第2話 カード①
「……きて。……起きてください。マスター」
誰かの声で、眼が覚めた。
どこかで聞いたような、しかし誰の名前も思い浮かばない声。
眼を開けると、そこには白い布に包まれた何かがあった。半ば無意識に手を伸ばす。ずっしりと重く、柔らかい。これは何だろうと、やわやわと揉んでいると。
「ぁんっ……」
「ッ!?」
艶めかしい声に、ギョッと目を見開く。
半ば夢心地だった意識が完全に覚醒し、跳ね起きるように身体を起こす。
そうして振り返ってみれば、そこには金髪碧眼の凄まじい美人さんが正座してこちらを見ていた。
見慣れぬ古代ギリシャを思わせる白い服を着て、なぜか頭に山羊の角のようなアクセサリーを着けている。
これって……この人に膝枕をされてたんだろうか? じゃあ、さっき触った白くて柔らかいものは……。
「ッ!」
脳裏に浮かんだ答えを振り払い、周囲を見渡す。
すると、真っ先に目に入ってきたのは、僕らのすぐ近く、校門を出て少し先くらいから存在する白い光の壁だった。壁は空まで伸びて、球体状に高校全体を覆っており、不思議な力でそれ以上近寄ることもできない。
なんだこれ……と思いつつ、空から視線を下ろせば、姉ちゃんと先ほどの婦警さんが倒れているのを見つけた。二人の傍には、なぜか西洋風の鎧の置物と、巨大な犬が傍で寝そべっている。
まるで狼のように凛々しく凶悪な顔つきにビビりつつ、そろりそろりと姉に近寄って、身体を揺さぶる。
「ね、姉ちゃん、起きて」
「ん……ショウ?」
姉ちゃんはぼんやりと僕を見ると、次の瞬間ギョッと目を見開き、跳ね起きた。
「えっ!? なにこの空! 天変地異!? って、うわ、犬デカッ! あと、なにこの鎧の置物!」
姉ちゃんは意味不明な状況にひとしきりギャーギャーと喚くと、ようやく落ち着いてきたのか、少しは落ち着いた様子で僕へと問いかけてきた。
「一体何が起こってんの? ……っていうか、その人は?」
謎のコスプレ美女を見て、姉ちゃんが問う。
……しかし、改めて見ると、凄い美人だな。これほどの美人は、TVでもお目にかかったことがない。ちょっと人間離れしているほどだ。
「わかんない。起きたらいた」
僕が首を振って答えると、僕らの視線を受けた山羊角のお姉さんが立ち上がり、にこやかに声を掛けてきた。
「私はマスターのカードのアマルテイアと申します。マスターの姉君でしょうか?」
「えっと……マスターってショウのこと?」
姉ちゃんが僕を指さしながら言うと、アマルテイアさんはコクリと頷いた。
「なんでショウをマスターって……いや、そもそも誰ですか? ここ、ウチの学校なんですけど」
明らかに怪しいコスプレ女から庇うように、姉ちゃんが僕の前に出る。
「私はアマルテイア。マスターのカードです」
そんな姉の様子を気にする素振りも無く、アマルテイアさんは再度同じ言葉を繰り返す。
「いや、だから……マスターとかカードって!」
なんなんだよ! とイライラしたように言いかけた姉ちゃんを遮るように、アマルテイアさんが口を開いた。
「カードとは、我々のような神話や伝承上の存在を呼び出し、使役することのできるカード、および、そのカードから呼び出された存在のことを指します。そしてマスターとは、カードの主です」
神話上の存在? なんかよくわからないけど……とりあえず。
「えっと、そのカード? ってヤツ、僕持ってないんだけど……?」
おずおずと僕がそう言うと、アマルテイアさんはニッコリと笑みを浮かべ、僕の手を指し示した。
「手の平に意識を集中し、カードが現れるように強く念じていただけますか? 姉君も」
それにとりあえず言われるがまま従うと……。
「あっ!? ええっ!?」
右手から光の粒子があふれ出たかと思うと、次の瞬間には、一枚のカードが右手に現れていた。
大きさは、スマホと同じぐらいだろうか。
カードの表面にはアマルテイアさんが描かれており、それに指が触れると、戦闘力やらスキルやらと言ったゲームのステータスのようなものが浮かび上がってきた。
「なにそれ、手品!?」
いつの間にそんなことできるようになったの!? と驚く姉ちゃんに、僕は首を振り。
「い、いや、違う。っていうか姉ちゃんもやってみて」
「ええ……? 大丈夫なの、これ……」
と言いながら、姉ちゃんがじっと自分の手を見つめると、同じように一枚のカードが出てきた。
「うわ、ホントに出てきた! ってか、このイラストって、この鎧の置物?」
姉ちゃんのカードを覗き込んでみれば、そこには先ほどからずっと気になっていた謎の鎧の置物と思わしきイラストが描かれていた。
この鎧の置物が、姉ちゃんのカードということなのだろうか? だとすれば、あの巨大な狼っぽい犬は婦警さんのカード?
