第4話 三つの門① 

 その後、先生たちや一部の生徒たちの協力の元、色んな調査(門は除く)が行われたが、特にこれと言った進展もなく夜を迎え、各学年ごとに1~3組までを男部屋、4~6組を女子部屋として、雑魚寝することになった。

 僕に関しては、まだ子供ということで姉ちゃんと同じ女子部屋になった。

 姉ちゃんのクラスの男子からは「今は良くわかんねーかもしれないけど、今のうちにその幸運を噛み締めとけよ、坊主」なんて言われたりもしたが、正直なところ女子の中に男子が僕一人だけ、というのはさすがに嬉しさよりも気恥ずかしさが勝つ感じだった。

 本当は男子部屋が良かったな~と思う僕を他所に、女子高生たちは特に僕の存在を気にした風もなく、ワイワイと話している。


「なーんか、こうして夜の学校に泊まるのってワクワクしない?」「わかる。ちょっと修学旅行っぽい」「修学旅行なら風呂入りたいわ」「それな。シャワーも浴びれないとか辛すぎ」「まあ、水道も繋がってないらしいし、しょうがないっしょ。電気があるだけまだマシだあね」「つか電気はなんでついてんの?」「ウチ、太陽光発電してるからそれでじゃね?」「しゃーねえ、ボディシートで我慢すんべ」「マジ、まだ初夏で良かったわ」


 そうして誰かがボディシートを取り出すと、おもむろに服を脱ぎ始めた。


「ッ!?」


 ギョッと目を見開き、立ち上がる。おいおいおい、マジで僕のことを忘れてるんじゃないか?

 僕は、なるべくそちらを見ないように教室を出ようとして。


「ショウ? どこ行くの?」


 姉ちゃんに呼び止められた。


「あ、いや、なんかカラダ拭くみたいだから、ちょっと出てる……」

「あ~」


 姉ちゃんはチラリとそちらを見て。


「別にいいんじゃない?」


 とんでもないことを言い出した。

 いやいやいや……!


「普通に駄目でしょ。犯罪だし……」


 ここには婦警さんもいるんですよ? あなた、弟が逮捕されても良いんですか?


「誰も気にしないって。……ねえ?」「うん」「別にいんじゃね?」「クラスのエロ猿どもだったら殺してるけど」


 姉の呼びかけに、各々からそんな答えが返ってくる。

 気付けば、女子の大半が下着姿となっていた。


「僕が気にするんだよ……! 僕も身体拭きたいし! とにかく、ちょっと出てるから」


 と、僕が強引に教室を出ようとした、その時。


「よろしければ、私が魔法で綺麗にしましょうか?」


 アマルテイアさんがそんなようなことを言い出した。

 思わず振り返り、問いかける。


「え? そんなこともできるの?」

「ええ。汚れを消し去るクリーンの魔法は、家事魔法の初歩の初歩ですから。服も一緒に綺麗になりますよ」


 はぇ~。アマルテイアさん、マジ万能……。


「えっと、じゃあ試しにお願いしても良い?」

「えー、大丈夫なの、それ。ショウごと消えちゃったりしない?」


 僕は汚物か。


「大丈夫ですよ。そもそも、カードはマスターに危害を加えられませんので。それでは、クリーン!」


 アマルテイアさんが指を光らせ、つい、と一振りすると、蒼い光が僕の身体を包み込んだ。

 突然の光りに、教室中から視線が集まる。

 そして、それが消えさえると、僕の身体のベトつきがきれいさっぱり消え去っていた。


「おお~! 凄い、風呂上りみたいにさっぱりしている」

「マジ? アタシもお願いして良い?」

「もちろん」


 そうして姉ちゃんにもクリーンの魔法がかけられ。


「すご! マジでさっぱりしてる! 服も綺麗になってる!」


 姉ちゃんが驚きの声を上げると、他の女子たちがワラワラと寄って来た。


「マジ!?」「ちょ、私にも!」「魔法すげぇ!」


 その後、クラス全員にクリーンの魔法を掛けると、電気の節約とやらで全教室の照明が落とされた。

 それでも生徒たちは興奮冷めやらぬのか、教室のあちこちから囁き声が聞こえる。

 好きな子がどうとか。誰それと誰それが付き合ってるだとか。

 まるで、修学旅行のようだった。


「ねぇねぇショウくん」


 ふいに、近くで寝ていたシズさんに話しかけられる。

 そちらへ寝返りを打てば、僕らを閉じ込める光の壁からの光が窓から差し込んで、うすぼんやりとだが、シズさんのちょっと丸っこい顔が見えた。


「ショウくんは、今何歳なの?」

「十歳、小学生五年生です」

「趣味とかあるの?」

「————ゲームとか読書だよ。良くラノベとかWEB小説とか読んでるし」


 なぜか、僕ではなく隣に寝ていた姉ちゃんが答える。


「へぇ~、お姉ちゃんと違ってインドア派なんだね」


 確かに、スポーツ好きで剣道部に所属している姉と違って、僕は部屋の中で過ごすことの方が多かった。


「ショウは別にスポーツ嫌いじゃないっしょ? たまにアタシと公園でバドミントンとか休みの日にサイクリングとか行くじゃん」


 いや、それはどっちかというと姉ちゃんに付き合ってやってるだけなんだけど……っていうか。


「さっきからなんで姉ちゃんが答えるのさ」


 僕がそう言うと、なぜか姉ちゃんはムスッとした顔をして、そっぽを向いてしまった。

 それを見て、なぜかクスクス笑うシズさん。

 そうして、学校での姉ちゃんの話とか、小学校で流行ってるものとか、ちょっとした世間話をしているうちに、少しずつ教室から話し声が消えていき、僕もいつの間にか眠りについていた。


 ――――この時はまだみんな、不安よりも超常現象への興奮が勝っていて、「なんとかなるだろ」という楽観的な空気が流れていた。


 だが、翌日も、その翌日も、さらにその翌日も。

 何も進展が無いまま過ぎるにつれ、みんな加速度的に元気がなくなっていき、徐々に荒んだ空気が校内を蔓延していったのだった。



【Tips】家事魔法

 家の中の仕事に特化した魔法。家妖精などの種族が持つことが多い。

 食材から一瞬で料理を作りだしたり、ゴミ屋敷も一瞬でピカピカにできるなど、もっともメルヘンな魔法のイメージに近い魔法。

 高等クラスともなれば衣服や家屋の修復も可能となる。

 対応する料理や清掃などのスキルがあれば、効率やクオリティが上昇する。

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