ビッグバン
第2話 ようこそ!夕星中学校吹奏楽部へ
福井県北部に位置する町。日本海に面し、かつては港町として栄えたこの町は人口約2万人。電車は福井のローカル線であるえちぜん鉄道1時間に2本。バスは1時間に1本。高い建物もなく、遠くに連なる山々をどこからでも眺められるほど見晴らしがいい。
夏は海水浴が賑わうのと、冬はカニを食べにくる人がいるくらいで、これと言った観光スポットもないせいか、常に平然としている。
昔は賑わっていたのかもしれない商店街も、今はすっかりシャッター街で、本当に営業しているのか不思議なお店だけが建ち並んでいる。
田舎と言えば田舎だが、田舎と言うにはどこか中途半端なような気もする。そんな町。
この町にたった1つだけある中学校が
学校の敷地内にある離れは吹奏楽部の練習場として使われていた。長い廊下の左右に分けられた部屋は全て吹奏楽部の練習場で、左右に4部屋ずつ並んでいる。その廊下を一番奥まで進むとの1番大きな部屋で、扉の上には合奏室と書かれている。部屋には木製のひな壇も用意されていて、吹奏楽を練習するには快適すぎるぐらいの環境が整えられていた。
壁に沿って付けられた棚には出番を待つ多くの楽器たちと多くのトロフィー。壁には歴代のコンクール写真とその賞状が所狭しと飾られている。
指揮台の前に1人の男性が立った。身長は標準ほどだが、細身の体に
彼は目の前に座っている1年生を見渡した。真新しい制服と溢れ出る初々しさ。まだこれから先に起こることを何も知らない少年少女の真っ直ぐな眼差し。彼はその眼差しを受け取りながら、
「初めまして。吹奏楽部顧問の
かけていた銀のメガネを軽く直し、「最初に話しておきたいことがあります。」と再び生徒たちと向き合う。その瞬間、期待と不安に胸を膨らませていた1年生の不安要素が強まる。
雨宮先生の鋭い目と溢れ出る威厳から解き放たれた言葉は、
「ここではみんな仲間であると同時に、みんなライバルです。」
思わず1年生の姿勢が自然と伸びつつも、内容をうまく理解できたわけではない。
「夕星中学校吹奏楽部は全国大会を目指して活動をしています。率直に言って練習は厳しいです。それから今、ここに友達同士で入部したと言う人も多くいると思います。でも、そんな友達もライバルです。競い合うこともあります。それにコンクールは嫌でも優劣がつきます。成績がつきます。つまり戦いの場。もしこのなかに争い事が嫌いな人、仲良く部活がしたい人、休みの日に友達と遊びたい人、1人で何かをするのが嫌な人がいれば、遠慮無くこの部屋から出て行ってください。」
その瞬間、外から聞こえてくる運動部のかけ声、たまに通り過ぎていく車の音さえもはじき返すほど静まりかえった。
それがはっきりと何を意味しているのか、何が言いたいのか。それはその場にいる誰もが理解し切れたわけではない。ただ、わかったことがある。
ここは本気だ。
本気で音楽をして、本気で音楽で語り合う場所。
それだけは雨宮先生の雰囲気と言葉で理解した。
「いませんか?」
雨宮先生の言葉に思わず1年生の心は揺すられる。それでも誰一人として部屋を出て行く人はいなかった。いや、出て行きたくても出ていけなかった。そもそも先生が言ったみんなと同じがいい、1人だけが違って目立つことが嫌な人がこの状況で出ていけるわけがない。
情熱を燃やす人、好奇心を高ぶらせる人、不安な顔色を隠せない人、楽観的な人。何を思ってこの場所にいるのかはそれぞれだったが、みんなのなかでただ一つだけあった考え。
みんながいるから、大丈夫。
これだけの人数で1曲を仕上げるのだから、みんなで頑張って、みんなで補合えばいい。その浅はかな考えが、誰1人としてこの部屋から出そうとしなかった。
雨宮先生はゆっくりと生徒を見渡して、誰も出て行こうとする人がいないことを確認し、ようやくみんなを歓迎した。
「ようこそ。夕星中学校吹奏楽部へ。」
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