第7話 虎穴に入らずんば①
「……スター。マスター? 起きてください」
「ん……」
アマルテイアさんに優しく揺さぶられて目が覚めた。
眼をこすりながら身体を起こすと、ニヤニヤしている織田さんや、調査隊のメンバーたちと目が合った。
「よぉ、ずいぶん良い枕で寝れたみたいだな。羨ましいぜ」
良い枕? 僕はその言葉のわからずに首を傾げ、次の瞬間、顔を赤らめた。
アマルテイアさんの胸のことだ。彼女に抱きしめて寝てるところを見られたのだろう。
僕は跳ね起きると、誤魔化すように早口で言った。
「えーっと、今日は食料の回収に行くんでしたよね? さっそく行きましょう」
「いや、待ってくれ」
そんな僕を止めたのは、織田さんたちではなく、まさかの生徒会長さんだった。
「すまないが、その前にアマルテイアさんに朝食を出すようにお願いしてもらえないか? 日持ちする食料はできる限り節約したいからね」
「ああ……はい、わかりました」
どこまでも冷静な生徒会長さんに、僕は今しばしこの羞恥から逃れられないと知り、項垂れたのだった。
炊き立ての白米と川魚の塩焼きに、豆腐の味噌汁とほうれん草のおひたしという、この状況では最高に贅沢な朝食を平らげると、僕たちは予定通り食料の回収に出発した。
向こうは近隣の……ではなく、出来るだけ遠くのスーパーやショッピングモールである。
わざわざ遠方へ向かうのは、近隣の物は避難民たちに残しておくためだ。
現在、生徒会長さんたちは市役所を起点として、バリケードの拡張を計画している。
市役所への避難民たちの数が、わずか一晩で許容人数を超えてしまったためだ。
そのため、早急に周辺一帯からゾンビを駆逐して、バリケードを敷き直す必要があった。
近隣の食品を残すのは、『その後』を見越してのこと。
一度、人間のテリトリーに取り戻してしまえば、物資の回収も避難民たちの手で出来るようになる。
その時に、すでに僕らの手で粗方回収済みでは意味がない。
もちろん肉や魚などの生鮮食品は、早めに回収して加工する必要があるが、それは他の調査隊のメンバーが行ってくれる手筈となっていた。
そうして、なるべく市役所から離れたスーパーやショッピングモールへと向かった僕らだったが……。
「……おい、山羊女、気付いてっか?」
「ええ……」
何度目かのゾンビとの交戦の後、織田さんがアマルテイアさんへと言った。
それに、アマルテイアさんも真剣な表情で頷く。
一人理解できていない僕は、彼女に問いかけた。
「えっと、何の話?」
「昨日よりも明らかにゾンビが強くなっているのです」
「体感で二割か三割増しってとこか」
それって……。
「ゾンビが、成長してるってこと? たった一日で?」
僕の言葉に、二人が頷く。
それってヤバくないか……?
