第6話 市役所へ① 


「せぇ……っの!」


 襲い掛かってくるゾンビを、サスマタを使い、大人の男が三人掛かりで抑えつける。

 胴を抑えつけられたゾンビは、棒が目に入っていないかのように、目の前の獲物へとガムシャラに腕を伸ばす。

 その力は凄まじく、サスマタを握る男たちを少しずつ後ろへと押し上げていく。


「ぐぐぐ……! まだかァ!?」


 先頭でサスマタを握っていた木藤父がそう叫んだ瞬間、唐突にゾンビの頭が砕け散った。

 糸が切れた人形のように崩れ落ちるゾンビの後ろから、アマルテイアさんが姿を現す。

 その白い服はところどころ返り血に染まり、手には工事現場で使われるような大きなハンマーが握られていた。


「申し訳ありません、少々遅れました」


 そう頭を下げる彼女の後ろには、数体のゾンビが頭を砕かれて倒れていた。

 それを見た木藤父たちが、大きく安堵の息を吐き、地面にへたり込む。

 固唾を飲んで一連の流れを見ていたその家族からもホッと安堵の吐息が漏れた。


 ――――市役所を目指す僕らの一行は、いつの間にか二十人以上に膨れ上がっていた。


 彼らは、僕らと同じく市役所を目指す人々だった。

 あれからも定期的に流れる生徒会長さんの放送は、市役所が無事であることを市内の人々に知らしめ、調査隊のメンバーだけでなく、一般の市民たちも惹きつけることとなった。

 だが、この状況下での移動は、それだけで危険が伴う。

 途中でゾンビに見つかり襲われている人々を助けているうちに、いつの間にか僕らはこんな大所帯となっていた。

 人数が増えれば、その分ゾンビにも見つかりやすくなる。

 自然とアマルテイアさんの戦闘回数も増え、一つの問題が浮上した。

 アマルテイアさんの魔力量――MPの残量についての問題だ。

 アマルテイアさんは、魔力回復というMPの回復を早めるスキルを持つが、ゾンビとの戦いが増えたことにより、消耗が回復量を大きく上回ることになったのだ。

 MPが尽きたら、武器を装備して通常攻撃で倒すしかない。

 が、そうなるとどうしても彼女をすり抜けてゾンビが後方に抜けてくる、という事態が起きやすくなる。

 そこで、集団の中で大人の男たちが、サスマタなどを持って一時的に足止めすることになった。

 この集団に大人は九人いるので、ちょうど三セット、三体までは足止めできる。

 それだけ足止めできるなら、アマルテイアさんもかなり余裕を持って戦える。

 逆に、それ以上キツそうな相手とは戦わない。

 そんな感じで、僕たちは進んでいた。


「ハァッ……ハァッ……ふぅ。しかし、映画やゲームと違って、このゾンビどもは強いな」

「ああ、普通に飛んだり走ったり機敏に動くし、リミッターが外れてんのか力も凄い」

「頭は良くないのだけが救いか……」


 一息ついた木藤父たちが愚痴を言い合う。

 映画などでは、一般人でも比較的簡単に倒せることが多いゾンビだが、実際のゾンビは動きも早いわ、力も強いわで、とてもじゃないが一般人に太刀打ちできる存在ではなかった。

 せいぜいが、このように足止めをする程度だ。

 人間だけで倒そうと思ったら、足止め役とトドメを指す人で四人が必要だろう。

 すでにゾンビの数が生きている人間を上回っていそうなこの状況で、それはあまりに絶望的な戦力差だった。

 唯一の希望があるとすれば……。


「まったく、覚醒者が一人でもいて助かったぜ」

「おまけに強くて、色々と便利な能力まであるときたもんだ」

「目の保養にもなるしな」


 この世界特有の存在である覚醒者の存在だろうか?

 千人に一人の割合で存在すると言われる覚醒者たちは、それぞれ固有の超能力を持つらしい。

 それは、アメコミに出てくるような超能力から、日曜の朝に放送されているようなヒーローや魔法少女に変身するもの、あるいは僕のように――といっても僕は覚醒者ではないのだけど――生物を呼び出すものなど、多岐にわたるらしい。

 中にはあまり戦闘向きではない能力も多いらしいが、戦闘特化の覚醒者はまさに一騎当千。

 こんなゾンビなど蹴散らせるだけの力を持っているそうだ。

 現に、ここまでの道中で、僕ら以外の何者かに倒されたゾンビの死体(というのも変な表現だが)を見つけることもあった。

 そうしたゾンビの死体は、サイコロステーキ状に切り分けられていたり、槍状に変形したアスファルトに串刺しにされていたりと常軌を逸した倒され方をしており、覚醒者の存在を実感せざるを得なかった。


「……もっとも、これも覚醒者さまの仕業なんだろうがな」

「……………………」


 ……ただ、覚醒者の中には、その力に溺れる者も少なくないらしく、そうした者たちはアメコミなどにちなみ『ヴィラン』と呼ばれるのだとか。そして、それに対抗する者たちを『ヒーロー』とも。

 過去のヴィランの中には、国を亡ぼす事件を起こした者すらいると言う。

 木藤父たちは、このゾンビたちも『ヴィラン』によって生み出された、と考えているようだった。

 そんなわけもあって覚醒者の存在は、この世界の人たちにとって憧れでもあり、恐怖でもあるようであった。


「————マスター、よろしいでしょうか?」


 避難民たちの複雑な視線を受けながらも、市役所へと向け進んでいると、アマルテイアさんがそう声をかけてきた。


「どうしたの?」

「この先でゾンビと人間の集団が戦っているようです」

「戦っている? 襲われてるじゃなくて?」


 これまでアマルテイアさんが「襲われている」という表現を使ったことはあっても、「戦っている」という表現を使ったことはなかった。


「ええ、ですが、これは……」


 そう言って、じっと彼方を見つめるアマルテイアさん。


「……戦闘音が止みました。どうやら人間側が勝ったようです」


 人間側が勝ったのか。これは、調査隊のメンバーか覚醒者とやらがいるっぽいな。

 どうするかな。姉ちゃんかもしれないし、会いに行くべきか。でも調査隊のメンバーじゃなくて覚醒者だった場合、必ずしも善人とは限らないしな……。

 僕が迷っていると……。


「マスター、こちらへと向かってきます」


 あちら側からやって来たか……。


「ショウくん、なにかあったのかい?」

「……覚醒者らしき人が近づいてるそうです」

「そうか……」


 僕の言葉に、木藤父たちがサスマタを握りしめる。

 身構える僕らの前に姿を現したのは、全身甲冑の騎士だった。

 この鎧は……!

 見覚えのある鎧に目を見張る僕の前で、騎士がその兜を取り外す。


「あん? 誰かと思ったら便所のガキじゃねぇか。なんでこんなところにいんだ?」


 僕とアマルテイアさんを見て、怪訝そうな表情を浮かべる大柄で金髪の男。

 それは、不良系のトップである織田さんだった。



 


 




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