第170話 地下での盗み

 オークションには様々な品物が登場する。

 古い時代に作られた価値ある絵画、一般的には取引が禁止されている希少な宝石、骨董品と呼ぶのも憚られるくらい大昔の自動車。

 当然、どれも厳重に保護されている。

 それ以外にも色々と出てくるが、本命とも言うべきエーテリウムはまだ出てこない。

 頬杖をついて、あくびをするメリアの姿は、これ以上ないほど退屈していることを周囲に示していた。


 「ああいうものに何億も出せるとはね」

 「メリア様、あまり興味なさそうですが」

 「ファーナはどれか欲しかったりするのか」

 「いいえ。そもそも、わたしの方が価値ある存在だと思っていますから」

 「それは……否定はできないね。肯定もしたくないが」

 「む、なぜですか」

 「調子に乗るだろ」


 話しているうちに、会場は少しばかり騒がしくなる。

 まずはVIP席の辺りが。

 そこからやや遅れて一般席の方へと伝わっていく。

 やがてメリアたちも騒がしさの原因となる内容を耳にすることに。

 それは、今から行われる品物の売買が終わったらエーテリウムが出てくる、というもの。


 「いよいよか」

 「競り落とすんですか? それとも……」

 「奪い取る。奇しくも、どこかの海賊がやったみたいに」


 メリアは自分が所有しているエーテリウムを周囲に気づかれないようこっそりと見る。

 わずかに発光しているため、このオークション会場に他のエーテリウムがあることは確かな事実であるわけだ。


 「地下で? あるいは宇宙で?」

 「さすがに宇宙。地下じゃ戦力が足りない。装備の問題もある」

 「わたしがハッキングを行うというのは?」

 「こういうところはセキュリティが厳しい。始めた時点で警報が鳴る可能性が高い」

 「しかし、有線で接続できれば気づかれないようにできます」

 「……困ったことに、あたしたちが座っているところには、周囲に気づかれずに接続できるような部分が存在しないが」


 ファーナはまともな人工知能ではないため、一般的に広まっているものと比べ、本来なら禁止されているような行為でも問題なく行うことができる。

 そのハッキング能力はかなりのもの。人間で対抗できるのはごくわずかと言っていい。

 メリアは少し考え込むが、オークションの品物として人間が出てくるのでそちらに意識が向いた。


 「おやおや、皆さん、この品物よりも次の品物が気になられるご様子」

 「早く次のを出せー」


 やや困った様子の司会と、そんな司会に野次を飛ばすオークション会場の客。


 「しかしですね、何事にも段取りというものがございまして。さて、久しぶりに人間の売買となりますが……なんと、クローンではないオリジナルです。しかもしかも、ユニヴェールの者ときました!」


 その瞬間、スポットライトが一ヶ所に集まり、司会の隣に立っている人物を照らす。

 そこにいたのは、一目見ただけでわかるほどに異質な女性だった。

 彼女の両腕と両足、それらはすべて生身ではない金属製の作り物。

 司会が人を呼んで、女性の義手や義足を外させていくと、先程まで騒がしかった会場はあっという間に静まり返る。


 「彼女はオリヴィア。ユニヴェールの家訓を破って地上へ訪れたことにより、家から追い出され、さらには見せしめとしてこのようなお姿となってしまいました」

 「……その言い方からすると、以前は生身の腕や足があるという風に聞こえますが?」


 VIP席にいる女性が質問をすると、司会は大きく頷いた。


 「はい。それを聞いた時は、ユニヴェール一家はなんと恐ろしいのかと震え上がりました。皆さん、ユニヴェールと敵対するかもしれない時は、今回のことを思い出してください」


 まるで、ユニヴェールというところの恐ろしさを宣伝するかのような司会の言い方に、メリアはわずかに表情を変えた。


 「……あの司会は、ユニヴェールと裏でがっつり繋がってそうだ」

 「恐ろしい話です。なにせ、わたしたちはこのあと敵対する行動をするわけですから」


 メリアはファーナの呟きを無視すると、四肢を奪われた女性を観察する。

 しばらく地下で過ごしていたからか、黒い髪は無造作に伸びており、今の状況に相当な不満があるようで赤い目は怒りに満ちていた。

 年齢的にはルニウとあまり変わらないように見える。

 そして義手や義足へ視線を移したあと、とある考えが思い浮かぶ。

 義手や義足をしている彼女を利用すれば、怪しまれずに地下において有線でのハッキングができるのではないか?

