第5話 扉の先④ 


「いやぁ、まさか子供、それも覚醒者だったとは……」


 二階に隠れていた住人は、木藤と名乗った。

 木藤一家は、父親と母親、小学五年生の娘さんの三人家族。

 娘さんの花恋(かれん)さんは、僕と同じ小学五年生で、今日は発熱でお休みだったらしい。

 お父さんも花恋さんを病院に連れていくため、午後からの出勤の予定だったのだとか。

 結果的に、家族全員揃った状態となったのは、不幸中の幸いと言って良いのか悪いのか……。

 ちなみに木藤さん一家もこの家の住人ではなく、小学校に避難する途中、小学校にゾンビが群がっているのを見て緊急避難的にこの家に隠れたらしい。

 僕が不法侵入を詫びたところ、自分たちもそうだからと言われた。


「……覚醒者?」


 聞き覚えのない単語に僕が問い返すと、木藤父が不思議そうに首を傾げた。


「違うのかな? マスターと呼ばれていたから、そちらの女性は君が召喚したものだと思ったんだが……じゃあそちらの女性が覚醒者かい? 変身系かな?」


 僕がどう返そうかと迷っていると、後ろからアマルテイアさんがコソリと囁いた。


「……マスター、ここは話を合わせてください。私はマスターが召喚した者だと」

「ええと、はい、そうです。アマルテイアさんは、僕が召喚しました」


 まぁ、嘘じゃない。能力とやらではなく、カードで、というだけで。

 僕の答えに、木藤父は、やっぱりと頷いた。


「やはりか。希少な覚醒者の中でもさらに希少な召喚系とは……」


 その言葉に、花恋ちゃんがキラキラとした眼差しで僕を見てくる。

 アマルテイアさんの回復魔法で、彼女の病気を治してからというもの、ずっとこんな感じだった。

 それに、僕はそっと目を逸らした。

 僕は、どうも同年代とは話が合わないことが多く、そのため同い年くらいの子たち……特に女子が苦手だった。

 なぜなら女子は何か気に入らないことがあると、徒党を組んで糾弾する習性があるためだ。

 かつて、クラスの女子の告白を断った時、クラス中の女子に囲まれて「なぜ悲しませるのか」「可哀想だと思わないのか」と責め立てられたことを思い出し、僕はブルりと身体を震わした。

 花恋ちゃんは、中々可愛い顔をしているが、だからこそというべきか、僕はより苦手だった。可愛い子は、押しも強いからだ。


「……ところで、なんでこんなことになったか僕よくわかってないんですが、木藤さんは何か知ってますか?」


 せっかくなので、ここで情報収集を試みてみる。


「残念ながら、私たちも良くわからない……本当に気づいたら街にゾンビが溢れていた、という感じで」

「……木藤さんが気付いたのいつくらいですか?」

「花恋を病院に連れていこうとした時だから、午前中、昼前くらいかな?」

「どこから広まったとかは? この街からなんでしょうか?」

「それもわからない。だがTVで見る限り、すでに日本中……海外にも広まっているようだし、世界中で同時多発的にって感じなんじゃないか?」

「誰がやったとかは……」

「当然わからない」


 ……ほとんどわからない、か。いや、これが世界中で起こってることがわかっただけ収穫か。


「ゾンビの特徴とか弱点については?」

「そうだな。これは、ネットの情報になるんだが……」


 木藤父は、そう前置きするとわかっている範囲でゾンビの特徴を挙げていった。


・頭を潰さない限り死なない。

・噛まれると一時間以内に死亡し、ゾンビになる。

・肉体のリミッターが外れているのか、基本的に常人よりも身体強化が高い。力強く、動きも機敏。普通に走るし、2メートルくらいジャンプしたりする。

・音や匂いに敏感で、視力も悪くない。少なくとも消臭スプレー程度では無意味。

・頭は悪い。愚直に獲物目指して襲ってくる。道具を使ったり、道を迂回したりする知恵はない。

・仲間を呼ぶ習性がある。

・動物への感染は未確認。


(映画やゲームに出てくる典型的なゾンビの特徴は備えつつも、全体的に強敵よりの性能みたいだな……)


 粗方のことを聞き終えたところで、奥さんが問いかけてくる。


「それより、あなた。これからどうするの?」

「ああ、そうだな……」


 その言葉で現実を思い出したのか、頭を抱えて悩む木藤父に、僕もどうしようかと悩む。

 各避難所を回って姉ちゃんを探すというプランは、半分くらい崩壊していた。

 どこもこんな調子なら、避難所というもの自体が成立していないだろう。

 当然、姉ちゃんも避難所には行っていないはずだ。

 避難所がダメなら次点で可能性が高いのは……スーパーとか、ショッピングモール、ホームセンターあたりだろうか?

