幕間 影
「もっとはっきり言ってやれば良かった!」
喫茶店の外は、すでに夕刻だった。長い影を引きずりながら自宅に向かって歩く秋泉沙織の母・瑞穂は、傍らを歩く、自身の幼馴染でもある田中美樹の母・さや子に向かっていかにも悔しそうに吐き捨てた。
「いじめられる方が悪いって! 苅谷夜明みたいな気持ち悪い子と仲良くするなんてほんと無理、そう思わない?」
「思うけど、落ち着いてよ瑞穂」
錆殻光臣の代理だという細面の美青年と、以前『週刊ファイヤー』とかいう下劣な記事に浅瀬船中学で起きたいじめ事件と、被害者の自殺未遂、更に加害児童──浅瀬船中学ではいじめは起きていないので、加害者も被害者もおらず、単に学校の空気に馴染むことができなかった転入生が勝手に自殺未遂をしただけ、と瑞穂もさや子も認識していた──が『悪魔に取り憑かれている』という仰々しいタイトルの記事を載せた記者・響野憲造との面会は、結局のところ無駄に終わった。彼らは瑞穂とさや子の大切な娘をいじめ加害者だと断定した挙句、娘たちを苦しめている『悪魔』についてはほとんど触れようとしなかった。錆殻光臣はよくメディアにも顔を出しているし、信頼できる霊能者だと思ったからこそ加害者扱いされている児童の親同士で協力して依頼を出したというのに、あんな頼りにならない……代理人を経由したところで、何の意味があるというのだろうか。さや子が立腹するのも分かる。分かるけれど。
「あたしだって苅谷夜明が悪いと思うよ。でも、『いじめられる方が悪い』は言ったらマズいって」
さや子の言葉に、瑞穂は若い娘のようにくちびるを尖らせて、
「だって……実際そうじゃない? さや、苅谷の両親に会って、キモって思わなかった?」
「まあ〜……思ったけどぉ……」
と、顔を見合わせた母親ふたりは、それこそ女子中学生のように声を上げて笑った。
「研究者? 民俗学者? だとか言ってたけど、ただの変質者って感じだったよねぇ〜!」
「奥さんもいい年してあの金髪に……見た? 腕にびっしりイレズミ!」
「見た見た! あんな親に育てられたらそりゃ子どもだっておかしくなるっつーの! ウチの子とは絶対仲良くしてほしくない!」
「あたしも〜!!」
「裁判とか弁護士とか言ってっけど、フツーに見たらウチらの方が正しいって思うって絶対!」
ゲラゲラと笑い合ったふたりはやがてどちらともなく真顔になって、
「でもさ……光臣先生が頼れないってなったら、どうする? ウチの沙織も、さやのお
「さっき遠藤パパも言ってたけど、来年受験もあるしね……」
溜息混じりに俯く母親たちの影の中に、それはたしかに、蠢いていた。
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