空を飛べないハーピーの郵便屋さん

パッタリ

第1話 小さな郵便局員

 王国郵便局員の朝は早い。

 ルーニ王国全土に張り巡らされた郵便網は、貴族から平民まで様々な階層の人々が利用する。

 それゆえに、配達が遅れるのを避けなくてはならない。

 ある意味、責任重大な仕事である。


 「レイン~、着替え終わった~?」

 「ち、ちょっと待って。ルトは先行ってて!」


 王都ハルに存在する局員寮の一室では、二人の少女が着替えていた。

 どちらも十代半ば。局員にしては若いが、これは郵便の需要がさらに拡大することに備え、自らの意志で働こうとする者に若いうちから経験を積ませているため。


 「早く早く~」

 「もう、急かさない!」


 一人はレイン。

 艶やかな黒い髪を持ち、やや眠気の残っている緑色の目は、時間と共に少しずつ活力に満ちていく。

 驚くべきことに、彼女の腕と脚は人間のものではない。

 半人半鳥のハーピーと呼ばれる種族のものであり、鳥の翼と脚は、人間とは異なる種族であることをこれ以上なく示している。


 「手伝おうか?」

 「いや、いい! もう終わった!」


 もう一人はルト。

 こちらは至って普通の人間で、淡い金の髪を一つに束ね、青い目は今日の予定表に向いていた。

 身につけている装飾品は高級な代物ばかりだが、これは彼女が有力な貴族の令嬢であるから。

 二人は同僚であり、数年前から局員寮の相部屋で一緒に過ごしている。


 「ルト、今日の予定は!?」

 「もう、慌ただしいんだから。東部の商業区だけみたい」

 「よし、早く終わらせて楽ができる!」

 「くれぐれも、そういう態度は表に出さないように」

 「わかってるよ」


 郵便局員には制服が支給されている。

 深い緑色を基調とした上衣と下衣の一式だが、種族が違えば体の構造も違うため、意外と幅広い種類が存在していた。

 レインは袖のない上衣から、髪と同じ黒い色の翼を出し、ズボンは袖を少し上げてから鳥の脚の途中で軽く縛ってある。

 ルトは人間用の制服を着ており、長袖の上衣と、これまたレインと同じようなズボンでいた。ただし縛ってはいない。


 「さてと、馬車で今日運ぶ分は……うげ」

 「結構大きいのがあるわね」


 王国郵便局員は、様々なものを配達する。

 小さいものは手紙から、大きいものは抱えるほどの木箱や樽など。

 中身は事前に確認されているので、一般局員な二人は、自分たちが担当している馬車に今日運ぶ分の荷物を積み込んでいく。


 「ふぅ……朝から疲れた」

 「そんなに疲れてないくせに」

 「あ、バレた?」

 「お仕置きとして腕の羽を触るから」


 レインを御者とした馬車は、王都にある郵便局から出発する。

 雨風を避ける幌が最低限ついてるだけの簡素な荷馬車だ。

 その際、ルトは背後からハーピーであるレインの両腕に触れると、その感触を楽しんでいた。


 「う~ん、ふわふわしてるけどしっかりと芯がある感じは、いつ触っても飽きない」

 「あのさあ、こっちは御者してるってのに」

 「これくらいなんともないでしょ。飛空艇向けに運んでる、空飛んでる人たちに比べれば」


 二人はわずかに視線を動かす。

 上空に待機している大きな飛空艇と、その周囲をハーピーらしき郵便局員が何人も飛んでいるのが見えた。

 軽い荷物の者は素早く、重い荷物の者は目に見えて遅い。

 遠く離れた土地にも配達を行うための手段として、郵便局には飛空艇が存在している。

 飛空艇が降りることのできる場所は限られているため、空を飛べる郵便局員が色々と運んでいるのである。

 それを見たレインは小さなため息をつく。


 「わたしも飛べたらなぁ」


 ため息には理由があった。

 ハーピーという種族は、若いうちから空を飛ぶことができるのだが、レインは未だに空を飛ぶことができないのだ。

 そのせいで、空を飛ぶ局員のうち口が悪い者からは落ちこぼれという言葉を投げかけられることも。


 「そのうち飛べるようになるから大丈夫」

 「そうは言っても、空を飛べた方が給金は多いし」

 「なあに? お金に困ってるなら貸したげる」

 「いや、いいよ。友達から借りるのはちょっとね。喧嘩とかになるのやだし」

 「大丈夫よ。返せなくなったら、一日付き合ってもらうだけで済ませるから」

 「やだ、面倒」


 朝の王都はそれほど人がいない。なにせ、今はほぼ明け方という時間帯であるために。

 とはいえ、仕事などで出歩く人はそこそこ見かけるので、二人は挨拶をしながら配達をしていく。


 「おや、いつも朝早くから大変だねえ」

 「クレアさん、おはようございます」

 「木箱の荷物を届けに来たので、サインお願いします」

 「ええと、ちょっと待っててね」


 大きな荷物の配達は、重さを除けば楽である。

 何十、あるいは何百もの手紙を届けるよりは。

 ただし、確実に届けたかどうかの確認を念入りにしないといけず、そこがやや面倒ではあった。


