第2話 カード②


「なにあれ……」


 校門を通り、校舎へと続く道を歩いていた僕らは、ふとグラウンドに視線を向け、思わず立ち止まった。

 そこにあったのは、三つの巨大な門だった。

 高さは、高校の校舎と同じくらいはあるだろうか? 横幅も相応に広く、数人が並んで通れるほどにある。

 不思議な光沢を放つ金属でできた表面には、それぞれ特徴的な紋様が刻まれている。

 そんな異様な門が、どこと繋がることもなく、グラウンドの中心に聳え立っていた。


「……えっと、姉ちゃんの学校って変わってんね。あれ、何の行事に使うの?」

「んなわけないでしょ! あんなモンがある学校があってたまるか! 普通にクソ邪魔でしょ!」


 そんなわけないと自分でも思いながら言うと、即座に姉ちゃんにツッコまれた。

 

「なにあれ、さっきまではなかったのに!」


 頭を抱えて叫ぶ姉ちゃんだが、ぶっちゃけこの学校の生徒じゃない僕にとっては、学校を覆う白い光やら、突然現れたカードやらと比べたら、知らぬ間に現れた門など不思議が一つ増えたくらいの感じだった。

 ただ、この高校の人たちからすれば、やはり大事件のようで、校舎の方を見れば窓から身を乗り出して門を指さす生徒たちが見えた。


「あー、もう何が何だか。もう、とりあえず教室行くよ」


 姉ちゃんに手を引っ張られるようにして、校舎の中に入る。

 高校の前まで来ることは何度かあったが、中に入るのはこれが初めてなので、ちょっと楽しみだ。

 姉ちゃんと違って僕らは上履きなどないので、昇降口で適当に来客用のスリッパに履き替えた。

 僕の様な子供が来ることなど想定していないのか、大人用のスリッパはちょっとブカブカで歩き辛い。

 姉ちゃんの後を着いて行きながら、道すがら教室の中を覗き込むと、その中はかなりカオスなことになっていた。

 天使みたいな白い翼の生えた美青年に、緑色の餓鬼みたいな小鬼や豚の頭を持った太った大男……。

 まるでゲームのゴブリンやオークみたいな……そんな一目でこの世の者じゃないとわかる存在が、生徒の人数分いて、教室の中はかなりごちゃごちゃとしていた。

 ふーむ、アレらもカードなんだろうか? だとすれば、どうやらカードは僕らだけでなく、この学校にいる人全員に与えられたっぽいな。

 ……僕たちだけが特別なわけじゃないと知り、ちょっぴり残念だ。

 ただ、カードたちの中には、明らかにモンスターとわかる凶悪な姿をしたカードも多く、中にはゾンビやグールとしか言いようのないのもいて、そのホラー染みた外見と廊下まで漂ってくる悪臭に怯えて泣き叫ぶ女子もいた。

