第4話 三つの門②
何の進展もないまま日が過ぎるにつれ、あちこちで些細な理由からケンカなどが起きるようになった。
肩がぶつかったとか、イヤらしい目で見られただとか、無くし物を盗まれたと思い込んだだとか……。
それが原因というよりも、溜まったストレスがそれをきっかけに暴発したような、そんな争い。
四六時中、誰かの言い争いや物が壊れる音がするようになると、誰からともなくカードを召喚して過ごす人が増えて行った。
カードの召喚中は、マスターのダメージはカードが肩代わりしてくれるという、カードの特性が広まったからだ。
すると、戦闘力が高かったり、便利な(特に食料を生み出せる)スキルを持つカードのマスターは自然と地位が上がっていき、中には弱いカードのマスターを扱き使ったりする人も出てくるようになった。
すると、弱いカードのマスターたちも強いカードのマスターにイジめられないように徒党を組んだり、性格が良くて強いカードのマスター……つまりは姉ちゃんみたいな人に守ってもらうようになった。
勉強やスポーツができるだとか、面白くてみんなから好かれているだとか、教師と生徒だとか……そういうのは、今の学校では何の価値もない。
カードの強さやスキルの価値だけが決める新しいスクールカーストが、いつしか出来上がりつつあった。
そんな中、僕が何をしていたかと言うと。
「ショウくん、またトイレの清掃お願いできるかな?」
「あ、はーい!」
トイレの清掃員をやっていた。
現在、この高校は外部から完全に切り離されている。すると、どうなるかと言うと、夜は明かりもなく、水道もないためトイレを流すこともできないというわけだ。
飲み水に関しては、屋上の貯水タンクと攻撃魔法で少しは水が出せるため今のところ問題ないが、トイレを流したりシャワーを浴びれるほど余裕があるわけではない。
が、水を流すのを禁止されたとしても、ウンコは出る。
結果、わずか一日と保たずにトイレは地獄と化した。
人々は少しでもまともな状態のトイレを求めて校内を走りまわり、中には「トイレを使わない」という最終手段に出る者まで現れる始末。
そんな中、僕は事前にアマルテイアさんに家事魔法で綺麗にしてもらうことで快適なトイレ生活を送っていたのだが、なんせアマルテイアさんの家事魔法はトイレ全体を新品同然に綺麗にしてしまうので、速攻でその存在がバレた。
姉ちゃんをはじめとした女子たちに殺気すら籠った目で『お願い』された僕は、アマルテイアさんに頼み、二階の女子トイレも綺麗にしてもらった。
すると当然、綺麗なトイレというこの学校において砂漠のオアシスに等しい存在は全校の女子に知れ渡り、僕は生徒会長直々の願いの元、トイレ清掃係に任命されたというわけだった。
「いや~、本当に助かるよ。巻き込まれただけの君には悪いけど、マジで君がいてくれて良かった」
「あはは……」
しみじみと頷きながらそう言うのは、生徒会で庶務をやっている雑賀(さいが)という二年の男子だ。
僕も四六時中、校内を走り回ってトイレを綺麗にして回るなんてやってられないので、すべてのトイレが使用済みになったら生徒会に連絡が行って、この雑賀さんが僕を迎えに来る、というシステムになっていた。
その間隔は、一時間に一回というペースで、特に朝は一階から三階まで何周もすることになるので結構大変なのだが、僕は特に不満は抱いていなかった。
というのも、このトイレ清掃によって僕は、このサツバツとした学校で平和に過ごせているからだ。
僕がトイレを綺麗にして回っているのは、全生徒に知れ渡っており、僕が廊下を歩いていると「あ、トイレ掃除か?」と、いつも肩で風を切って歩く不良っぽい感じの生徒ですら自分から道を譲ってくれるほどだった。
今となっては、この学校で僕に喧嘩を売る人は誰ひとりとしていない。僕をイジメて、へそを曲げられてトイレ清掃をストライキされたら、全校生徒から袋叩きにされるからだ。
それは、僕の姉に対しても同様で、ひいては姉ちゃんが保護下においているシズさんのような弱カード持ちの女子生徒たちも同様だった。
トイレ掃除程度で姉ちゃんが安全に過ごせるなら、何の不満もなかった。
「ん?」
ふと、雑賀さんが廊下の先を見て、何かに気付いたような顔をした。
見ると、どうやら不良っぽい人たちに、誰か絡まれているようだった。
絡まれているのは、ボサボサの頭で眼鏡を掛けたヒョロヒョロとした感じの……なんていうか地味で弱そうな男子。
また弱いカードのマスターが、強いカードのマスターに絡まれているのかな? と最初は思ったが、すぐに違うことに気付く。
絡まれている側の男子が、カードを連れていなかったからだ。
(あの人、ゾンビ系のカードのマスターだ……)
今の学校で、カードを召喚していないのは、ゾンビ系のカードのマスターだけだった。
みんながカードを連れて歩くのが当たり前になると、その割を食った人たちがいた。
ゾンビなどの見た目が悪く悪臭を放つカードを持つ人たちである。
強い悪臭を放つゾンビのようなカードを連れて歩くのは、それだけで周囲に迷惑をかけることになる。
そのためゾンビ系のカードを持つマスターたちは召喚を自粛するようになったのだが、それが何故かゾンビ系のマスターのイジメに繋がるようになった。
皆がカードのバリアで守られる中、それに守られないヤツがいる。それは、この異常な状況でストレスのはけ口になるには十分な理由だったのかもしれない。
まぁ、イジメが起こる理由なんて考えても仕方ない。ハッキリしているのは、ゾンビ系のマスターが理不尽な理由でイジメられているということだ。
「あの、助けないんですか?」
「えっ? あ、ああ……そう、だね」
僕が何故かぼうっと突っ立っている雑賀さんに問いかけると、彼は頷いたが、中々そこを動こうとしなかった。
どうやら、気が進まないようだ。
まぁ気持ちはわかるけど、それでもここは助けに行くのが生徒会の役目だと思うんだけど……。
上からアレやコレや言うくせに、イジメは見逃すなんてことしていたら、誰も言うこと聞かなくなるだろうし。
「……ふぅ」
小さくため息を吐く。
……仕方ない。下手すると、姉ちゃんに矛先が行くかもしれないから、できれば生徒会の人に任せたかったが、僕が行くしかないか。
あの人たちも、綺麗なトイレを供給できる唯一の存在である僕を、敵に回すことはしないだろう。
そう、僕が不良たちに向かって一歩を踏み出した時。
「————なにやってんだ?」
僕よりも早く、不良たちに声がかけた人がいた。
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