ただでさえ一体のゾンビに太刀打ちするために、大人の男が四人は必要なのだ。それが三割増しということは、単純計算抑え込むために必要な人数が一人増えることになる。
いや、それどころか一日でこれなら、このペースで行くとアマルテイアさんでさえ、その内太刀打ちできなくなる可能性がある……。
「そんな顔すんな。たぶん無限に強くなるってことはないだろうからよ」
よほど僕の顔色が悪かったのか、織田さんが安心させるように言う。
「戦った全部のゾンビが強くなってるわけじゃかった。たぶん、人間を喰ったことのあるゾンビだけ強くなるんだろうよ。つまり、奴らは仲間を増やせば増やすほど、強くなりにくくなるってことだ」
……皮肉にも人間側が減るほど、敵は増えにくく、強くなりにくくなるってことか。
「さらに言えば、初期戦闘力がカードのゾンビと同じだったことを考えれば、我々カードと同じく成長限界のようなものもあるかもしれません」
「カードと同じく?」
「我々カードも戦いの中で少しずつ成長し、最大で初期戦闘力の二倍まで成長します。また経験を積むことで、新たな後天スキルの習得も可能です」
それに僕がアマルテイアさんのステータスカードを取り出して見ると、確かに彼女の戦闘力が3ほど上がっていた。
「ほぉ~、初期の戦闘力に差があるだけじゃなくて、初期戦闘力が高いほど成長限界も高いわけか。ずいぶん不公平なんだな」
「兎がどれほど鍛えたところで獅子には勝てないように、それが生まれついた種族の差というものです」
「……ふん。その獅子さんが、なぜ俺たちごとき兎に従うのかね? 弱いカードのマスターと強いカードのマスターの差は? 単なる運か?」
それは僕も気になっていた。
学校で見た限り、マスターの能力とカードの強さは、比例する傾向があった。
校内でもトップクラスに優秀な生徒会長さんや織田さんが、校内でもトップクラスのカードを持つように。
もちろん、あくまで傾向であり、中には優秀なのに弱いカードの人——特に大人であるはずの教師たちは大体が弱いカードだった——や、僕のように子供なのに織田さんたちに匹敵するカードを持つ場合もあったが……少なくとも完全な運ではないことは確かだった。
「……最初のカードに関しては、カード側からマスターを選びます。魂の質が良かったり、長く生き残りそうな優秀な人には、多くのカードが集まり、その中から最も格の高いカードがその座を勝ち取ります。また、優秀でも好みではなければ避けられ、逆に好みだけで選ばれることもあります」
なるほど、カード側が選ぶのか。
……たぶん、僕は優秀そうじゃないけど、アマルテイアさんがお情けで選んでくれたんだろうな。子供好きだし。
そこで、ふと気になって僕は問いかけた。
「もし、どのカードにも選ばれなかった場合は?」
「その場合は、マスターを選べるだけの格が無かったカードの中から、マスターと性質に似通った、相性の良いカードが勝手に選ばれ与えられることになります」
「それが星1のカードのマスターどもってことか」
織田さんが、納得がいったという風に深く頷く。
そして自分の身を包むデュラハンを見下ろすと。
「つまり、コイツは自分から俺を選んだってわけか。……勝手に品定めされてたのは気に食わんが、俺を選んだ見る目は褒めてやる」
自信家だなぁ。……っと、そうだ。
「さっき、最初のカードに関してはって言ってたけど、それって二枚目のカードを手に入れられるチャンスがあるってこと?」
僕の問いかけに、織田さんも視線も鋭くし、アマルテイアさんは「よくできました」という風に微笑んだ。
「それについては今は説明できませんが、近いうちにわかるでしょう」
……またシステムの縛りというヤツか。
それでも、あえて「最初のカード」とこちらが気付けるように言ったのは、アマルテイアさんなりのヒントだったのだろうか。
なら、こっちもアマルテイアさんが出すヒントを見逃さないようにしないと。
――――それから、僕たちはスーパーやショッピングモールを見つけると、何往復もして食料を回収して回った。
時には、籠城している人たちを見つけることもあり、そういう時は市役所に連れ帰ったりした。
翌日も、食料の回収に向かう。その翌日も。
その間に、調査隊のメンバーはドンドンと集まっていく。
だが、その中に姉ちゃんの姿は無かった。
そして、姉ちゃんに合流できないまま三日が過ぎた。
【Tips】カードの成長
カードは戦闘などの経験を積むことにより、戦闘力の増加や、新たなスキルを取得することが出来る。
ただし無限に成長できるわけではなく、戦闘力であれば初期戦闘力の二倍が限界となり、スキルも取得できる『枠』に限界がある。
スキルを取得できる『枠』は、同じ種族であっても個体差が存在し、自身がどれだけの『枠』を持つかは、才能が限界が来るその時までわからない。
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