第3話 黄泉竈食(ヨモツヘグイ)①
「……行っちゃったね」
「うん、馬鹿じゃないの、アイツら」
僕の言葉に、姉ちゃんが顔を顰めて言う。
「おい、ヤバくね?」「戻ってこねーぞ」「死んだ?」「先生に怒られると思って帰ってこないだけじゃないの?」「谷先生、追いかけろよ」
クラスの人たちも、口々に囁き合う。
『ピンポンパーンポーン♪』
と、その時ふいにスピーカーからそんな音が鳴り響いた。
続いて、女性の声が聞こえてくる。
『臨時の全校集会を行います。生徒の皆さんは、至急体育館に集まってください。繰り返します。臨時の全校集会を行います。生徒の皆さんは、至急体育館に集まってください』
クラスの人たちは、顔を見合わせると、ぞろぞろと体育館へと向かって動き出した。
その後をゴブリンやらスケルトンやらといったカードたちがついて行く。その様は、ちょっとした百鬼夜行のようだった。
「行くよ、ショウ」
僕は生徒じゃないし、どうしようかとキョロキョロしていると、姉ちゃんに手を引っ張られて体育館に行くことなった。
それに婦警さんも一緒に着いて来る。まぁ、ここに残ってもね……。
一階へと降りると、廊下は体育館に向かう人で溢れ、渋滞を起こしていた。
列は一向に進まず、何やら怒号や泣き声のような声も聞こえている。
一体なにごとだろうと思っていると、アマルテイアさんが言った。
「どうやら我々カードを連れているせいで体育館に人が入りきらないようですね。この先からそんな声が聞こえてきました」
「あ、なるほど」
マスターが動けばカードも同時に着いて来る。
いつもなら普通に全員を入れられる体育館も、カードがいるせいでキャパシティーオーバーになっているのだろう。
一体どうするんだろうと思っていると、スピーカーから男の人の声が聞こえてきた。
『生徒会長の最上です。モンスターを消す方法が判明したため、お知らせします。ご清聴ください。繰り返します。生徒会長の最上です。モンスターを消す方法が判明したため、お知らせします』
そんなアナウンスが幾度か流れるうちに、廊下の喧騒も徐々にだが治まってきた。
時折、女子のすすり泣く声が聞こえる以外は静かになった廊下で、生徒会長から皆へとステータスカードの出し方と、カードの召喚・送還方法が皆へと伝えられた。
『生徒の皆さんは、カードを送還し、体育館へと入ってください。繰り返します。生徒の皆さんは、カードを送還し、体育館へと入ってください』
アマルテイアさんが僕の耳元へと顔を寄せ、そっと囁く。……ちょっとくすぐったい。
「マスター。私は、姿と気配を隠すことができる『かくれんぼ』というスキルを持っています。姿を消して傍に控えていますので、送還するフリだけして送還はなさらないでください」
「あ、うん」
言われた通りステータスカードを取り出して送還するフリだけすると、アマルテイアさんは宙に溶けるように姿を消した。
姉ちゃんや他の生徒たちも次々とカードを送還していき、カードが消えたことで徐々に列も動くようになった。
そして僕は姿を消したアマルテイアさんと一緒に、体育館へと入って行った。
――――残念ながら、全校集会では、特に新しい情報が語られることは無かった。
『現在、学校全体が光の壁に囲まれて出ることも、通信も繋がらなくなっていること』
『変な生き物が現れているが、特に危害を加えてくることはないようだから安心すること。でも不用意に近づかないこと』
『色々と調べているところだから、パニックにならずに大人しくしていること』
『グラウンドに現れた門には絶対に近づかないこと』
長々と語られてはいたが、簡単にまとめるとこんな感じで、僕らの知っていることばかりだった。
その後、全員に非常食と水、毛布などが配られた。
これは、この高校の生徒ではない僕や婦警さんの分もあった。
聞けば、この高校は緊急時の避難所指定されているらしく、それなりの量の備蓄がある、とのことだった。
その後、教室へと戻ると、ちょうど昼時だったので、誰からともなく昼食を取り始めた。
姉ちゃんやシズさん、なんとなく今も一緒にいる婦警さんと一緒に、同じ机を囲む。
「……もしかして、それが昼食なのですか?」
みんなが弁当箱を取り出す中、僕が貰ったばかりのカ□リーメイトの封を切ると、眉を潜めたアマルテイアさんにそう問いかけられた。
「あ、うん。姉ちゃんは弁当があるけど、僕はないし」
僕がそう言うと、姉ちゃんが申し訳なさそうに、弁当を差し出してきた。
「……姉ちゃんのお弁当あげる」
「え、いいよ」
「いいから。……こんなことになったのも、アタシがお弁当を忘れたせいだし」
ちょっと泣きそうな顔をしている姉ちゃんに、僕はどう答えようかと困った。
この弁当を受け取った方が姉ちゃんの気は楽になるだろうけど、受け取ったら姉ちゃんのせいだと僕が認めたことにならないだろうか?