 「はいどうぞ。ああ、そうそう。うちで焼いたパンがあるけどどうだい? 余った生地を混ぜて焼いた奴だから売り物にはできなくてね」

 「いただきます」

 「配達の途中なので少しだけで」

 「あはは、荷物を汚したりしたらいけないからねえ」


 パン屋への配達時に、知り合いの店員からパンを二つ貰うと、二人はお礼もそこそこに他への配達のために移動する。

 焼きたてだけあって中はふわふわしており、荷台にいるルトは、御者席にいるレインに対し、わざとらしくパンを割って焼きたての香りを嗅がせるという嫌がらせを行う。


 「ちょっと、ルト!」

 「ごめんごめん。はい、あーん」

 「あむっ」


 ルトは手に持ったパンを小さく千切ると、両手の塞がっているレインの口元に持っていき、片手では自分で食べながら、もう片手ではレインに食べさせていく。


 「うん、美味しい」

 「やっぱり焼きたてだよね~」

 「っと、あまりゆっくり食べても遅れるから、早く食べよう」

 「はいは~い」


 今は仕事の真っ最中。

 美味しいからといって食べることに集中して配達が遅れてはいけない。

 朝早くで人が少ないものの、それは短い間だけ。

 時間と共に増えていき、そうなれば馬車が通りにくくなる機会も増える。

 その前にできるだけ早く終わらせようと急ぐ二人であり、割り振られている予定が王都東部の商業区のみだったこともあって、お昼前には終わりを迎えた。


 「ふむふむ……レイン、ルト、なかなか早いじゃないか。まさか昼前には終えてしまうとは。今日はもう自由に過ごしていい」

 「わかりました」

 「それではこれで」


 一仕事終えて自由な時間を過ごせる二人は、すぐさま寮の相部屋に戻る。

 目的はもちろん、王都で遊び回るのだ。

 制服を脱いで、私服に着替えていき、そのあとは二人でぶらぶらと歩く。


 「さてと、何を食べよう」

 「既にパンを食べたし、軽く済ませとく?」

 「ルトに任せるよ」

 「よーし、任された」


 ハーピーのレインと人間のルト。

 まるで違う種族の二人だが、そんなことは些細なことのように振る舞う。

 昼になって人が増えたため、はぐれないように手を繋いだ。

 翼となっている腕だが、羽に隠れる形で手がある。とはいえ、ハーピーの手は人間ほど器用に動かせはしない。

 必然的に、ルトがレインを引っ張って行く形となり、大通りを軽く走れば、淡い金の髪と艶やかな黒い髪が空中を揺れ動く。


 「早く終わったし奮発しちゃう」

 「ルト、いいの?」

 「ふふん、私を誰だと思ってるの。ルーニ王国の郵便事業の出資者の一人、ノーディ公爵家の令嬢様なのよ。お高い店でも余裕余裕」


 王国全土に郵便網を張り巡らせるというのは、とにかくお金がかかる。

 そこで王族と有力な貴族たち、さらに一部の商人たちも加わり、それぞれが分担して出資することで、郵便網を着実に拡大していったのである。

 ルトは公爵家の令嬢であり、その立場は王国においてはかなりのもの。


 「でも、そうなると監視の人たちの目が」


 そのため、当然のように護衛と監視を兼ねた者が数名ほど周辺に隠れている。

 あくまでも目立たないようにしているが、レインの目は見逃すことなく見つけてしまう。


 「気にしない気にしない。たったの数人だからね。もしレインが男の子だったら……何十人にもなってたかも」

 「それは、公爵家のお嬢様と何か間違いがあったらよくないから?」

 「そうそう。でも、レインは私と同じ女の子だから、あまり厳重に監視はつけないでくれてるわけ」

 「嬉しいような、悲しいような」


 レインは男女で監視の人数に違いが出ることに、なんとなく呟いた。

 それを耳にしたルトは、にやりとした笑みを浮かべると耳元で囁く。


 「なになに? レインってば、私と何か間違いを起こしたいって?」

 「いや、何がどうしてそうなるの」

 「冗談よ冗談。あの店にしましょ。…………もし本気なら、拒否はしないけど」

 「ん? 何か言った?」

 「な~んにも」


 昼食は、近年力を付けつつある平民の富裕層がいるところで取ることに。

 異なる種族の人々が店員に注文しているのが見えるが、様々な種族のいるルーニ王国ではありふれた光景である。


 「おや、これはこれは、ルト殿ではありませんか。横のお方は、同僚のレイン殿でしたかな」

 「ええ。私の“大事”な同僚です」

 「それではご挨拶を。飛空艇を製造販売しているミラー造船の社長、ミラー・ガレオンと申します」


 手短な挨拶のあと、上空にいる飛空艇が、ミラー造船が建造したものであるとの説明が入る。

 飛空艇は、魔法の力によって空に浮かび、海の船のように推進機関によって進む空の船。

 近年、他国との交易が増えたことで需要は増しているとの話だった。


 「レイン殿、将来的には飛空艇で働くおつもりはありませんか? 空を飛べるハーピーの船員はいつも不足しているため、郵便局員よりも良い給金をお約束しましょう」

