第八幕

「閑奈ちゃん、俺だ。入っていいか?」

「うん、いいよ」

 扉を開けて部屋に入る。閑奈はベッドに横になったまま身体を起こし、アリスはベッドに腰掛けている。

 私は勉強机の椅子を引いて座り、閑奈と向き合う。

「閑奈ちゃん。俺とアリスはちょっと調べたい事があるんだ。部屋を出て、外にいる皆んなと合流してもらってもいいか?」

「いいけど、調べたい事ってなあに?」

「ちょっとした事なんだ。別に部屋の中を漁るわけじゃないから安心していい」

「うん、でも……」

 そう言って俯く。殺されかけた身なのだ。一人で行動する事が不安なのだろう。

「俺の推理が正しければ、犯人は閑奈ちゃんに危害を加える事はない。それに向こうには海円さんがいる。卯月さんの時みたいなことは起きない」

 そう説明し。

「大丈夫だ。俺を信じて欲しい」

 私がそう告げると、閑奈は頷いてベッドから下りる。そのまま扉を開けて、部屋を出た。

 この部屋に残ったのは、私とアリスだけになった。

「調べたい事ってなんデスカ?」

「もちろん、犯人の正体を示す証拠だ」

 金色の幾何学模様が刻まれた、アリスの青い瞳が見開かれる。

「犯人の正体がわかったんデスカ?」

「ああ。だから、まずは俺の推理を聞いてほしい」

 アリスが居住まいを正して身を乗り出す。

 私は推理する時の癖で煙草を取り出しかけて、子供部屋で喫煙はまずいと思ってポケットにしまった。

「各事件について時系列で説明したいところだが、第三の事件から話すぞ。その方が話の通りがいい」

「第三の事件……ウヅキさんの事件デスネ?」

「ああ。あの事件を整理すると、俺とお前が龍彦さんの部屋を調べている間に閑奈ちゃんと卯月さんが閑奈ちゃんの部屋に行き、卯月さんが閑奈ちゃんに疑いを向けて絞殺しようとする。その時の悲鳴を聞いて、隣の部屋にいた俺たちと、広間にいた海円さん、美月ちゃん、和真君が駆けつけた」

「ふむ。全員にアリバイがある形デスネ」

「ああ。この状況で殺人を行うには、閑奈ちゃんが犯人だったか、海円さん達三人が犯人で口裏を合わせていた場合だ」

「どちらも考え辛いデスネ」

「一応しっかりと検証しよう。閑奈ちゃんが犯人の場合だが、その場合彼女は毒針を隠し持っていて首を絞められながら刺した事になる」

「そうなりマスネ」

「だが、閑奈ちゃんはうつ伏せだったんだ。そして卯月さんが毒針を刺された場所は首だった。うつ伏せの状態で上に跨った相手の首に毒針を刺すことは難しい。そもそも腕に刺した方が確実なのに、背後にいて見えない相手の首を狙う意味が無い」

「それなら、そもそものし掛かられたというカンナちゃんの言葉が嘘だった可能性はありマセンカ?」

「閑奈ちゃんの首が絞められた痕は正面に四指の跡があった。対面から絞められたら正面には親指の痕が来るはずだ。背後から首を絞められた事が確実なんだから毒針を相手の首に刺すことはできない」

「ナルホド」

「次いで海円さん達三人が共犯の可能性だが、もし三人とも卯月さんを殺すために共謀していたのなら、そもそも閑奈ちゃんと卯月さんを二人で行動させる事はあり得ない。閑奈ちゃんが自分の部屋に行く際に三人のうち誰かが閑奈ちゃんについていき、残った二人で卯月さんを殺せばいいし、そもそも犯人の目的が閑奈ちゃんを守る事で尚且つ、その動機で閑奈ちゃんを殺そうとした兄二人を殺害したのならば、その妹である卯月さんと二人きりにするなんていう危険を犯さない」

「そうデスネ……ちょっと待ってクダサイ。犯人の目的がカンナちゃんを守る事で、その場合ウヅキさんと二人きりにしないという事は、あの場で誰もカンナちゃんに同行するウヅキさんを止めなかった時点で……」

「ああ。あの中に犯人はいない」

 私は更に推理を告げる。

「寅吉さん、亥久雄さん、卯月さんが実は生きていたという事もない。瞳孔が開いて確実に死んでいた。他の人間の死体を自分の死体に見せかけた事もない。寅吉さんは恰幅が良くて亥久雄さんは痩せ型。体型が全然違うし、卯月さんのは女性だ。そしてお前のふざけたレーダーを信じるなら、この屋敷には他に人間はいない。そして機巧人形には人間を傷つける事ができない。つまり」