 映画やゲームなどは、そう言う所が疑似的な避難所になっているのが定番だ。

 それは、想像の産物とはいえ、そうなるに相応しい理由があるからだ。

 その最大の理由が、食料が豊富にあることだ。

 姉ちゃんのリビングアーマーは、アマルテイアさんと違って食料を生み出すことが出来ない。

 避難所に行かずとも生きていける戦闘力があっても、食い物がなければ生きていけないだろう。

 それらの場所に向かっている可能性はあった。

 ……もっとも、それ以上にコンビニなどで一人分の食料を集めて、どっかの民家に籠っている可能性の方がずっと高かったが。

 それでも、心当たりがそれくらいしかない以上、それらの場所を回ってみるしかない。


「……避難所はもうどこもダメそうですし、僕はショッピングモールとかホームセンターに行ってみるつもりですけど」

「ああ、なるほど、そっちの方が良さそうだね。……その、私たちも着いて行って良いだろうか?」

「はい、もちろん」


 申し訳なさそうに頭を下げてくる木藤父に、僕は頷き返した。

 これで「私たちもついていってあげよう」なんて上から目線でこられたなら別れることも考えなければいけなかったが、僕のような子供にも頭を下げられるような人なら同行も別に問題なかった。


「っと、その前に、食べられる物を持って行かないか? ……少し後ろめたいが、ここの家の人も、たぶん戻ってこないだろうし」


 火事場泥棒を子供に進めてくる木藤父。

 良い子なら「そんなの駄目ですよ」というところなのだろうが、こちとらすでにコンビニでさらにハデにやらかしている身である。

 なので、僕は「それもそうですね」と頷くと、木藤一家と協力して、家の中の食べ物などを回収した。


「まさか荷物の持ち運びまでできるとは……ショウくんの召喚獣はずいぶん多才なんだなぁ」


 集めた荷物をアマルテイアさんの中級収納にしまうのを見て、木藤父が感心したように言う。

 回復魔法に、ゾンビから気配を隠す結界、それにアイテムボックスと、木藤父から見たアマルテイアさんの能力は、この状況向きのものばかりだ。

 さぞや頼もしく見えることだろう。


「一応、代金をおいて、と。さあ、行こうか」


 最後に、罪悪感を誤魔化すためか紙幣を何枚か置くと、木藤父が言う。


「ええ、行きましょう」


 そうして僕らが出発しようとした時。


『ピンポンパーンポーン!』


 ふいに、スピーカーの音が周囲に響き渡った。

 これは……!

 僕たちは顔を見合わせると、耳を澄ませた。


『こちらは、成楼学園、生徒会長の最上。調査隊のメンバーは、七王子市役所へと集まってくれ。繰り返す。こちらは成楼学園、生徒会長の最上――』


 成楼学園! 姉ちゃんの学校だ! それに、生徒会長の最上さんに、調査隊のメンバー! 間違いなく、僕の知る生徒会長さんだ!

 なるほど、みんなを探すのでは、自分の居場所を教えることでみんなから来てもらう作戦というわけか。そのために、防災スピーカーを利用するとは。防災スピーカーなら市内全域に呼びかけることができる。さすがは生徒会長さんだ!


「今のは、姉ちゃんの学校の生徒会長さんです! 市役所に行きましょう!」


 木藤さん一家は顔を見合わせると、頷いた。


「お姉さんがいるのかい? わかった、なら市役所に向かおうか」

「ありがとうございます」

「うん。こんな放送をできるということは、市役所は無事だろうしな」


 木藤さんたちは知らないだろうが、生徒会長さんは校内でも最強のカードを持つ。

 そういう意味でも、市役所は安全だろう。

 こうして僕たちは市役所へと向かうことになったのだった。

 

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