隔に並ぶのは、人間ではなく槍を持った天使たちだった。


「ありゃ、ピュアのヤツの眷属召喚か」


 まるでファンタジーのような光景に、木藤さんら避難民たちがポカンとする中、織田さんが呟くように言った。

 カードの中には、眷属と呼ばれるシモベを呼び出す力を持つ者もいる。

 織田さんのデュラハンが呼び出すコシュタ・バワーもそれにあたるが、コシュタ・バワーが単体なのに対し、無限に呼び出すことができるタイプもいた。

 無限とは言っても、眷属は一時間ほどで溶けて消えてしまうため実際には同時に呼び出せる最大数には限りがあるのだが……それでも他のカードをいくらでも呼び出せるというその力は、他のスキルとは一線を画しており、眷属召喚持ちはワンランク上の扱いをされていた。

 あれは、風紀委員長の天野(あまの)さんのアークエンジェルが呼び出したエンジェルたちだろう。

 カードのエンジェルの戦闘力は130で、星2。対して、アークエンジェルの戦闘力は180で同じ星2。

 アークエンジェルは、星2のカードでありながら、同じ星2のエンジェルを呼び出せる、ランク以上のスキルを持ったカードだった。

 もっともカードのランク自体、僕ら人間が勝手に決めたモノではあるのだけど。

 ……ちなみに、天野さんの下の名は純と書いてピュアと読むらしく、下の名前で呼ぶと烈火のごとく怒る。

 織田さんたち、不良系の人たちはそれを知った上で、あえて彼女をピュアと呼び捨てにしていた。

 天野さんは、生徒会長の右腕的なポジションで、織田さんとも仲が良くないのだ。

 

「行くぞ」


 呆気に取られる木藤さんらに一声掛けると、織田さんが市役所の唯一バリケードの置かれていない箇所へと歩いていく。

 そこには、無数の避難民たちが長蛇の列をなしていた。

 それ目掛けてゾンビが散発的に襲い掛かってくるが、それらは空を巡回する天使たちによって即駆除されていく。

 と、その時。天使が避難民の一人を突然串刺しにして宙へと攫った。


「キャアアアアアアアッ!?」


 自分たちを守ってくれていると思っていた天使の突然の凶行に、避難民たちから悲鳴が上がる。

 僕も目を見開いて驚いていると、串刺しにされた人がその状態でなお天使に食らいつこうとしているのに気付いた。

 ……どうやら列の中に、ゾンビに噛まれた人が混じっていたようだ。

 天使は冷静にゾンビとなった人を始末すると、何事もなかったかのように巡回に戻る。

 動揺する避難民たちのことなど放置だ。

 一見冷酷にも見えるが、実際は違う。あの天使たちには、自我が無いだけだ。

 眷属たちは、オリジナルの種族よりも戦闘力がいくらか落ちるだけでなく、自我も薄いと言われていた。そのため、簡単な命令を聞くことしかできないのだ。

 大丈夫なのか!? と不安がる木藤さんらを「あれは姉の学校の人の呼び出したものなので大丈夫です」と宥めて、列の最後尾に並ぶ。


「……チッ、やってやれるか!」


 すると、並んで数分もしないうちに織田さんが舌打ちをして、そう吐き捨てた。


「おう、ショウ。ついてこいや」


 そして、そう僕に声をかけると列を外れて、前へと歩き出した。

 僕はどうするべきか少し迷い、結局その後を着いて行くことにした。

 列の先端まで来ると、そこでは数人の警察官と、市の職員らしき人が、避難民たちのチェックをしていた。

 織田さんは、彼らに目もくれずに、僕を小脇に抱えると超人的な跳躍力でバリケードを飛び越えて中へ入ってしまう。

 続いて、アマルテイアさんも僕を追ってバリケードを飛び越えてきた。


「あっ、コラ! ちゃんと列に並びなさい!」


 当然、僕らに警察官らも気付き、注意の声をかけてくる。


「うるせーポリ公が! 俺らは調査隊のメンバーだぞ!」

「う……! コイツ、覚醒者か?」


 怒鳴り返す織田さんの姿を見た警察官さんが怯んだ、その時。


「————何をしているの?」


 凛とした声がその場に響いた。

 長い黒髪をなびかせ駆け付けてきたのは、姉ちゃんと同じ学校の制服に身を包んだ女子生徒。モデル体型の美人だが、ちょっと冷たそうな彼女の腕には、風紀委員の腕章が着いている。