「犯人がいない?」

 そういう事になってしまう。だが――。

「いや。犯人はいる」

 全ての不可能を除外して最後に残ったものが如何に奇妙なことであっても、それが真実である。

 それで答えが残らないのならば、不可能の除外の仕方が間違っているのだ

「まず、実は外部犯がいた可能性……お前のレーダーが嘘でただの猫耳だったという可能性だ」

「ワタシを疑うんデスカ?」

 アリスが抗議の視線を向けるも、私は受け流す。

「探偵は身内も、依頼人も信じない。信じるのはただ一つ」

 論理的推理のみである。

「まあ、この可能性はすぐに否定できる。仮にレーダー使用後も俺が念の為と言って屋敷内を探索したり、何かの偶然で誰かが犯人を見つけたのなら、申し開きができないからな。それならレーダー云々なんて言わずに黙っていた方がいい」

 アリスは胸を撫で下す。

「だが俺がお前を疑っている事はもう一つある」

 それは。

「そもそも機巧人形が人間を傷つける事ができない。というお前の発言が嘘だった場合だ。アリス、お前は事件の現場を見て機巧人形が犯人である事に気づき、それを庇うために嘘をついた。そんな可能性も考えられる」

「なんでもかんでも疑いマスネ」

「それが探偵だ」

 何の感情も込めず、そう答えた。

「けれど、ワタシの発言の正さを証明する事は悪魔の証明になりマス」

「ああ、その通りだ。だから推理するしかない。機巧人形は人間を傷つける事はできない。これは閑奈ちゃんも言っていた事だ。つまり、これが嘘だった場合はお前と閑奈ちゃんが口裏を合わせていたという事になる。じゃあ、いつ口裏を合わせたのか。無論、機巧人形が殺人を犯した事に気がつき、それを庇うために口裏を合わせたんだから、死体発見後に限られる」

「けれど死体発見後、ワタシはソウジさんの側を離れる事はありマセンデシタ」

 私とアリスは一緒に現場検証をし、広間に戻り、アリスの部屋に行ってレーダーを使い、また広間に戻って報告。そして私の部屋で事情聴取を開始し、閑奈がやってきて機巧人形に人間は傷つける事はできないと言った。

「ああ。確かに一見俺の側を離れて閑奈ちゃんと接触する機会はなかった。だが、死体発見直後だけは、お前と閑奈ちゃんは俺の後ろにいたんだ」

 そう。それが唯一の機会。だから――。

「死体発見直後の映像を送って貰ったんだ」

「外の捜索を終えた後のあれは、そういう意図だったんデスネ」

「そういう事だ。調べた結果、口裏を合わせた様子はなかったよ。これでこの可能性は消えた」

 アリスが勝ち誇った顔をする。

「やっと機巧人形が人を傷つける事ができない分かって貰えマシタカ」

 しかし私はやんわりと首を横に振る。

「いや、違う。俺が否定したのは「アリスと閑奈ちゃんが口裏を合わせていた可能性」だ。機巧人形は生物を傷つける事ができない。閑奈ちゃんは弁一からその事を聞いたと言っていた。つまり、そもそも弁一が閑奈ちゃんに、アリスが俺にそれぞれ嘘をついている可能性が残っている」

「親友も疑うんデスネ、探偵は」

 寂しそうに、あるいは憐れむような目で私を見る。

「疑う事を悪と考えているみたいだが、確実な信頼を抱くために疑ってるんだ。無条件の信頼は思考の放棄に他ならない。とはいえ、これも簡単に否定できる」

「と、言うと?」

「弁一が殺害を目論んでいたのなら、そもそも探偵である俺をわざわざここに寄越す必要が全く無い」

 シンプルな答えに、アリスは肩をすくめた。

「随分と周りくどい推理をしマシタネ。これでようやく機巧人形は犯人じゃないと分かってもらえマシタカ?」

 だが私はまだ首を縦に振らない。

「俺が証明したのは、「アリスの言っている事が正しい」という事だけで、「機巧人形は人間を傷つける事はできないという事実は正しい」という事じゃあない」

「その二つはどう違うんデスカ? ワタシの言っている事こそが、機巧人形が人間を傷をつける事ができない。という事デス」

 小首を傾げるアリスに、私は疑問をぶつける。

「アリス。お前は言ってたよな。害獣駆除のために15センチ以下の生物は例外になると」

「ハイ。言いマシタ」

 私は弁一との会話を思い出す。

 