 自然とそれらのモンスターたちは教室の片隅や廊下に追いやられ、警戒するように遠巻きにされている。

 そんな様子を見て、「もしかしてアマルテイアさんってすごい大当たりなんじゃ?」と思って彼女をチラりと見ると、ニコリと笑い返された。

 僕はなんだか気恥ずかしくなって目を逸らしつつ、確信した。……うん、間違いなく大当たりだ。

 そんなようなことを考えているうちに、姉ちゃんのクラスである二年三組に着いた。


「フウカ!」


 姉ちゃんが教室に入るなり、姉ちゃんの友人らしき女子が、すぐにそれに気づき駆け寄って来た。


「シズ!」

「良かった~、姿が見えないから心配したよ~。なんかスマホも圏外だし!」

「ごめん、弟が弁当を届けてくれて取りに行ってたんだ」

「弟さんって……そこにいる?」


 パチ! と姉ちゃんの友人と目が合う。その瞬間、彼女の顔がパッと華やいだ。


「え~! カワイイ~! フウカ、こんな可愛い弟さん隠してたの~?」

「べ、別に隠してないし」


 シズさんは、黒髪ボブの小柄で可愛らしい顔立ちで、まるで小学生のようにも見える感じの人だった。

 うーん、年齢差的にはストライクど真ん中なのだが、あんまりお姉さんという感じじゃないな。でも、優しそうなのは高ポイントだ。

 と、そこで僕は彼女の傍を何かが飛び回っていることに気付いた。

 それは、まるで童話からそのまま飛び出てきたような、萌黄色のワンピースを纏った手のひらサイズの小さい妖精さんだった。

 それに目を奪われていると、姉ちゃんもその存在に気付いた。


「わっ! 妖精さん! それがシズのカード?」

「カード? なんかこの子は目が覚めてからずっといるんだけど」


 不思議そうに小首を傾げるシズさんに、姉も首を傾げる。


「そっちのカードに何も聞いてないの?」


 僕たちの視線が、自由気ままに飛び回る妖精さんに集中する。

 すると、妖精さんがあっけらかんと答える。


「だって聞かれなかったし~」


 どうやら何も教えてもらえていないようだ……。

 周囲を見回しても、カード――ステータスの書かれたカードの方――を持っている人は見受けられない。

 普通、男子ならこんな状況でもステータスの見せあいっこなどをしそうだ……と思うのは僕が小学生だからだろうか?

 でも、高校生のお兄さんたちも、自分のカードを『召喚獣』と称し、互いにどっちの召喚獣が強そうかとはしゃいでいる。

 これはやはりステータスカードのことを何も知らないだけなんじゃないだろうか?


「わっ! なんか出た」


 そんな声に振り返ると、姉ちゃんにやり方を教えてもらったらしいシズさんがステータスカードを呼び出していた。

 そこで気付いたが、いつの間にかポケットに突っ込んでおいたアマルテイアさんのステータスカードが消えている。

 試しにカードを出すように念じると、ちゃんと現れてくれた。どうやら勝手に消える、というか身体の中に戻る仕様のようだ。


「可愛い~、なんか妖精さんのイラストが描かれてる~」

「……なんか弱いね」

「えー、そうなの?」


 姉ちゃんとシズさんがステータスカードを見る横から僕も覗き込んでみる。



【種族】フェアリー

【戦闘力】15

【先天技能】

 ・フェアリーサークル

【後天技能】

 ・初等攻撃魔法



「う、う~ん……」


 確かに、これは弱い。

 戦闘力は姉ちゃんのリビングアーマーの十分の一以下しかなく、スキルもそれぞれ一つずつしかない。しかも、あまり強くなさそうだ。


「……うわ、ホントに出た」


 それを見ていた婦警さんも自分のステータスカードを呼び出す。

 ……そう言えば、いたな、この人も。すっかり忘れていた。

 と失礼なことを思いながら婦警さんのステータスカードも覗き込んでみる。



【種族】送り狼

【戦闘力】150

【先天技能】

 ・送り道

 ・奇襲

【後天技能】

 ・従順

 ・気配察知



「ふむ……」


 僕や姉ちゃんのカードよりは弱いが、それでもシズさんのカードよりはずっと強い。

 シズさんのカードが特別弱っちいだけなんだろうか?


「……ねぇ、さっきから気になってんだけど、なんで婦警さんがいるの? もしかして救助的な?」


 僕が婦警さんのカードを覗き込んでいるのを見たシズさんが、そう問いかける。

 その期待を滲ませた眼差しに、婦警さんが気まずそうに身じろぎする。


「あ、ごめんなさい、そういうわけじゃないの。私も偶然巻き込まれただけで、正直なにが起こっているのか……」

「この人は、校門の前でショウを補導してた婦警さん。ホラ、平日の昼間に子供がうろついてたから。ちなみに今日は、ショウの学校は振替休日ね」


 そう説明する姉ちゃんに、シズさんは「そうなんだ……」とガッカリしたように肩を落とした。

 そんな気まずい空気を変えるべく、僕は咄嗟にアマルテイアさんへと問いかけた。


「えっと、よければカードについて詳しく説明してくれないかな?」

「ええ、もちろん」


 アマルテイアさんは、快く頷くと、カードについて説明を始めた。


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