 風紀委員長の天野さんだ。

 天野さんはこちらをギロリと睨むと言う。


「何の騒ぎですか?」

「あ、いえ、こちらの二人が、列に並ばずにバリケードを飛び越えまして」

「そうですか……織田くん、あなた列に並ぶという簡単なこともできないの?」


 腰に手を当てて、冷たく睨みながら天野さんが言う。

 それに織田さんが僕を無造作に降ろしながら、答える。


「あんな長蛇の列に並べるかよ。日が暮れるわ。俺は調査隊のメンバーだぞ」


 夕日に照らされた空を指さしながら言う織田さん。

 確かに、あんな長い行列に並んでいたら、夜になっていただろう。

 下手したら日付が変わる前に入れるかも怪しかった。

 というか、これからも避難民たちが増えたら、敷地内に全員を入れるのも難しいんじゃないだろうか?

 

「調査隊のメンバーだろうがなんだろうが、ルールはルールです」


 それに対する天野さんの答えは、ちょっとズレていた。

 いやルールだからって……ここは調査隊のメンバーの合流を優先するべきなんじゃないだろうか?

 わざわざ調査隊のメンバーを列に並ばせるのは、なんていうか合理的じゃなかった。


「ああ? 最上の野郎が呼んだからわざわざ来てやったんだろうが」

「好き放題しろとは言ってないでしょ?」

「知るかよ。ここはガッコーじゃねぇんだ、上から目線で説教すんな」


 そう鼻で笑う織田さんに、天野さんは顔を顰めると、今度は僕を見た。


「……君、たしか綾小路さんの弟さんよね。どうしてここに?」

「あー、着いてきちゃいました。姉ちゃんが心配だったんで」


 僕の答えに、天野さんは、その整った眉を潜めた。


「つまり約束を破ったってことね?」

「まぁ……はい」

「どうしてそんなことするの? 君にはトイレ掃除の仕事もあったはずだけど? 皆が迷惑するとは思わなかったの?」


 どうして? そんなこと決まっている。


「トイレ掃除より姉ちゃんのほうが大事なんで」

「……その気持ちはわかるけど、君が自分の仕事を投げ出してみんなに迷惑をかけたのには変わりないわ」


 ……なんかこの人勘違いしてない? 僕はだんだんイライラしてきた。


「じゃあ、姉ちゃんに何かあったらあなたが責任取ってくれるんですか? 命がけで姉ちゃんを助けてくれるんですか?」

「それは……」


 天野さんが言葉を詰まらせる。

 できるわけがない。調査隊のメンバーは、みんな自己責任で参加しているのだから。

 僕もそこまで天野さんたちに求めるつもりはない。

 だから僕は自分でここに来たのだ。


「そもそも仕事仕事って言いますけど、あくまでトイレ掃除をしてるのはボランティアなんで。それを義務みたいに言われるのは嫌なんですけど。別に給料も貰ってないですし」

「それは……確かに義務じゃないけど、そこは助け合いよ。君だって、備蓄された保存食とかは食べたんでしょう?」

「じゃあ返します、別に要らないんで。アマルテイアさんが食べ物なら出してくれるし。ね? アマルテイアさん?」

「はい。あんなもの、マスターには必要ありません」

「……………………」


 僕とアマルテイアさんの会話に、ついに天野さんはグッと押し黙ってしまった。

 織田さんがニヤニヤしている。

 ……ちょっと意地悪だったかな、と少し反省していると。

 

「……そんな人と一緒にいると、碌な大人にならないから!」


 涙目でそう吐き捨てて、天野さんは立ち去っていってしまった。

 ええ……。


「アイツ、小学生相手に言い負かされて負けて泣くとか、マジか……」


 織田さんが呆れたように呟く。

 僕もまさか泣くとは思っていなかった。ちょっと罪悪感……。


「んで、生徒会長さまはどこにいんだよ? 本当は、調査隊のメンバーが来たら、こうしろとかって命令はあんだろ?」


 織田さんが、市の職員さんへと問いかけた。

 それに、ポカンとした表情で天野さんの去っていった方向を見ていた市の職員さんが我に返ったように答える。


「え、ええ……最上さんから、調査隊のメンバーを名乗る自分と同じ制服を着た覚醒者が来た際は、自分のところへ案内するように言われています」


 市の職員さんは、鎧姿の織田さんを頭から足まで見ると。


「……まあ、天野さんと知り合いみたいでしたし、別に良いでしょう。こちらへ」


 そう言って、僕たちを案内してくれるのだった。

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