消えた私の150日

BUDDY

第1話 はじまりはインド男

 この国には珍しく空が青々と晴れた日だった。

 ベッドリネンを交換していた時に、背中に強い痛みが走った。ああ、また張り切りすぎた。


 そのままの姿勢で固まる。痛みは激しく呼吸が浅くなるほどで、この激痛を皮切りに以降ズルズルと続く禍を、あれ以来身体のどこかが痛むたびに、青い空を見るたびに、思い出す。この日私は、この痛みに救われることになるのだ。


 早くに軽い夕食を一人で済ませて薬を服み、着替えてどうにかこうにか横になったとき、ドアベルが鳴った。コンドのメインゲートは閉じている時間帯なので玄関前の呼び鈴だった。


 その日、夫は地域サークルの集まりが昼過ぎからあり、そのまま友人のバンド演奏を聴きに行くと言って出かけていた。先に寝むと伝えたのに鍵を持って出なかったのかと、イライラと呆れつつ身体を起こし足を引きずりながら玄関ドアを開けたところに、黒っぽい大きな男が立っていた。黒いTシャツ、黒いジーンズ、髪も目も肌も黒い、体格の良いインド系の男だった。


 インド男は、夫のことをよく知っているようで私にも名前で呼びかけた。夫の最近の様子や今日の訪問先も把握していた。丁寧な物腰でありながら焦った様子の話しぶりはアンバランスで不安な気持ちにもさせたが、寝起き頭で顔色の悪い私の様子を気にするふうでもなく、次々に言葉を繰り出す。

 インド男の話の主な部分は自分自身のことだったが、次第に、彼は私に援助を求めているらしいと分かってくる。一緒に来てくれと懇願しているのだ。私はアルコールで流し込んだ鎮痛剤に勇気をもらい質問をときどき挟んでみるが、インド男は自分の話したいことを出し切ることに一所懸命で、あまり会話にならない。


 今日は体調が悪いのよ、薬を飲まなくてはいけないし、ドクターから数日休養するように言われててね、とどうにか理解してもらい、とにかくロビーで待つように伝え、インド男がエレベータに乗り込むのを見届けてからドアを閉め鍵を2つにさらにチェーンをかけて。


 そして怖くなってきた。


 いま聞いたことはなんだった。どういうことなんだ。どうすればいいんだ。


 呼吸が浅くなっているのは背中を痛めたせいではなかった。痛みなんてもはや感じていなかった。


 私はいまひとり。


 ここは外国。


 手が冷たくなってきた。


 どうするどうするどうするどうするどうする。

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