ヨメハテ!!~他所のお姫様と“仮”護衛、絶賛逃避行中~

クラプト(Corrupt)/松浜神ヰ/ハ

第1話 夜逃げ

「ああ、今日も疲れた…」


フェテラ王国宮廷騎士団の団員寮にて。1人の少年、フェルマス・モダートは訓練から自室に戻るとシャワーも浴びずにベッドの上にへたばった。

国同士の戦争も内乱も無く、ただ訓練と騎士団内のトーナメント模擬戦があるだけの退屈な毎日。

最近はよく行っていた寮内の図書館に行く時間すらなくなるほど無駄な訓練の時間が増やされ、読書ができなくて肉体的だけでなく精神的にも疲れが取れていなかった。

フェルマスは、自分が何を目指して騎士団に入ったかを忘れていた。

今はただ、図書館で読んだ物語の主人公のように、この広い世界を冒険したいだけだった。

可愛いお姫様を連れ出し、逃避行。辺境に空き家を見つけ、そこで2人暮らし。

裕福な暮らしではないけど、互いがいるだけで満ち足りた生活。

そんなの、夢のまた夢だった。

この騎士団は、自分勝手な都合で退団することが許されていなかった。

色々なことを考えているうちに、イライラしてきた。

部屋は窓を閉め切っていて蒸していた。フェルマスは窓を乱暴に開けた。

外に見える市場では、平民——自分も平民だが――たちの活気溢れる暮らしが営まれている。


「お前らなんか、井の中の蛙だ」


八つ当たりするかのように吐き捨て、フェルマスはバスルームに入った。



シャワーを終えてすぐ、フェルマスはまたベッドの上で寝転がっていた。

夕食を済ませていないが、今は部屋の外に出ると帰ってイライラするような気がしていかなかった。

フェルマスは、頭の中でかつて読んだ物語たちを思い出す。


「なあ、神様。俺を誰かの勇者にしてくれよ。こんな騎士団にずっと居ちゃ、面白くないんだよ」


無駄だと分かっていながら、フェルマスに呟いた。その声は、誰にも届かない。

開けたままの窓から聞こえる平民の声たちの中に、笑い声がする。

そしてふと、フェルマスはその声は自分を嗤っている声ではないかと思ったが、今はかえって嗤われるのがお似合いだと思い、目を瞑った。

俺は、誰の勇者にもなれやしない。



どれくらい寝たか。寝た頃はまだ日が山に半分ほど隠れている程度だったが、外はすっかり暗くなっていた。

フェルマスは何者かに肩を揺すられ、眠い目をこすりながら上半身を起こした。

フェルマスは、すぐに夢だと確信した。

物語の挿し絵でしか見たことないような、西方の国エギファの踊り子のようなヘソを出した上下黒い服に金色の刺繍が施されたものを着て、頭に蒼い1つの宝石がまっているだけのティアラ(?)をした朽葉色くちはいろの髪をもつ美少女がいた。


「なんだ?夢にしては普段よりもリアルな気がするが…」


フェルマスがそう言うと、目の前の少女はもっと力強く、荒く肩を揺さぶってきた。


「何寝ぼけたこと言ってるんですか~!?早く起きてくださ~い!!」

「分かった、分かったから、揺さぶるのを止めてくれ」


少女は一瞬、やってしまった、とでもいうような顔をしたが、すぐに向き合うと真面目な顔になった。

その顔に見覚えはなかったが、顔に残るあどけなさと可愛らしさが印象的な顔をしていた。


「あの、初対面のお方にするような話でもないかもしれませんが、私を国の方まで送り返してはいただけませんか?」

「ん?」


フェルマスは耳を疑った。


「えっと、つまりどういうこと?」

「私、エギファの代16王女、リーセナ・オトゥトット=エギファと申します。詳しいことはこの国を出てから説明しますので、最低限の荷物を用意して今すぐ逃げましょう」

「逃げると言われても、何から?どこへ?」


フェルマスは、少女の言っていることが理解できなかった。自分の目の前に遠く離れた国のお姫様なんかがいる筈がないと考えて、フェルマスは自分に言い聞かせた。


「40秒で支度してください。さもないと、神泳魔法の生贄にしますよ?」

「待て待て!!神泳魔法って何だよ!?分かった、分かったから、40秒で支度するから…」


魔法に関する知識が全くないフェルマスからすれば、名前すら聞いたことのない魔法は恐怖の対象でしかなかった。

フェルマスは必要最小限のものだけをリュックサックに詰め込み、愛用の長剣を腰に携えた。


「準備はできましたか?」


少女は自分のワガママで用意させてなんかいないように何食わぬ顔で訊くいた。


「ああ、できてるさ。要件は何だか分かンないけど、とりあえず俺が必要なら連れてけ!!」

「じゃあ、行きましょう。<テレポート>」


少女は目の前に直径2メートルほどの水色の魔法陣を展開し、入っていった。

フェルメスも、見よう見まねでその後に続いた。

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