『機巧人形の調整も兼ねて僕も行ったことがあるけれど、自然がいっぱいで空気が綺麗でいい所だよ。ちょっと大きめのクマネズミが出る事が難点だけどね』

『確かクマネズミの体調は15センチから20センチだったな。それより大きいのか』

『流石は探偵だ。なんでも知っているね』

 

「クマネズミの体調は15センチ以上。しかもここのクマネズミは大きいらしい。それならキャシーさんが駆除できるわけがないんだ」

「そんな事デスカ。15センチというのは、ワタシの場合の話デス。最初に説明した通り、あくまで手の平以下のサイズなので、機巧人形の体の大きさに寄って駆除対象の大きさは変わるんデス」

 やはり。キャシーさんは高い場所の物を取れるように体が大きめに作られている。現にアリスとキャシーさんが初めて出会った時に握手していたが、明らかにキャシーさんの方が手が大きかった。

「つまり、体の大きさ次第では、人間に危害を加える事が可能なんだ」

 アリスの青い瞳が見開かれる。

「それはつまり……手の平が人間より大きい機巧人形がいるんデスカ?」

 私は首を横に振る。そんなでかいものに気が付かないわけがない。

「いいや、逆だ」

 機巧人形が生物に危害を加える事ができるもう一つの条件。

「身長の2倍以上の生物には危害を加える事ができる。つまり、人間の身長の半分以下の機巧人形なら、人間を殺害する事ができる」

「そんな小さい機巧人形なんて、作れるわけ……」

「キャシーさんは言っていた」

 

『ちなみにチワワ型人形も開発しようと思いましたが、小型化はともかく骨格の改造が不可能で挫折しました』

 

「チワワサイズの小型化は問題なかったんだ。そのくらいのサイズの機巧人形を作る事は可能だ。そして、そいつは卯月さん殺害の現場にもいた」

「まさか……」

 アリスが、ベッドの横に置かれたそれを見る。私も視線を向ける。

 犯人は、ずっと我々の前にいたのだ。

 

「卯月さんを殺害したのはお前だ――殺人機巧人形、エミリア・パペット!」

 

 人形用の椅子に座っていた、ただのフランス人形のはずのそれは、微動だにしなかった。

 だが、じきに肩を震わせ、部屋中にくすくす。という笑い声が響き渡る。

 そして。


「面白い推理ね、探偵さん。小説家になったらどう?」


 椅子からゆっくりと立ち上がったフランス人形は、愉しそうに目を細め、まるで歌うような声色でそう告げる。口元に手を当て、口の端を吊り上げてくすくすと嗤った。

「動きは完全に機巧人形の動きデス。まさかエミリアが機巧人形だったなんて……」

「敬称をつけてくれるかしら? アリス。私の方が先に制作された姉人形なのだけれど」

 アリスがエミリアを睨みつける。

「カンナちゃんは気が付かなかったのでショウカ」

「機巧人形は球体関節。小型になれば普通の人形と見た目はそう変わらない。それに、人間大でも体重が10キロなら、このくらいのサイズになれば2、3キロ程度になる。本人が動き出さない限り、本当に、ただの人形と変わらないんだ」

 自分の迂闊さを呪いたくなる。機巧人形の小型化は初めから示唆されていた。もっと早くこの可能性に気づくべきだったのだ。昨今では特殊設定ミステリなるものが流行っているらしいが、まさか自分の身に降りかかるとは思ってもいなかった。

「それで、探偵さん。推理の続きを聞かせてくれるかしら? 見ての通り私は物を持つことすらできない無力な人形よ。それがどうやって人を殺せるというの?」

 エミリアが自らの手を見せつける。ただの人形に擬態するためなのだろう。その手は他の機巧人形と違ってマニピュレーターの無い、普通の人形の手だ。毒針を持つことなどできないだろう。

