第189話 主導権を持つ者

 数人の人間が忙しく動き回る室内において、一人の男性が目を閉じたまま何か考え込んでいた。

 そこには遺伝子関連の研究を行うための機材が揃っており、見慣れない奇妙な卵が機材の中に入っていた。


 「教授、外からの報告が届いています。……襲撃は失敗に終わった、と」


 ここは、オラージュのトップである教授が保有する、周囲から隠された基地の中にある研究所。

 今は外部からの連絡を受け取っているところだった。


 「ふむ。彼女たちを仕留めるには、いささか物足りなかったか」

 「慣性制御を切った状態での加速と減速によって、投入したキメラはすべて死にました」

 「……宇宙で仕留めるのは難しい。なので船の内部から命を狙ったが、それも駄目ときた。であるならば、宇宙港か、惑星の地上辺りで仕掛けるべきだろう」

 「さすがに、そのようなところでキメラを投入するのは……」


 報告を伝えに来た者は、やや険しい表情を浮かべる。

 貧しい地域において、星間連合の中央政府の動きが鈍いといっても、有名になった生体兵器が宇宙港や地上で暴れたとなるとさすがに動く。

 そうなると、自分たちの活動に支障が出るわけだ。


 「仕方ない。ひとまずキメラの投入はやめて改良に専念するとして、彼女へ襲撃する者を増やすために賞金をさらに増やすとしよう。……私は一度あの子のところに向かう」

 「はい」


 教授は研究所から出ると、人のいない基地の通路を歩いていく。

 向かう先は、扉の前に見張りが立っている一室。

 扉を軽く叩いてから中に入ると、やや広い部屋の中に、白い髪と赤い目、さらに褐色の肌をした少女がいた。


 「セフィ、体調に変化は?」

 「あるなら、とっくに見張りの人に伝えてます」

 「それもそうか」


 セフィは本を読んでいたが、教授が来たので本を閉じると、どこか退屈そうな表情を向ける。


 「教授が来たということは、採血の時間ですか?」

 「ああ。君の血はとても価値があるからね」


 教授にとって、若返りを実現できるかもしれないセフィの血は、彼自身にとって必須の代物。

 採血を他人に任せることはできない。

 なので自ら行うのだが、採血以外にも用はあった。


 「セフィ。君の義理の親になっているメリア・モンターニュに対して襲撃をしたのだがね、失敗に終わってしまったよ」

 「でしょうね」

 「彼女が助けに来ると思うかい」

 「来るでしょう。教授は、あの人との取り決めを破ったのですから。……オラージュを痛めつけたついでに、だったりするかもしれませんが」

 「それはなんとも恐ろしいことだ」


 採血が終わったあと、今いる部屋からさらに別の場所へと向かう。

 教授とセフィだけで通路を歩いていくのだが、それはなんとも寂しい光景だった。


 「若返りの研究は進んでいますか?」

 「まだまだだ。重度の中毒者にした上で、解剖しないといけないから」


 セフィの血を精製することで作られるブラッドという薬物。

 被験者の数が少ないせいで、中毒者の解剖にはなかなか移れない。

 とはいえ、それを改善する手段はあった。


 「まあ、私を援助してくれるスポンサーはそれなりにいる。進捗はそのうちよくなるとも」

 「スポンサー、ですか」

 「若返りの研究というのは、あらゆる国が行っている。特に、お金持ちな人ほど見境なくお金を出してくれるものでね」


 人類が宇宙でほぼ自由に活動できる時代。それは不可能なことが格段に減った時代でもある。

 手足が吹き飛ぼうとも、数ヶ月あれば元通りに再生できる。

 遺伝子を弄れば、綺麗な見た目になることや、頭を良くすることもできる。

 そこまでいかなくとも、整形という手段がある。

 しかし、技術がどれだけ発達しても、老いだけはどうしようない。

 肉体が老いるのを抑制することはできても、根本的に若返ることは不可能であるのだ。

 だが、そんなところに若返る実例が存在することを示せばどうなるのか?


 「どこが、教授に協力しているんですか」

 「ふふふ、帝国の貴族、共和国の資産家、そして星間連合の有力者たち。あらゆる人々が、私を支援してくれている。まあ、犯罪組織なこともあって、裏でこっそりとだがね」


 銀河の全人口からすればわずかなものだが、資産という部分で見るなら全体の一割に届きそうなほど。

 そのことを教授が話すと、セフィはさすがに険しい表情となる。

 若返りを求める人々の執念に対して、果たしてメリアが打ち勝つことができるのかという不安ゆえに。


 「怖いか、君の選んだ者が敗北して死んでしまうことが」

 「……多少は」

 「君は生まれが生まれだからな。子は親を選べないというが、しかし親となる人物として彼女を選んだ」


 教授はそこで一度言葉を止めると、昔を懐かしむように天井を眺めた。


 「薬物を濃縮し、体内で変質させることで、その血はブラッドという薬物になる。しかし、それは副産物でしかない。セフィ、君の特殊な力は、君の血を摂取した者を操ることができるというもの。その力によって、以前の組織は壊滅させたのだから恐ろしい。ふ、ふふふ」


 恐ろしいと口にしながらも、わずかに笑う姿は、どこか矛盾しているようにも見える。


 「そして、その力は危機を抜け出すことにも繋がった。あの時は危なかった。オラージュ内部において、私に敵対する者があれほどいたのは」

 「それは、教授が外部の人間だったのが大きいと思います」

 「まあ、外部からやって来た者が上の立場にいることを快く思わないのは、当たり前といえば当たり前ではある。危機的な状況だったが、そのおかげで、オラージュという組織を完全に手に入れることができた」

 「あの時に教授が死んでいたなら、色々楽だったのに」

 「ひどいことを言う。私という頭脳が失われたなら、大勢の人々が悲しむ」


 その大勢の人々というのは、銀河中にいるお金持ちに他ならない。

 なお、貧しい者はその中に入っていない。


 「セフィ、そろそろ今後どうするかを考えておくべきだ。メリアは、私を倒して君を助ける前に死んでしまう。いかに強力な仲間を従えていようとも」

 「……何を仕掛けるつもりですか?」

 「古典的でありふれた手段だとも。宇宙には、犯罪者が溢れている。ちょうどいい脅威として、各国から見過ごされてきた者たちが」

 「あの人は、ますます怒りますよ」

 「今更だろう。君を誘拐した時点で、どちらが倒れるかの争いに移行したのだ」


 若返りの研究のためにセフィを誘拐した。

 それは、教授がメリアと敵対することを決めたからこその行動。


 「教授」

 「何かな?」

 「あなたは負けます。あの人には勝てません」

 「さて、それはどうかな。主導権はこちらにある。それに時間が経てば経つほど、資金力の違いから私が有利になる」


 各国のお金持ちが、こっそりとはいえ支援してくれている。

 それは、単なる犯罪組織では不可能なこと。

 そして最も重要なことに、教授は遺伝子関連の技術に精通している。

 元々はアステル・インダストリーが作ったキメラという生体兵器を、自ら手を加えてより使いやすい種類のを作り出すに至った。

 つまり、時間が経てば経つほど、より厄介な生体兵器を完成させて投入することができてしまう。


 「どちらが正しいのか、なんていう青臭いことは言わない。私が正しいことを証明する」

 「……そうですか」


 態度は穏やかだが、殺意は確かなものがあった。

 これではセフィとしても何も言えなくなり、しばらくの間無言が続いた。

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