 「あら、私の目の前で同僚を堂々と引き抜くなんて、なんて図太いお方なのかしら」


 ルトはやや冷たい視線をミラーという人物へ向ける。ただし本気ではなく、からかい混じりではあった。


 「その、お誘いは嬉しいのですが、わたしは空を飛べません。なのでお断りさせていただきます」

 「……ふむ、それは残念です。これ以上はルト殿のお邪魔になりますので、私はこの辺で失礼します」


 申し訳なさそうにレインが断ると、飛べないハーピーに固執しても仕方ないと判断したのか、ミラーは一礼して去っていく。


 「あ~あ、飛べないとわかるとすぐ去っていくんだから」

 「まあ仕方ないよ。飛べないなら他の人で良いわけだし」

 「やれやれね。とりあえず食べましょう」


 富裕層が来るだけあって、運ばれてくる料理は美味しいものばかり。代わりに量は控えめだが、既にパンを食べた二人にとってはちょうどいい量だった。

 支払いはルトが行うのだが、その際の料金を見てレインはなんともいえない表情となる。


 「うわ、節約すれば一ヶ月は食べていけそう」

 「たまにはお高いところで食べないとね? 私は公爵家の者であるわけだし。それに実家での食事の方がよっぽどお金かかってるわ」

 「羨ましい」

 「その代わり、とても作法がうるさいけど。よかったら、今度の休みの時は家に来る?」

 「うーん……遠慮しておきます」


 夕方、目的もなく歩いたあと早めに寮へと戻り、明日の用意をしつつ夕食を済ませ、お風呂に入る。

 局員寮には共用の入浴場が存在し、毎日お湯で体を洗うことができるのだ。

 これは、汚れた状態で配達をするのは好ましくないという理由から、それなりの費用をかけて作られた。


 「レイン、腕洗うからあげて」

 「はーい」


 ハーピーは入浴せずに水浴びで済む程度には汚れないが、貴族の令嬢なルトとしてはそれは受け入れがたい。

 そこで、洗うのを手伝うから一緒に入るように言うと、レインはそれならと頷いた。

 これは入寮初日の出来事であり、今になるまで続いていた。


 「翼の腕は、傷めないように優しく優しく……」

 「あ、もうちょっと横の方」

 「んもう、ここか、ここなのね?」


 翼の腕は、あまり手荒に洗うと羽根が抜けてしまう。そのため、ルトが丁寧にすることで石鹸の泡は広がり、黒い翼は白い泡に包まれる。


 「よし、白い翼になった」

 「人の腕で遊ぶの禁止ー」

 「わかってる。腕のあとは髪ね」


 お湯で泡を流したあと、ルトはレインの黒い髪を洗っていく。


 「そういえば、ルトっていつもわたしを洗うけど、たまにはわたしもルトのことを洗った方がいいかな?」

 「体は道具でごしごし洗えるとしても、髪の方はちょっとね……」


 レインの持つハーピーとしての手は、全体的に鋭く、鉤爪も存在している。普段は配達のため、定期的に切ってあるが、伸ばせば凶器になり得る代物だ。

 さすがにその手で髪をしっかり洗うのは難しいということで、ルトは申し出を断って自分自身をすぐに洗い終える。


 「ふう、こうしてお湯に浮かんでると、ぼーっとしてくる」

 「今は他の人がいないからいいけど、来たらやめなさいよ?」


 入浴場は共用なこともあって、しばらくすると他の局員が入ってくる。

 あまり長居せずに出ていく二人であり、さっさとタオルで拭いたあとは、寝間着に着替えてからベッドに横になる。


 「レイン、今日は一緒に寝ましょう」

 「……ルトが枕代わりにするせいで腕痛くなるから嫌なんだけど」

 「そう言わずに。枕にしないから」

 「それならまあ」


 郵便局員の夜は早い。

 なんといっても、朝早くに起きる必要があるため、寝不足にならないようにしないといけない。

 万が一にも寝坊した場合は、給金を下げられてしまい、そこに説教も加わる。


 「うふ~、レインの翼に包まれて寝るのって最高」

 「はいはい」


 前からそれなりに似たようなやりとりを繰り返しているのか、レインとルトの二人は少しすると目を閉じる。


 「……ねえ、レイン」

 「……なに? 眠いから手短に」

 「今よりも大きくなって飛べるようになったら、私の側からいなくなる?」

 「いなくならない。空飛ぶ仕事に憧れはあるけど、ルトと一緒に地上の郵便局員してるのも悪くないから」

 「そっか、よかった」

 「なんなの。たまーにそんな質問してくるけど」

 「なんとなくよ。おやすみなさい」

 「うん、おやすみ」


 人間であるルトは、ハーピーであるレインの体に抱きついた。羽もなにも持たないゆえに、そうしたのだ。

 やがて寝息が聞こえてくるようになる。

 様々な未来を抱えている、小さな郵便局員二人のものが。

 それはなんてことのない一日。しかし、かけがえのない一日でもあった。

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