 だが。

「さっきから気になっていたが、手は動かないのにちゃんと顔は動くんだな」

 先ほどからエミリアは、目も口も動かしている。手と同じように普通の人形の顔になっている可能性も考えたが、そうではなかった。

「それはそうよ。手と違って顔用のゴム製の皮膚は用意されているんだから、使わない手は無いわ」

「なら口も開くだろう?」

 エミリアが口を噤む。

「機巧人形に搭載されている、口からワイヤーを射出する機能。それを使えば毒針を射出するくらい、わけないはずだ」

「なるほど。伊達に探偵を名乗っているわけではないのね」

「ソウジさん。仮に犯人がエミリアだったとしても、幾つか不可解な点がありマス」

 アリスがマニピュレーターの人差し指を立てる。

「一つ。エミリアではドアノブに手が届きマセン。物をひっかけて開けようにも、ドアノブは丸いので不可能デス。つまり、エミリアはカンナちゃんに連れ出されない限り部屋の外に出ることはできマセン。それなのにどうやってトラヨシさんやイクオさんの部屋に侵入できたのでショウカ」

 次いで中指を立てる。

「二つ。エミリアはどうやってトラヨシさんやイクオさんがカンナちゃんを殺害しようとしていた事を察知したのでショウカ。私の目のようにカメラを設置したとしても、機巧人形は複数のカメラ映像のデータ処理をする事はできマセン。監視は不可能デス」

「あらあら。庇ってくれるなんて姉思いの妹人形ね」

「庇ったわけではありマセン。事件に謎を残したままにしたくないだけデス」

 くすくすと笑うエミリアに対してアリス拗ねてはそっぽを向く。体の大きさは逆なのに、確かにエミリアの方が姉っぽい。

「その二つの質問にはたった一つの答えで解決する。アリス、この屋敷には全部の部屋に日本人形が飾ってあるだろ?」

 アリスがぽかんと口を開く。

「……まさか」

「多分、そのまさかだ。この屋敷の各部屋に置かれた日本人形。これらも全て、エミリアと同じ小型の機巧人形なんだよ」

 彼女達は、各部屋でずっと宿泊客達を監視していたのだ。

 一体で複数の映像を見る必要はない。各々で自分の目で映像を見て、通信連絡すればいい。

 この屋敷では幾多の人形に監視され、常に命を狙われる。

 ここは人形達が人間を支配する、人形屋敷だったのだ。

「人形達のバッテリーの充電は、恐らく足元にワイヤレス充電器が仕込んであるんだろう。エミリアの座っている人形用の椅子。あれもアリスのクッションのようにワイヤレス充電器になっているに違いない」

 そして、これでようやく全ての事件の背景を見通すことができた。

「第一の事件から説明しよう。手袋を嵌めて凶器を用意した寅吉さんを見て、あの部屋に飾られた日本人形は閑奈ちゃんの身の危険を感じて、毒針を射出して殺害した」

 現場が密室なのも当然だ。犯人が部屋の中にいたままなのだから。

「だがその後、俺が現場を捜査した時、人形は焦っただろうな。密室になっているせいで、部屋の中に犯人が潜んでいないか確認し出したんだから。いつ自分に目をつけられないか気が気じゃなかっただろう」

 そして第二の事件。

「キッチンにいた日本人形は閑奈ちゃんのグラスに毒を仕込もうとした亥久雄さんを目撃。そのまま殺害しようとしたところでロックさんが亥久雄さんに話しかけたんだろう。ロックさんに正体がバレる危険性があるため、殺害は断念。代わりにキッチンの人形から連絡を受けた亥久雄さんの部屋の人形が彼を殺害した。そして密室状態だと自分が疑われると恐れた人形は、亥久雄さんの首からネクタイを外し、その輪を窓のクレセント錠にひっかけて開錠し、窓を開けたんだ。外部から何者かが侵入したかのように見せかけるために。これらの行動はマニュピレーターがなくても、手にネクタイを引っ掛けるだけで行える行動だった。だが――」

「窓の外にすぐ壁が迫っている事は知らなかった。ワタシ達にインプットされたM3104には、庭の情報はなかったから」

「そういう事だ。再び窓を閉めようにも、クレセント錠を下すことはできたが、手が届かないから上げることはできない。やむなく放置するしかなかったんだろう。こうして奇妙な密室が出来上がった」

