第5話 扉の先③
「……ここも、駄目か」
小学校の校庭や校内を彷徨う無数のゾンビたち。
それを遠目に見て、僕はため息を吐いた。
コンビニのスタッフルームで見つけた防災マップを頼りに、最寄りの避難所となる小学校や中学校を目指した僕だったが、残念ながら最寄りの二つの学校はすでにゾンビによって陥落していた。
そもそも、このマップに載っている避難所というのは、地震や台風などの際に避難することを想定したものであって、このようなゾンビの襲撃を想定してのものではない。
そんな避難所が、ゾンビの襲撃に弱いのは、当然のことだった。
「どうしますか? マスター?」
小学校を見ながら、アマルテイアさんが問いかけてくる。
その肩は心なしかソワソワと揺れているように見えた。
「……アマルテイアさん、悪いんだけど、生き残りがいないか見てきてくれる?」
「かしこまりました。マスターはここで待っていてください」
アマルテイアさんは、僕を近くの民家に押し込むと、気配遮断の結界を張り、いそいそと小学校へと駆け出していった。
これまでの数日で良く分かったことだが、アマルテイアさんは子供好きだ。あの小学校に、生き残った子供がいないか、助けに行きたくて堪らなかったのだろう。
高校の図書館で調べたところ、アマルテイアというのは、ギリシャ神話の主神ゼウスを育てたとされるニンフらしい。
神話や伝承上の存在であるカードたちは、基本的にはその逸話通りの性質、性格を持っている。
基本的には、というのは、中には元となった逸話と結構変わってしまっているカードもいるためだ。
たとえば、グール。グールというのは、元はアラブ人の伝承に登場する、墓を漁って死体を食べたり、集団の誰かに成り代わり隠れて人を殺し喰らう悪魔なのだが、死体を喰らうというイメージからか日本のゲームや漫画などでは、ゾンビの亜種として出ることが多い。
その影響もあってか、カードのグールも、元々のグールが悪魔だったのに対し、ゾンビの上位互換といった感じで、人に化ける能力はおろか、人と会話できるだけの知性もない有様だった。
似たような現象は他のカードにも大なり小なりあり、日本の種族のカードは逸話どおりなのに対し、日本で馴染みのない種族のカードほど日本でのイメージなどに影響されてか変質してしまっているようであった。
その点、アマルテイアさんは比較的逸話に忠実らしく、ゼウスを育てたという逸話からか、子供好きで、小さな子供を見ると庇護欲に駆られるようだった。
基本的に戦闘力の高いカードほど我が強く、言うことを聞かない傾向があると聞いていたので、校内でもトップクラスの戦闘力を持つアマルテイアさんが子供好きで母性的なのは、本当に幸運だった。
「……ん?」
そんなようなことを気配遮断の結界の中で隠れながら考えていると、ふとガタリと上の階で物音が聞こえた気がした。
耳を澄ますと、微かにだが、声が聞こえる。
「……う、行ったんじゃ……?」
「……ずかに、まだいる……しれない」
「だとしても、……ンビじゃなくて……ゲンだよ。もうトイレ……たい」
「むしろ人間の方が……だ。袋に……」
「ヤダ……そんなの」
「静かに……!」
……どうやら無人の家じゃなくて、住人が隠れていたようだ。玄関の扉が空きっぱなしだったからてっきり避難済みだと思っていた。
どうしようかな、と思っていると、そこにアマルテイアさんが戻ってきた。
「ただいま戻りました。残念ながら生存者は発見できませんでした。……どうかしましたか?」
「いや、どうも住人がいるみたいで」
それにアマルテイアさんは「ふむ」と数秒目を瞑ると。
「確かに、数人の息遣いが聞こえます。申し訳ありません、入った時は気付きませんでした」
「どうしようか?」
「……マスターにお任せします」
そう言うアマルテイアさんだったが、その視線はチラチラと上を見ていた。
その仕草を見て、僕は察した。ああ、子供いるんだな……。
「良し、じゃあ声をかけてみようか」
「はい」
アマルテイアさんは、ニッコリと頷くのだった。
【Tips】技能系スキル
料理や武術などの技能系のスキルは、人類がこれまで蓄積した記録――――アカシックレコードとも呼べるものから、対応する知識や技術を引き出すことが出来る。
スキルを持っておらずとも、修練や勉強によってその技術を学び、理解を深めることで習得することも可能。
引き出した技術や知識は使いこむことで身体に定着し、より深くアカシックレコードから引き出せるようになり、さらに上位のスキルや派生スキルを取得することが可能となる。
戦士やメイドなど、その職業に必要な技能をすべて備えた複合スキルなども存在する。
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