僕は別にこんなことになったのが姉ちゃんのせいだと思っていないし、本当に姉ちゃんのことを恨んでもいなかった。
むしろ、漫画やゲームみたいなシチュエーションに、ちょっとワクワクしているくらいだ。
姉ちゃんやアマルテイアさんもいるし、本当に微塵も不安は感じていなかった。
僕が困っていると、思わぬところから助け舟が出された。
「よろしければこちらをお召し上がりください」
そう言ってアマルテイアさんが差し出してきたのは、白い皿に乗った美味しそうなサンドイッチだった。
「え、これどこから出したの?」
「今、私が作りました」
突然出てきたサンドイッチに目を丸くしていると、アマルテイアさんが事もなげに答える。
「作ったって……」
「私のカードを出していただけますか?」
言われるがままステータスカードを呼び出す。
【種族】アマルテイア
【戦闘力】400
【先天技能】
・豊饒之角
・乳母日傘
・良妻賢母
・高等家事魔法
【後天技能】
・メイドマスター(メイド、教導、秘書、中級収納、精密動作、武術)
・初等魔法使い
・魔力回復
・かくれんぼ
・従順
「そちらの、『豊饒之角』『高等家事魔法』『良妻賢母』のスキルをタッチしてみてください」
「うん」
【先天技能】
・豊饒之角:食べ物が湧きだす豊穣の角、コルヌコピアを持つ。一日に十人分の食料を生み出すことが可能で、それを食べた者の心身を健康に保ち、健全な育成を促す。カードが食べた場合、数時間の間、ステータスが向上。
・高等家事魔法:高度な家事魔法を習得している。家の中のありとあらゆる仕事を、魔法で代行可能。
・良妻賢母:妻や母として理想的な技能をすべて備えている。対象への愛情の深さにより、行動にプラス補正。料理、清掃、育児、性技を内包する。
(料理:料理に対する一定の知識と技能を持っている。特定行動時、行動にプラス補正)
(清掃:清掃に対する一定の知識と技能を持っている。特定行動時、行動にプラス補正)
(育児:育児に対する一定の知識と技能を持っている。特定行動時、行動にプラス補正)
(性技:性技に対する一定の知識と技能を持っている。特定行動時、行動にプラス補正)
「一日に十人分の食料を生み出す『豊饒之角』のスキルと、家の中の仕事を魔法で一瞬でこなすことができる高等家事魔法、そして良妻賢母スキルに内包される料理のスキルにより、私はいつでもどこでも美味しい食事をマスターに提供できるのです」
「はぇ~」
すごい。僕はただただ感嘆の声を漏らすしかなかった。
戦闘力だのスキルだのステータスに書かれているだけだとピンとこなかったが、こうして実際に何もないところからサンドイッチを出されると、実感するしかなかった。
まさに魔法。ここに書かれているスキルは、ただの飾りではなく彼女たちが実際にできる能力、そのものなのだ。
本物の魔法に、姉ちゃんたちも目をキラキラとさせてアマルテイアさんを見ている。
「アマルテイアさんの分は?」
「我々カードに食事は要りませんので、どうぞお召し上がりください」
僕が問いかければ、彼女はニッコリと笑って答えた。
要らないからって食べられないわけじゃないだろうけど……まあ今はありがたくいただくとしよう。
「そっか。じゃあ、いただきます」
「あ、ちょっと待って!」
僕がサンドイッチに手を伸ばすと、なぜか姉ちゃんが止めてきた。
「え、なに?」
「……これ、食べても大丈夫なの?」
アマルテイアさんを警戒するように見ながら、姉ちゃんはそう言ったのだった。
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