 第三の事件は言わずもがな。卯月さんに首を絞められた閑奈を助けるために、エミリアが彼女を殺害した。

「どうだ、エミリア。俺の推理は間違っているか?」

 全てを暴いたはずだ。にも関わらず、エミリアは余裕の笑みを崩さない。

「面白いお話だったわ。ところで、私達が犯行を行った証拠はあるのかしら?」

「なるほどな。それがお前の余裕の正体か」

 人形の体を調べて射出装置と毒針がある事を調べれば証拠になる。だが、その瞬間に私は毒針を打ち込まれるだろう。命懸けの捜査になってしまう。

 だが、私は探偵である。警察でも裁判官でもないので証拠は必要としない。ただ、事件を解決するだけだ。

 私はエミリアに向け、わざとらしく笑いかけた。

「証拠が見つからなければ自白させればいい」

「あら、私が自白するとでも思って? 力づくで聞き出そうとしても無駄よ。監禁も拷問も、私たち機巧人形には意味が無いわ」

 知っている。アリスはほっぺを引っ張られても痛がるそぶりは見せないし、一晩中微動だにせず監視できるくらいなのだ。肉体的苦痛も精神的苦痛も、人形達には存在しないのだろう。

「勘違いしているみたいだが、俺はお前が犯人だなんて一言も言っていないぞ」

「……どういう事?」

 訝しげに眉を顰める。

「エミリア。お前は人形。道具であり、謂わば殺害の為の凶器だ。つまり、お前を用意した人間こそが犯人なんだよ。だがな、それが誰なのか俺にはわからないんだ」

 私の言いたいことに気付いたのだろう。訝しげにこちらを見ていたエミリアの顔が、驚愕に変わる。

「お前を、お前達を作った犯人は、機巧人形の事を知っていて、尚且つ人形達をこの家に配置した人間だ。つまり容疑者は弁一、龍彦さん、そして、閑奈ちゃんだな」

「ソウジさん、もしかして……」

「さっきの推理通り弁一が犯人なら探偵の俺をここに行かせる意味がない。そして龍彦さんが亡くなっている以上、取り調べはできない。なら残る容疑者である閑奈ちゃんから聞きだすしかない」

 先ほどまで優雅な笑みを浮かべていたエミリアの顔が、般若のような形相へと歪み、とても人形が出せるとは思えないほどの殺気を放つ。だが私は怯まない。敢えて醜悪な笑みを浮かべ、悪役に徹する。

「言っておくが警察でも裁判官でもない俺には黙秘権も何も通用しないぞ。相手が少女だろうが関係ない。何がなんでも聞きだしてみせる」

「わかったわよ! 認めるわ。私は龍彦さんに作られた、閑奈を守るための機巧人形。私が、私たちがあの外道共を殺したのよ」

 かくしてエミリアから自白の証拠を得ることができたのであった。

「それで、龍彦さんはどうしてお前達を作ったんだ?」

 エミリアは腕組みをして苦々しい顔をしていたが、やがて口を開いた。

「龍彦さんは、歳をとってからできた娘の閑奈をそれはそれは溺愛していたわ。私は半年くらいしか付き合いがなかったけれど、その溺愛っぷりは私にもよく伝わった。だからこそ自分が死んだ後に当主の座が閑奈に継がれるようにしたのよ。そして同時に、名声欲の強い弟や妹が、当主の座を奪うために閑奈に危害を加える事を恐れた。だから自分の死後、永遠に閑奈を守れるように私を作ったの。そして、さらに守りを強固にするために日本人形を作り出して各部屋に配置した。これが龍彦さんの動機の全てよ」

「ヤッパリ、犯人の目的は閑奈を守る事だったんデスネ」

 動機は分かってはいたが、自分が死んだ後も閑奈を守るためにここまでするとは、愛どころか執念を感じる。

「あと、さっき探偵さんは私の事を殺人機巧人形だとかセンスの無い呼び方をしたけれど、私の正式名称は守護機巧人形。閑奈を守るナイトよ」

 エミリアが挑発的な目を向けてくる。

「それで、あなた達は私をどうする気? 人に危害を加える危険な道具は廃棄されるのかしら」

 私は返答に詰まる。

 エミリアを道具だと言い捨てる事は簡単だ。

 だが、それは機巧人形全員を、そしてアリスを道具とみなしてしまう事になる。。

「?」

 私が視線を向けると、アリスは小首を傾げた。その動作は人間の動作と遜色ない。

 アリスと共にいたこの三日間。人間離れした機能を幾つか見てきた。

 だが、笑った顔も、喜んだ顔も、拗ねた顔も、怒った顔も見てきた。

 それらは普通の少女の振る舞いのそれであった。

 AIが人間らしく見えるように行動しているだけなのかもしれないが、そんなもの、人間だって同じだ。当たり前の話だが人はみんな違う。それでも周りに同調し、最大公約数的な人間を演じているのだ。

