第6話 市役所へ②


「お前、ガッコウでお留守番じゃなかったのかよ? 姉ちゃんが怒るんじゃねぇか?」


 鎧姿の織田さんが、問いかけてくる。


「えっと、追いかけて来ちゃいました。姉ちゃんが心配だったので」

「おいおい……ムチャなヤツだな」


 僕そう答えると、織田さんは、呆れたように、しかしどこか面白そうに笑って、僕の頭を撫でた。

 その手は、学校での乱暴な態度からは予想もつかないほどソフトなものだった。


「知り合いかい?」


 そんなやり取りを見ていた木藤父が、コッソリと問いかけてくる。


「ええ、姉ちゃんと同じ学校の人です」

「ああ、なるほど、あの放送の。ふむ……変身系、かな?」


 木藤父が、織田さんの身に纏う鎧をじっと見つつ、呟く。

 姉ちゃんのリビングアーマーよりも明らかに洗練されたデザインのそれは、織田さんが連れていたデュラハンと同じ物だった。

 デュラハンは、姉ちゃんのリビングアーマーと同じ『装備化』というスキルを持つ。

 これは、マスターや他のカードに自身を装備させることで戦闘力を向上させるスキルで、特にマスターに装備化させることで『ダイレクトアタック』を防ぐことができた。

 マスターはカードのバリアで守られているのだが、その防御力は生身のままだ。

 仮にアマルテイアさんがナイフで刺されたとしても傷一つ負わないが、もし僕がナイフで刺されればアマルテイアさんは、僕が負うべきはずだった傷を受けることになる。

 そのため、いくらバリアがあると言っても、マスターへのダイレクトアタックは最も気をつけなければならないことの一つ……とアマルテイアさんには教えられた。

 織田さんのデュラハンや、姉ちゃんのリビングアーマーの装備化スキルは、マスターへのダイレクトアタックを防ぐと共に、マスターの戦闘への参加を可能とする攻防に優れたスキルだった。

 と、その時、織田さんの後ろから一台の馬車がやってくることに気付いた。

 どこか霊柩車を連想させる漆黒の大きな馬車を牽くのは、四頭の首無しの馬で、少しだけ地面から浮いた車輪からは青白い鬼火が立ち上っている。

 その異形の馬車に避難民たちからどよめきの声が上がる中、馬車から次々と小さな子供たちが下りてきた。

 お揃いの青い制服を着た、たぶん幼稚園ぐらいの子供たち。それが十数人ほど。

 それを見たアマルテイアさんが「まあ!」と喜びの声を上げ、織田さんへと問いかける。


「あの子たちは、あなたが保護していたのですか?」

「あ? あ~、まあ、ついでにな」


 と、面倒くさそうに答える織田さん。

 ついでに、とは言うが、この状況で子供……それも幼稚園ぐらいの子たちを助けるなど、そうそうできることではない。

 どうやら、見た目とは裏腹にそんなに悪い人じゃないようだった。


「織田さんも市役所へ向かってるんですか?」

「あん? あ~、まあな。……あの野郎の呼びかけに答えるっつーのは、若干気に食わんが」


 やはり、生徒会長さんとは相性が悪いらしい。


「お前らも市役所に行くなら一緒に行くべ。女と子供は中へ乗れ。ガキンチョ

どもを抱えれば、ちっと窮屈だが、まだ乗れんだろ」


 それに、避難民たちから小さな歓声が上がる。

 すると、大学生くらいの男の人が、織田さんへと話しかけた。


「あの、我々は?」

「あ!? 男なら走れ! ボケ!」


 途端、織田さんが鬼の形相へと変わる。


「ヒッ、すんませ……!」

「チッ! ったく……ガキ、お前は?」


 織田さんは苛立たし気に舌打ちをすると、僕をチラリと見て問いかけてきた。

 僕は織田さんをまっすぐ見返すと、答えた。


「ガキじゃなくて、ショウです。……僕も走ります。男なんで」

「良い答えだ。行くぞ、ショウ」


 織田さんは、ニヤリと笑うと、走り出したのだった。



 ――――織田さんとの合流によって、僕たちの移動はグッとスムーズに進むようになった。

 織田さんのデュラハンが呼び出す馬車『コシュタ・バワー』は、水場を渡れないという弱点こそあるものの、気配遮断と透明化の能力、そして星2のカードと同等の戦闘力を持つ。

 ゾンビの数体くらいなら轢き殺して進めるだけのパワーを持っていた。

 これに足の遅い女性と子供を乗せることで、安全かつ今までとは比べものにならないほどのスピードで進むことができるようになった。

 その分、男どもはヒーコラ言いながら走ることになったのだが、その問題はアマルテイアさんの回復魔法が解決してくれた。

 回復魔法の中には、『休息(レスト)』という体力だけを回復させてくれる魔法がある。

 これを使うことにより、一切の休憩を挟むことなく、走り続けることが可能だった。

 MPに関しても問題ない。戦える存在が二倍になったことにより、織田さんが敵に突っ込んで、アマルテイアさんが守りにつくという役割分担ができ、アマルテイアさんのMPを使わずに済むようになったためだ。

 レストの消費MPは少なく、戦闘用に残さなくて良いのであれば、市役所まで掛け続けられるだけのMPはあった。

 ……もっとも、体力的に大丈夫だから精神的に平気かと言うと、それは別の話で。

 僕はちょっと、自分で走ると言ったことを後悔することになった。

 そんな感じで、全力疾走でのマラソンをすること一時間。


 僕らはようやく市役所に到着したのだった。

 



【Tips】装備化スキル

 自身を装備として他者に纏わせることが出来るスキル。

 マスターへの装備化の場合、すべての戦闘力、スキルがそのまま共有されるが、カードへの装備化は、装備化スキルのランクに応じて効率が低下する。

 マスターはカードのバリアで守られているが、カードなら無傷で済むような攻撃であってもマスターへと攻撃されてしまえば、カードは大ダメージを受けてしまう。

 マスターへの直接的な被害……ダイレクトアタックは最も警戒すべき事態であり、装備化スキルはダイレクトアタックを防ぐと共に、マスター自身の戦闘への参加を可能とする優れたスキルと言える。



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