きみが背中を押してくれるから、私の世界はまた周る。
赤髪命
第1話
私は、自分のことが大嫌いだ。
どうしてかと聞かれても、うまく言葉に表すことはできない。けれど、ひとつだけ確かなことがある。
私の足は、もう動かない。
2年前、交通事故に遭った私が、病院で目を覚ましたその時から、私の足はずっと麻痺したままなのだ。
そのせいで、生きているだけで常にだれかに迷惑をかけてしまっているという罪悪感が、私の私に対する嫌悪感をより大きくさせているのだろう。
――きっと明日から、また周りに迷惑ばっかりかける生活が始まるんだろうな……。
日が暮れていく中、新しい家と学校の間の河原に咲いている桜を、堤防の上から独りで眺めながら、私は不安に駆られていた。お父さんの急な転勤で今までとは遠く離れた知り合いのいない場所に引っ越したことは、ある意味では嬉しいことだったが、同時に私の不安を大きくする要因にもなってしまっていた。
「桜、好きなの?」
突然、後ろから誰かに声をかけられた。その声は知らない声だったけれど、とてもきれいな透き通った声で、不思議と怖さは感じなかった。
「もう少ししたら、もっときれいに見えるんだよ」
後ろからした声が今度はすぐ横から聞こえて、声のした方を振り向くと、私と同じくらいの年齢の男の子が私の隣に立っていた。つやのある黒い髪をなびかせながら、私の方を見て笑いかけている男の子。細身で手足の長い彼は、車いすに乗っている私の2倍くらいの身長はありそう。雪のように白い肌と、大きくて優しそうな目に、私はすっかり見惚れていた。
しばらくして私がはっと我に返ると、彼はその場でしゃがんで私に目線の高さを合わせてくれていた。
「もしかして、ここに来るのは初めて?」
私はこくりとうなずく。
「こういう場所、好きなの?」
特にそういうわけでもないけれど、私はもう一度こくりとうなずく。
「そうなんだ。僕も、こういうところ、好きだよ」
彼はそう言って笑いながら立ち上がると、私の隣で一緒に桜を眺めた。
初対面なのに、こんな私に話しかけるなんて、気さくな人……。私は今までずっと周りの人と距離を置いていたこともあって、少し気まずいながらも隣に並んだまま、ちらりと隣の彼を見た。風で彼の髪が後ろに流れると、柔らかい表情の彼の横顔があらわになって、とてもきれいだなぁ……って思った。
「ねぇ」
「……っ⁉」
無意識に彼の顔に引き付けられていたら、急にこっちを向いて話しかけるからびっくりした。私は驚きながら「……なんですか?」と首をかしげる。
「名前、聞いてもいい?」
え? 名前? なんで名前なんて聞くんだろう。
「えっと……藤田……藤田さくら……です……」
少し不審に思いながらも、私は小さな声でつぶやいた。
「藤田さくら、かぁ……」
彼は私の名前をつぶやくと、急に何かを思いついたかのように「僕の名前は、宮本楓」と、微笑んで自己紹介をした。
「2人とも、木の名前で、一緒だね」
そう言って微笑みかける彼に、私も思わずつられて笑顔になる。
それからしばらくの間、私は宮本くんの隣で桜を眺めていた――つもりだったけれど、いつの間にか私の視線は宮本くんの横顔へと向いていた。
「この場所、気に入った?」
宮本くんが突然私に聞いて、ぼーっと宮本くんの横顔を見ていた私はあわててうなずく。
「やっぱり、そうだよね。ここ、僕のお気に入りの場所なんだ」
にっこりと笑いながら宮本くんが言う。なんとなく、彼はずっと笑っているような気がする。
「結構暗くなってきちゃったね」
2人で桜を眺めていたら、知らない間に結構時間が経ってしまっていたみたい。宮本くんにそう言われてあたりを見回すと、周りを照らしていた夕日はいつの間にかどこにもいなくなっていて、代わりに照明塔の小さな白い光があたりを照らしていた。
「家はここから近いの?」
きっと宮本くんは私のことを心配してくれているのだろう。私は小さくうなずいた。