 だから。

「廃棄はしない。お前達を全員弁一の元に連れて行く。もう二度と人に危害を加えられないように改造して貰う」

 それが、私の出した事件の解決だった。

「弁一。高野博士の事ね。私たちは解体されるのかしら?」

「タカノ博士はそんな人ではありマセン。博士は自分の作品に愛情を――」

「それに、閑奈を守ることができなくなったら、私たちは存在意義を失うわ。ロボット工学三原則の第三条じゃないけど――自分の身は守らないとね」

 背後で扉が軋む音がした。

 反射的に立ち上がって振り返るも、開け放たれた扉の向こうには誰もいない――いや、目線を下げると、そこには木蓮模様の和服を着た日本人形が立っていた。

「馬鹿な、日本人形達はドアノブに手が届かないから扉を開けられないはず……」

 そこまで言いかけて気づいた。扉のそばに、睡蓮模様の和服を着た日本人形も立っている。

 広間にいた日本人形は二体。彼女達は肩車をする事で、ドアノブまで手を届かせたのだ。

 人形は口から砲塔を突き出し、毒針を射出しようといる。

「ソウジさん!」

 アリスが私の前に躍り出ると同時、人形の口から射出された毒針がアリスの肩に突き刺さる。

 人間なら致命傷となる一撃。だが、人形であるアリスには効かない。

「このっ!」

 アリスは自分に刺さった毒針から日本人形の口まで繋がったワイヤーを思い切り引っ張り、人形を自分の元に引き寄せ、そのまま人形を掴む。

「アリス、やめろ!」

 私は制止の声を出すも、遅い。

 アリスが人形を掴んだ瞬間、閃光が迸ると同時、轟音を撒き散らしながら、爆発が起きる。

「うおぉ!」

 空気が震え、熱気が肌を襲う。

 煙の向こうで、アリスは愕然としていた。

「イッタイ、何が……」

 アリスの左腕は見るも無惨に壊れていた。肩の部分で焼け焦げた着物から、フレームや千切れたコードなどの内骨格が覗いている。

「毒があれば人間相手には抵抗できるけど、機巧人形相手には無力でしょう? だから対機巧人形用の武器もあるのよ。一回限りの、自爆が」

 エミリアの歌うような説明に歯噛みする。先ほどエミリアが証拠の話を持ち出した時、毒が効かないにも関わらずアリスに彼女を調べさせなかった理由が、これを恐れての事だった。