「カードをマスターが指で触れれば、そのカードのステータスが確認できます。ご覧になってください」
言われるがままカードに触れ、ステータスを表示させると、姉ちゃんのカードと見比べてみる。
【種族】アマルテイア
【戦闘力】400
【先天技能】
・豊饒之角
・乳母日傘
・良妻賢母
・高等家事魔法
【後天技能】
・メイドマスター:メイド、教導、秘書、中級収納、精密動作、武術。
・初等魔法使い
・魔力回復
・かくれんぼ
・従順
【種族】リビングアーマー
【戦闘力】180
【先天技能】
・生きた鎧
・武術
・庇う
【後天技能】
・剣術
・見切り
「……なんか、色々と差がありすぎない? どー見てもアンタの方が強そうなんだけど」
「そんなこと言われても……」
ジト目でこちらを見てくる姉ちゃんに、そう返しつつ、僕も内心では頷く。
アマルテイアさんと姉ちゃんのリビングアーマーでは、戦闘力に二倍以上の差がある上、スキルの数にも大きな差がある。
特にメイドマスターなるスキルの後ろに書かれたスキルが、そのスキルに含まれるという意味ならば、それこそ何倍も違う。
これは、姉ちゃんのカードが普通で、アマルテイアさんが当たりなのか。あるいは、単に姉ちゃんのカードがハズレで、アマルテイアさんが普通なのか……。
まぁ、だからと言ってなんだという話だけど。スキルもどういう効果なのかもわからないし。
そんなようなことを考えていると、不意に親指が『乳母日傘』というスキルの部分をかすめ……。
「お?」
【先天技能】
・乳母日傘:内部にいる者の気配を遮断し、侵入者を感知する結界を張る。内部にいる者への攻撃を代わりに受けることができる。庇うスキルを内包する。
(庇う:仲間の元へ瞬時に駆け付け身代わりになることができる。使用中、防御力と生命力が大きく向上)
カードのステータス画面が切り替わり、スキルの詳細が代わりに浮き出てきた。
なるほど、スキルをタッチすることによって、そのスキルの詳細を知ることができるのか。
僕が他のスキルもチェックしてみようとすると。
「……うーん。……えっ!? なにこのデカイ犬!? 狼!?」
すっかりその存在を忘れていた婦警さんが目覚めた。
「なんか空が変、っていうか光ってる!? 何が起こってるの!?」
「って……そうだよ! カードのステータスとかどうでも良いから! この状況は何!? あー、もう! スマホも圏外だし!」
それで姉ちゃんも状況を思い出したのだろう、アマルテイアさんに食ってかかるようにそう問いかけた。
アマルテイアさんは涼しい表情で答える。
「何が起こっているのか、それを今、私が説明することはできませんし、仮に出来たとしても完全に理解することは難しいでしょう。……あちらの建物にいる方々も意識を取り戻したようですので、一先ずそちらと合流するのはいかがでしょうか?」
その言葉に校舎へと顔を向けて見ると、確かになにやら騒いでいるような声が聞こえた。
どうやら、学校の生徒たちも同じように意識を失っていて、学校の異変に気付いてパニックなっているようだ。
「……行くよ、ショウ」
「あ、うん」
姉ちゃんはアマルテイアさんの言う通りにすることが不満なのか渋い表情を浮かべていたが、やはり学校の皆の様子が気になったのだろう、僕へと声をかけると学校へと歩き出した。
僕も、とりあえずそれに大人しく従う。
なにがなんだかわからなかったし、こういう時の姉ちゃんに逆らっても良いことがないことは、これまでの人生でよーくわかっていた。
数歩歩いたところで、姉ちゃんが思い出したように婦警さんへと振り返る。
「……すいません、婦警さんも一緒に来てもらっていいですか?」
「あ、はい」
婦警さんも色々と混乱しているのだろう。隣の馬鹿でかい犬をチラチラと気にしながらも、僕たちと共に校門を通ったのだった。
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