 オークションの品物として出てきているということは、競り落としたあと個室か何かに案内されるはず。彼女の着替えやらなにやらで。

 そうしないと、外に連れていくことが難しいゆえに。

 メリアはすぐに、思いついたその考えをファーナやルニウにも共有する。


 「どう思う? いけるはずだが」

 「わたしは賛成です」

 「同じく賛成ですけど……あのオリヴィアという人が素直に協力してくれますかね?」

 「するだろうさ。怒りに満ちた目をしてる。自分をこういう風にしたあらゆるものへ嫌がらせができると言ってやれば、乗ってくるはず」


 その後、オリヴィアを誰が競り落とすか争うことになるも、彼女がユニヴェールの者だからか、買おうとする動きは非常に少ない。

 メリア以外には、代理人であるアレクシスという男性のみがお金を出した。

 だが、エーテリウムを手に入れることを優先したのか途中で諦めるため、最終的にはメリアが競り落とす結果となる。


 「おめでとうございます。メリア・サーブル様。オリヴィアの所有権はあなたのものです」


 偽名を登録していたため、その名前で呼ばれる。

 メリア自体はありふれているため、モンターニュの部分を変えたわけだ。


 「このままの姿だと連れていくのが難しいので、着替えとかのために個室を用意してもらうことは?」

 「もちろん可能です。スタッフに案内させますのでこちらへ」


 女性のスタッフが現れるので、メリアたちはオリヴィアを連れて会場内の個室に入る。


 「何かあれば、そちらのボタンを押してください。スタッフがすぐに駆けつけますので」


 内部はやや狭いものの、鏡や衣服にちょっとした家電なども揃っており、身だしなみを整える分には問題ない。

 スタッフが去ったあと、扉に鍵をかけてからメリアはオリヴィアの方を見る。


 「何よ……? 私を買ってどうするつもり?」

 「ずいぶんと怒っているね」

 「当たり前でしょ。腕と足を取り除かれて、しかもオークションの品物になるとか」

 「もし、オリヴィアをそうしたあらゆるものに嫌がらせができるとしたらどうする?」

 「……もっとはっきり言って。遠回しな言葉は時間を無駄にするだけ」


 先程よりもやや怒りが静まり、その分だけ疑うような視線を向けてくるオリヴィア。


 「なら率直にいこう。エーテリウムがここのオークションに出てくる。競り落とすのはユニヴェールからの代理人だろう。あれを手に入れるために協力してほしい」

 「はん、とんでもない自殺志願者がいたものね。ユニヴェール一家を敵に回すことがどういうことか理解してる? 一家の者でも、私みたいになるのに」

 「こっちにも事情があってね」

 「……協力はする。ただ、大まかな計画を聞かせて」


 計画を聞かないことには始まらないということで、メリアはファーナに会場のハッキングを行うよう指示を出したあと、軽く説明していく。


 「そんなに難しいものじゃない。軽くハッキングして、混乱を起こし、その間にエーテリウムを盗む。そしてオークションの品物だったオリヴィアを購入したあたしは、避難する客の一人として地上に出る。そのあとは急いで軌道エレベーターから宇宙港に出て、別の星系にバイバイってわけだ」

 「ハッキング、ね。ここのは結構厳しいけど」

 「うちには凄腕のがいる。多少時間はかかるだろうが」


 ハッキングには数分かかり、その頃にはエーテリウムがオークションに出てきた。

 オリヴィアのことをルニウに任せたあと、メリアは一人戻ってオークションに加わるが、誰もが手に入れたいと考えているのか、次々と金額が上がっていく。


 「この分だと、間に合うか」


 司会の方も簡単に終わらせるつもりはないのか、会場を煽って値段を吊り上げていく始末。

 そしてエーテリウムの出品から十分ほど経過すると、突然すべての照明が消えて辺りは完全な闇に包まれる。

 非常用の明かりさえも消えているため、大騒ぎになりながらも動くに動けない状況。

 しかし、例外もいた。

 宇宙服に身を包んでいるメリアである。

 ヘルメットの機能を切り替えて暗視できるようにすると、素早く、それでいて静かにエーテリウムへと近づいていき、闇に紛れて盗むことに成功する。

 エーテリウム同士が近くにあることで起こる発光に関しては、司会の者がパフォーマンスとして宝石を入れるような箱の中に入れていたため、誰も目にすることはない。


 「こちらメリア。入手に成功した」

 「ファーナです。急いでそちらに向かいます」


 会場内の警備員は、パワードスーツを着ていない。それゆえに安全に回収できた。

 暗闇の中、合流すると、そのあとさらに会場内で大きな出来事が発生する。

 なんと火事が起きたのだ。

 警報が鳴り響き、もはやエーテリウムの状態を確認するどころではなくなる。


 「これは?」

 「一時的とはいえ、エーテリウムが盗まれたことに気づかれるのを遅らせるため、機械を操作して部分的に火事を起こしました。換気装置は正常に稼働させてあるので、命の危険はありません」

 「よし、あとは避難のどさくさに地上へ出る」


 会場の外はわずかな明かりが残っていたが、大部分は消失していた。

 地下という閉所で火事は発生し、しかも暗闇に満ちているという状況は、メリアたちが逃げるのに役立った。

 建物内のエレベーターで地上に出たあと、すぐさま近くに停まっていた有人タクシーに乗り込み、軌道エレベーターを目指す。

 その間に、エーテリウムが盗まれたというニュースが辺りに放送される。


 「へえ、地下の非合法なオークション会場で起きたことが放送されるとは」


 メリアのわずかな驚きに対し、オリヴィアは答える。


 「ユニヴェール一家からすれば、地上がどうなろうが些細なこと。しかもそんなに大きなエーテリウムときたら、なおさら」


 オリヴィアの視線の先には、サッカーボールほどの大きさをしたエーテリウムの塊が存在していた。

 宇宙港に到着すると同時に、一時的にすべての船の出港を禁じるという知らせが届くが、メリアたちはそれを無視して出る。

 他にもそれなりに無視する船がいたからこその行動だった。


 「追っ手は……まだないか」


 行動に遅れが出ているのか、追いかけてくるような船はない。

 その間にワープゲートへ到着すると、焦る気持ちを抑え、やがて他の星系へと逃げ去ることに成功した。

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