第8話 仲直り

 ーーーベル視点ーーー


 俺は、どうすれば良いのだろうか。


 ありゃきっと……いや、確実に嫌われた。


 いくら子供とはいえ、異性に裸を見られるのは、そういう関係でもない限りは嫌だろう。無論、俺たちは良き相棒のようなものだしな。


 謝った方がいいのはわかる。だが、果たして口を聞いてもらえるだろうか。


 謝るのは猿でも出来る。だから俺は今猿以下だ。謝る勇気が無いのだから。


 しばらくは口を聞いて貰えないことは覚悟している。そして、俺はあの時、潜伏魔術を使った。これが決定打だ。


 無駄に潜伏魔術を使って隠れようとしたから、エリーゼの覗きをしようとしていたと勘違いをされたのだ。今回の勘違いは、覗きの範疇を超えているのかもしれない。


 潜伏魔術を使わずに、そのまま入っていれば。俺は吐き捨てるように『最低』と言われることもなく、殴り飛ばされることもなく、ただエリーゼが間違えて入ってしまったということになっただろうに。


 たらればを語るつもりは無いが、事実ではある。俺が潜伏魔術を使ったことによって、勘違いをされてしまった。


 もう寝よう。口を聞いて貰えないことなんて目に見えている。また今度。しばらく時間が経ってから、忘れた頃に謝ろう。


 それにしても、どうしてもが頭に残る。『最低』の2文字の前に言っていた、俺の潜伏魔術が解除されるきっかけとなった別の2文字の言葉。


『ベル……』


 これだ。これが焼き付いて離れてくれない。何故風呂の中で、俺の名前を呼ぶ必要があったのだろう。


 確かにエリーゼは、俺がエリーゼを意識しているのと同じように、俺の事を意識しているようにも感じる。

 散歩をしていた時。手を繋いで歩いている時だ。エリーゼの頬や耳は赤く紅潮していた。それはきっと、恥じらいからのものだと思う。そうであってくれ。


 しかし、今回の一件で確実に好感度が爆落ちしただろうなぁ……


 ……もう何も考えたくない。今日はもう寝よう。

 また明日、謝ればいいさ。明日がダメなら明後日。それもだめなら明明後日。


 そうして、寝返りをうって壁を向き、目を閉じた直後だった。


 ガチャンと、扉が開く音がした。誰だろうか。


 ルドルフとロトアはノックをして、俺の返事を聞いてから開ける。が、今回はノックが無かった。


 ノックもせずに、問答無用で入ってくる人間はただ1人。


「え、エリーゼ……」


 今、1番会いたくない人間が、そこには立っていた。




 エリーゼはとても怒って……いや、どういう感情なのか読めない。


 それもチラッと顔を見ただけで、直視なんて出来ない。


 それは相手も同じらしく。


 ……今しかないだろう。


「エリーゼ」「ベル」


「あっ……」


 被った。話すタイミングが被った。最悪だ。気まずすぎる。


 唯一の好機を逃してしまった。


 ……もう5分くらいだろうか。


 俺は俯き、エリーゼはまだ扉の前に立ち尽くしている。


 どちらかが口を開かなければ破られない、極めて深く、長い沈黙。


 また被るのが怖くて、互いにしゃべり出せない。ニョッキをしている気分だ。


 しかし、このままでは埒が明かない。


 振り絞れ。


「ベル」「エリーゼ」


 そんなことある?2回も被ることある?


 あぶね。この状況で危うく笑いそうになった。


 だが、ここでまた押し黙っているようじゃ、エリーゼの隣には立てない。


「エリーゼ。とりあえず、立ちっぱなしは悪いし、隣に座ろう」


 エリーゼは小さく頷き、俺の隣に座る。


 さて。隣に座らせたところで、どうしようか。


「ベル……」


 隣で俺の名前を呟くエリーゼ。ふと隣を見てみる。


 その顔を見て、俺は言葉を失った。


 泣いていたのだ。


 ……俺はエリーゼの言う通り、最低でクズな男だ。


 女が風呂に入る前に事前に忍び込み、潜伏魔術で潜伏。十分に身体を堪能したところで脱出を試みるも、潜伏魔術が解かれて見つかり、謝りもせずに部屋に戻る。エリーゼから見た俺は、大体そんなところだろう。


 これは謝っても、絶対に許してなんて貰えないだろうな。


 だから、俺は口を開くことが出来なかった。


 臆病で、見境のない、どうしようもないクズ男だ。


「ベルっ……!ご……ごめん……ごめんなざい!」


 俺はやっと気づいた。

 彼女は部屋に来て、絶縁を言い渡しに来たわけでも、改めて罵倒をしに来たわけでもない。


 彼女は、謝りに来たのだ。


『どうせ許して貰えないから、しばらくは謝らない』という俺とは正反対。彼女は、謝りに来てくれたのだ。


 思わず目を見開いて、動揺してしまった。


 ……彼女は、立派だ。


 泣いているエリーゼの頭に、ポンと手を置く。俺よりも座高が高く、手を伸ばさなければ届かない。


「あっ……あたし……さっきは殴ったりして……ごめんだざい……」


 乗せた手を左右に動かし、慰める。風呂に入ったばかりの、とてもサラサラな髪の毛だ。


「あんなことしたから、もう口聞いて貰えないと思って、怖かったの……無視されたらどうしようって、嫌われてたらどうしようって……!」


 俺が君を、嫌うわけが無いじゃないか。


 例えエリーゼにどれだけ嫌われようとも、俺はずっとエリーゼが好きだ。


「でも、あたしは……ベルが……きだから……!嫌われたく、なかったから……」


 今、なんて。なんて言ったんだ。よく聞こえなかった。


 ……いや、そんなことを聞き返す前に、俺も言うべきことがあるだろう。


「俺も、ごめんなさい」


 こうして、俺とエリーゼは仲直り。聞こえなかった部分は、聞き直さないようにした。


 その後俺は、エリーゼに抱き枕にされながら、眠りについた。


「これは、明日の朝に結果なんて聞かなくても良さそうね、ルドルフ」


「ああ、そうだな」


 ベルはエリーゼと抱き合うようにして、一筋の涙を流しながら、目を閉じていたのだった。

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