「そっか。それなら、また会えるかもしれないね。それじゃあ、またね」
宮本くんはそう言って私に小さく手を振った。
「またね」
そう言ってみたって、これから宮本くんと会うことはないかもしれないし、もし会うことがあったとしても、その時には私は宮本くんに迷惑をかけるかもしれない。
いつまでもふがいない私に嫌気がさしたまま、私は暗くなった道を進み始めた。
少し進んだところで、ふと私は後ろを振り返った。けれど、そこにはもう宮本くんの姿は無くて、照明塔のぼうっとした光だけがそこに残っていた。
それから数日後。
忙しかった春休みが終わり、高校二年生の始業式の日。
転校先の新しい紺色のブレザーに身を包み、まだ慣れない道を進む。
私が通う高校は家から大体十五分くらいのところにある。この間宮本くんが教えてくれた通り、河原の桜はすっかり満開になっている。
学校が近づくにつれて、私と同じ制服を着た子たちの楽しそうな声が聞こえてくる。いろいろな声に彩られた学校は、少し前に、この学校に転校することが決まって下見をしに来た時とは全く違って見えた。
高校につくと、私は先生たちの玄関の方に向かった。そこで待っていた担任の先生は私を見つけると「おはよう」とあいさつをしたので、私も「おはようございます」とあいさつを返した。
「それで、車いすのことなんだけど……」
少し会話した後、先生が遠慮がちに言った。
「クラスの奴らには、俺から話したほうがいいか?」
学校にはあらかじめ私の体のことについては伝えてあるから、先生ももちろん知っている。というか、実際に車いすに乗った私が目の前にいるから、仮に前もって知っていなかったとしても一目見れば伝わっていただろう。そんなことを考えながら、私は「はい、お願いします」と言った。
チャイムが鳴って、遠くから足音と話し声が聞こえ始めた頃、私は先生と教室に向かった。
「とりあえず、ちょっとここで待っとって」
言われた通り教室の前で待つ。教室の中からはにぎやかな声が聞こえてきて、その声で私の体がこわばっていくのが分かった。
「お前ら席につけー」
教室の中から先生に声がし始めて、急に教室が静かになる。
「今日は転校生を紹介する。藤田、入ってこい」
先生は私のことを大きな声で呼んだ。私が教室に入ると、教室は突然騒がしくなる。
「えー、今日からこの学校に通う、藤田さくらや。見てもらえば分かると思うけど、藤田は足が麻痺しとって、車いすがないと生活できないそうや。だから、藤田が過ごしやすいように、みんな協力してやってな」
先生がそう言った途端、それまではどんなことを話しているのか聞き取れなかった教室の騒がしさの中で、私の耳にはっきりと聞こえた言葉があった。
「車いすで生活って、結構やばくない?」
「協力するって何? あの子中心で生活しろってこと?」
そんな声が教室のあちこちから聞こえて、突き刺さるような視線を感じる。思わずうつむいてしまった。
あれ、なんでだろう。なんで私はうつむいてるんだろう。今までも何度も経験して慣れてるはずなのに。
「あたし、あの子と仲良くなれる気しないんだけど」
本当に、これっぽっちも、辛くなんてない……。
「あれ、藤田さん?」
教室の後ろの自分の席に着いたところで、隣から聞き覚えのある声が聞こえた。その声のした方を振り向くと、そこには宮本くんがいた。
「まさか同じクラスだったなんて思わなかったよ」
この間と同じ優しい笑顔でそう言う宮本くんに、私は微笑み返すことしかできなかった。宮本くんは何も悪気はなかったんだろうけど、「まさか同じクラスだったなんて」という言葉が私の心に小さな影を落としたような気がした。
――仲良くなりたいけど、迷惑をかけちゃうのは怖い……。
きみが背中を押してくれるから、私の世界はまた周る。 赤髪命 @pe-suke103
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