 探偵の仕事をしてから知った事なのだが、犯罪者というのは自分が同じ手口を使われる事を警戒しがちなのだ。

 機巧人形を殺人に使う人間ならば、同じく人に危害を加える機巧人形が現れた時のために、対機巧人形対策をしてもおかしくないとは思っていた。だがまさか、自爆特攻とは。

 廊下からさらに日本人形達がやってくる。蓮の人形がすでに扉を開けて彼女達を解放したのだろう。

 その内の一体がアリスの胴体に飛びついた。

「この……っ!」

 残った右腕で引き剥がそうとするも間に合わない。再び爆発が起き、アリスの胴体が四散した。

「アリス!」

 煙が晴れると、そこにはアリスの頭部が転がっていた。

「あ……あ……」

 綺麗な金髪はあちこちが焼け焦げ、顔を覆うゴムの半分が剥がれて内骨格を露出している。

 私はよたよたと近づき、無惨な姿を晒しているアリスの頭を拾う。

 私の中に、この三日間の彼女との思い出が蘇る。思わず首だけになった彼女を抱きしめる。

「アリスーッ!」

「まだ壊れていマセン」

「うわあっ!」

 首だけで喋る不気味さに思わず放り投げそうになった。

「ワタシの基盤とバッテリーは頭部にありマス。頭だけになっても壊れる事はありマセン」

「そ、そうか。良かった」

 見た目はともかくとして、アリスが無事だったのは喜ばしい。

「だが、このままだとどっちにしろ俺たちはお陀仏だな……」

 廊下からは日本人形達が続々と駆けつけてくる。タチの悪いホラー映画のようだった。

「さあ、爆死と毒死。どちらが好みかしら?」

 その日本人形達を統率するのは、フランス人形エミリア。

「ソウジさん。あなたと一緒にいたこの三日間は楽しかったデスヨ」

「縁起でもない事を言うな」

 とはいえ、打開策は思い浮かばない。近づけば爆殺され、距離をとっても毒殺される。

 いよいよ、これまでかと観念した時。

「うわあああぁぁぁっ!」

 廊下の沙希から悲鳴が聞こえる。この声は、和真だ。

「何が起きてるのよ、なんなのよこの日本人形達は!」

 美月の声も聞こえる。玄関の方からだ。。恐らくは先ほどの爆発音を聞いて玄関を開け、ホラー映画ばりの光景に度肝を抜かしているのだろう。

 人形達の注意が逸れた隙を逃す私ではない。

「和真君、美月ちゃん、外に逃げろ!」

 私は叫びながら、アリスの頭を抱えて窓を開ける。

 寒気が部屋の中に入り込む。幸いにして窓の外は除雪してあった。もし雪が積もったままならば足をとられている間に毒針を射ち込まれて死んでいたところである。

 私はスリッパを履いたまま外にでると、玄関に向かって駆け出す。

「あらあら。あの子達にもバレちゃった。じゃあ、殺してしまわないとね」

 窓からエミリアと彼女率いる日本人形達がゾロゾロと飛び降りてきて、我々を追いかけてきた。

「どこに逃げればいいんだ⁉︎」

 例え玄関から屋敷に戻って部屋の中に立て籠っても、扉が爆破されれば侵入を許してしまう。屋敷から離れようにも、雪に足を取られている間に毒針を打ち込まれるだろう。

 これではまるで、ここに来る道中に海円さんが語ってくれた怪談と同じ展開ではないか。その偶然の符合に戦慄してしまう。

「ソウジさん」

「なんだ」

 アリスは苦悶の表情を浮かべながら、唇が半分欠けた口を開く。

「エミリア達はカンナちゃんを守るようにプログラムされていマス。なので、どうしても助かりたいなら、最低最悪の方法を提案できマス」

「奇遇だな。俺も最低最悪の方法を思いついていた……けれど、絶対にその手段はとらない」

 そう言うと、腕に抱えたアリスの頭が微笑んだ。

「ソウジさんがそう言ってくれる人で安心しマシタ」

 私とアリスが思いついた方法とは、閑奈を人質にとる事だろう。近づけば閑奈を殺すと言えば、彼女の命を守るようプログラムされたエミリア達は我々に危害を加える事はできない。

 だが、それは閑奈の中に消えない傷跡を残すことになる。

 それでは、事件解決はできない。

 なんとか、この事態を出来る限り遺恨なく解決したい。

 我々の声を聞きつけたのか、玄関方向から和真と閑奈と美月と海円さんがが現れる。

「あれは、さっきの日本人形達!」

「エミリア⁉︎ どうして動いて……」

「きゃあああ! アリスさん、いったい何が……」

「説明すると長くなるが、とにかくあの動く人形達が今回の事件の犯人なんだ!」

 非現実的なこの状況を上手いこと説明する事は難しい。

「要するに、スモール・ソルジャーズのような状況に陥っているわけですか」

「スモール・ソルジャーズ……?」

「そうなんだけども!」

 一番わかりやすい説明なのだが、子供達にもアリスにも伝わらない。

「とにかく逃げるぞ!」

 襲ってくる人形達から逃れようと我々は駆け出そうとするも、閑奈だけはその場に立ち尽くしている。

「閑奈ちゃん!」

「七崎さん、嘘だよね……エミリアが、人を殺したなんて」

 震えるその声に、私は何も言えなかった。

 両親を失った閑奈は、いつもフランス人形、エミリアを抱きしめていた。両親を失った少女の、心の拠り所。それが閑奈の心の中でどれほどの比重を得ていたのか、他人である私には窺い知ることはできない。故にこの状況になって閑奈がどう思っているのか――裏切られた事への悲嘆、憤怒、驚愕、絶望――私にはやはりわからない。

「閑奈殿。迷いを抱く事は人生に於いて避けることはできぬ宿命。しかし、それで立ち止まっていてはいけません。迷いが全て解決できるとは限らないが故、迷いを抱いたまま、成すべき事を為しなされ。今成すべきことは――生き残る事です」

 そう言うと海円さんは閑奈を抱え駆け出す。行脚で慣れているのか草履を履いても雪道を危うげなく駆けていく。

 私も遅れて駆け出し、なんとか四人に合流する。

 体格差は如何ともし難いだろう。歩幅の小さい日本人形達を引き離すことに成功し、我々は家の角を曲がって息をつく。

「それで、スモール・ソルジャーズって事は、あいつらは小さなロボットって事ですか?」

 意外にも美月は知っていたらしい。そして非現実的な出来事に意外にも順応が早い。まああの光景とアリスのこの惨状を見れば受け入れざるを得ないだろうが。或いは今時の子供達はファンタジーへの順応力が高いのだろうか。

