第四話 私は絶対悪くない/しおり
でもそういうことを言うやつはすぐにいなくなった。苅谷夜明は変な女だった。他の女子みたいに教室に化粧品を持ち込んだりしないし、そもそもすっぴんだし。でも目力が妙に強くて、いつも俺らのことを観察するみたいに見てた。
そう、観察するみたいに。
秋泉沙織に、「あんた目付き悪いよ」って言われてるのを見た時ぶっちゃけちょっとガッツポーズになった。ほんとそれ。いつもいつもあんな目で睨まれて、俺ら何も悪いことしてないのに、正直居心地悪いじゃん?
でも苅谷夜明は、秋泉沙織に「で?」って言った。「で?」って。何考えてたらそういう返答ができるんだろう。クラスの女子が苅谷夜明のことを無視するようになったきっかけは、あの日の「で?」だったと思う。
とはいえ、同じ教室で過ごす女子全員にシカトされても苅谷夜明は平然としていた。授業を受ける時もなんていうか──タンタン? としてたし、遠藤に「わたしはバカです」って椅子に張り紙された時もタンタンと紙を丸めて捨ててた。
俺は正直、苅谷夜明が怖かった。
大抵の女子は、秋泉沙織と田中美樹に嫌われることを恐れていた。あのふたりがクラスの中心人物だってことは、みんな分かってたからだ。親も担任もうちのクラスにいじめなんかない、って言うし、俺たちもそう言うけど、あるよ、いじめは。不登校になったやつもいる。転校してったやつもいる。でもそれは、そいつらの心が弱いだけで、試練を乗り越えられなかっただけで。
別に俺たちは悪くない。いじめはない。そう思って過ごしてきた。
けど。苅谷夜明は違った。
張り紙をされても、体育の授業の時にわざとハーフパンツを脱がされそうになっても、ひとりだけプリントを渡してもらえなくても、黙って怖い目で俺たちを睨んで、平然としてた。学校には毎日来てた。来ないでくれよって思った。来るなよ。おまえも不登校になれよ。
でも、夏休みに入る直前。田中美樹が苅谷夜明の弱みを見付けたんだ。あいつは毎日学校に文庫本を持ち込んでいて、休み時間はずっとそれを読んで過ごしてた。本のタイトルは日に日に変わったけれど、同じしおりを使ってるって──田中美樹が気付いて。
田中美樹と秋泉沙織が、ふたりがかりで苅谷夜明の本を奪った。
「返せや!!」
初めて、苅谷夜明の大声を聞いた。
「西林、パス!」
って田中美樹が俺の方に文庫本を投げたから、受け取った。真っ青になった苅谷夜明が俺の方に手を伸ばしていた。
それで俺は、苅谷夜明に本を投げ付けて、目の前で、しおりを破った。
狐の絵が描いてある、綺麗なしおりだった。
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