「ああ。アリスもキャシーさん達この屋敷の人も、みんなロボット……機巧人形だ」

「改めマシテ。探偵助手機巧人形、アリス・パペットと申しマス」

 首だけで喋ったアリスに、美月と和は引く。

「アリスお姉ちゃん……こんな酷い姿になっちゃって」

 閑奈だけは、無惨な姿となったアリスに手を伸ばして頬を撫でる。

「これ、エミリアがやったの?」

「正確に言えばエミリアに統率された日本人形だ。あの人形達は、毒針の射出と自爆ができる。寅吉さん達が殺されたのは毒針が原因で、アリスがこんな姿になっているのは自爆が原因だ。そして、あいつらは自分達の正体を知った俺達を殺そうとしている」

 閑奈以外の。その言葉は敢えて口に出さなかった。

 美月と和真がどんな行動に出るか読めなかったからだ。

「そんな凶暴な奴らが屋敷にいたなんて……。アリスさん。あいつらに何か弱点はないんですか?」

「カズマ君。エミリア達を破壊するつもりデスカ?」

 閑奈が怯えた目を和真に向ける。しかし、彼は気づかずアリスに捲し立てる。

「当然でしょう! 七崎さんの話が本当なら、僕の父さん達はあいつらに殺されたんです。それに、今も僕たちの命を狙っているんですよ!」

 隠す事なく機巧人形を破壊する旨を叫ぶ。

 無理もないだろう。私と違って和真には機巧人形になんの思い入れもない。壊す事に躊躇はないのだ。 

 私の中にも葛藤はある。如月探偵は、周囲の人間から犯人への一方的な糾弾を嫌った。みんなの前で推理を披露する事なく、犯人を呼び出して自首を勧めていた。

 如月探偵の事件解決は、犯人をも救おうとしたのだ。

 だから私も当初はエミリアをなんとか説き伏せる事ができないかと思った。

 だが、彼女はなんの痛痒も無く我々を殺そうとしている。このままでは海円さんも、和真も、美月も殺されてしまう。

 もはや、エミリア達を破壊するしか皆んなの命を守る方法はないのだろうか。

「防水加工は完璧なので、水で動けなくなる事はありマセン。ワタシの分析によるとあのサイズなら衝撃にも弱いハズデス。思いっきり殴れば壊せマス。あとは電流を流されると電力次第でショートしマス」

 アリスも私と同じ考えなのか、機巧人形を破壊する方法を口にした。だが、打開策に繋がりそうにはない。殴ろうとしても爆発されたらこちらも無事では済まないし、棒か何かで殴打しようにもあの数では一体か二体破壊したところで他の人形に毒殺されるだろう。

「拙僧の記憶が確かならば、倉庫にガソリンがあったでしょう。あれで屋敷ごと爆破するのはどうでしょうか」

「お家なくなっちゃうの⁉︎」

「随分と過激な発想をしますね……」

「まあ、寺はだいたい燃やされるものですからな。突飛な発想というわけではありません。僧侶と火事は縁があるのですよ」

「その縁はさっさと切った方がいいですよ。流石にそれは最後の手段です」

「そうだ、電気じゃなくて電磁波はどうですか。あの映画でも最後は電磁波でロボット達を無力化していたじゃないですか」

「電磁波……美月さん、それは電磁パルスの事ですか?」

 美月の提案に和真が反応した。

「パル……えっと、何それ」

 私は記憶の中で埃かぶっていた知識を披露する。

「確か、空で核爆発が起きたらガンマ線の通過で電子が飛び散って、それが強力な電磁波になって電子機器に負荷をかけて故障させるとかいうあれか」

「拙僧にはよくわかりませんが、電子レンジで電子機器が壊れるようなものですか?」

「それは知りません」

 職業柄幅広い知識を持つようにしているが、あくまでアンテナを張っているだけなのだ。アンテナでキャッチしてから深く調べるようにしている。

「電磁波を発生させるなら、電子レンジを分解してマグネトロンを取り出して大きな電力をかければ可能です。けれど電子レンジ程度のマグネトロンだと、よほど強い電力を流さなければいけません。強い電力か、あるいはもっと強力なマグネトロンがあれば……」

 和真がそこまで言いかけた時、角の向こうから人形達が雪を踏み締める音が聞こえた。

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