第29話 底辺配信者さん、苛立たせる

「なんでメリッサさんが? ……と、それは後回しにしましょうか」


 エモリスは倒れた僧衣の少女を庇うように立つ。

 拳を構えて、丸のみデーモンに対峙した。

 軽快な足運びはボクサーのよう。


「まずは、わたしの友達を食べようとしたあなたをお掃除しないと」


 ゴアアァァァ!


 丸のみデーモンの全ての口が吠えた。

 そして、その全ての口から呪詛が紡がれる。

 無数の腕で掴みかかるのではなく、各種多様な呪詛でエモリスを遠距離から呪うつもりか。

 それに対して、エモリスも呪文を唱え始めた。

 なぜなら、彼女はソーサラーだから。


『え』

『うっそだろ!?』

『エモリスちゃん、呪文使えないはずじゃ』

『レベルアップしてる!?』

『😲』


 コメント欄に困惑の声が流れる。

 だが、丸のみデーモンの方が早い。

 忌まわしいデーモンの言葉が周囲を汚すと同時に、呪文が発動した。

 石化や盲目化、嘔吐や毒をもたらす呪いがエモリスに降りかかる。

 皮膚がただれ、体中から血液を吹き出す病魔の呪い。

 生きながら臓腑が腐り出す呪詛。

 それらが一瞬でエモリスを蝕み、その身を朽ち果てさせる。

 そう思えたが、丸のみデーモンは怒りの声を上げる。

 エモリスが依然として拳を構え、立っていたからだ。

 どういうからくりか、エモリスは全ての呪詛に抵抗してのけたようだった。

 それも完全に。

 なんの効果も受けていない。


『なんで無傷なん!?』

『魔力がめちゃくちゃ高いとか魔法完全無効のゴーレムとかなら無傷で済むかもだけど』

『魔法使えないソーサラーの癖に魔力高いとかもうわかんねえな』


「こんなこともあろうかと、ここに来る途中でゴーレムぷにょちゃんを拾っておいてよかったです♪」


 そう言って、エモリスが懐からチラリとみせたのは土色の小さなスライムだ。

 そのスライムから発せられるなんらかの力場がすべての呪詛を弾いてしまったようにみえた。

 だが、それで力を使い果たしたのか小さなスライムはぐずぐずと液状化し、形を保てず地に落ちる。

 べしゃりと潰れてもう動かない。


「ああ! こんなにかわいいゴーレムぷにょちゃんが……! ひどい……なんてことを……!」


『ええ……?』

『身代わりにしたのはあなたでは……』

『こんな便利スライムいたら俺も使うわ』

『なんでもぷにょちゃんってつければ許されると思ってない?』

『ていうか呪文詠唱中だったのでは? なんで途中で話し出した?』


 リスナーからのツッコミがガンガン入る。


「あ、そうでしたそうでした。呪文の途中でしたね」


 エモリスはきりっとして丸のみデーモンに向き直る。

 丸のみデーモンは再びすべての口から呪詛を呻きだそうとしていた。


「させません! スリープ、クラウド!」


 エモリスが唱えたのは眠りの雲を生み出す魔法。

 短くそれが唱え終えられると同時に、エモリスの身体は丸のみデーモンの懐に瞬時に踏み込んでいた。

 目にもとまらぬ機動。

 そして、その勢いのまま突き出された拳が丸のみデーモンに撃ち込まれる。

 ぱっ、と血煙が上り、丸のみデーモンは肉片と化していた。

 血と肉片が飛び散るその光景はまさに真っ赤な雲が漂うかのよう。


『うわ』

『きたねえ!』

『どこがスリープクラウドやねん』

『スリープクラウド(物理)』

『確かに呪文唱えたあと雲みたいになったけども……』


「ふう、どうやら寝てくれたみたいですね」


『永遠にね』

『デーモンも魔法耐性相当あるのに眠らせるなんてエモリスちゃんソーサラーの才能あるな!』

『ぐろ』

『お食事中のお子さんだっておられるんですよ!』


 エモリスは倒れているメリッサに屈みこんだ。

 丸のみデーモンに半分食べられていたのだ。

 意識はない。


「……大変……! 危険な状態です。これは蘇生措置を試みないと……ええと、まず胸元を開いて……それから口に直接息を吹き込む……」


『お!』

『いいねぇ!』

『まず服を脱ぎます』

『ヒールとかポーションとか無いの?』


 エモリスがメリッサの僧服の胸元を広げようと手をかける。

 と、メリッサの目が開いた。


「しなくていい。目は覚めた」

「あ、メリッサさん、本当に大丈夫ですか? 無理しないで、わたしに任せて横になっていた方が……」

「体に異常はない。触らなくていいって言ってるだろ」

「でも、デーモンに飲み込まれて息ができなかったわけですから、窒息して呼吸不足でしょう? 肺に空気を送る処置は受けた方がいいと思うんですよね」

「顔、近づけるのやめろ?」


 メリッサは押し返すようにエモリスを手で突っ張る。

 エモリスは諦めて溜息。


「……そんなに照れなくても」

「……またか。いつもいつも……照れるとかではなく、必要でないからいらないと言ったまでだ」


『あーあ……』

『やらんのかい』

『がっかり』

『ケガとか無くてよかったじゃん! みんななにがっかりしてんの?』


 エモリスは改めてメリッサに尋ねた。


「ところで、メリッサさんはどうしてここに? ……あ、もしかしてわたしに会いたくて……」


 はたと気付いたエモリス、合点がいったようにうんうん頷く。


「なるほどなるほど。それで、ここまで来てくれたんですね? いやあ、そこまで思われてるなんて……」

「全っ然違う! 私はただ、ここに興味深い素体がいると聞いて捕獲しようと……」

「……ふふ、照れてるんですね? わかります!」

「なにがだ? おい、お前いい加減にしろよ? 照れるとはなにに対して?」

「えへへ、それはまあ、メリッサさん、ほんとはわたしに会いたくて追ってきたのにそうじゃないなんて言い訳しちゃって照れてるんだなあって。でも、そういう風に言っちゃうのありますよね、わかります、わかりますよぉ」


『わかります(わかってない)』

『また変なこと言いだしたよこの人』

『そんなこと言ってる場合?』


「ああ、もう! お前の言っていることは的外れなことばかりだ。この前も……!」


 メリッサは目つきも悪く、エモリスを睨みつける。

 それから、眉間に皺を寄せたまま目を瞑って、はあ、と吐息。


「……だが、丸のみデーモンから助けてもらったのも確かだ……ああ、腹が立つ! お前にこんなことを言わなきゃならないのが腹立たしい! ……が、一応言っておく。ありがとう、助かった……」

「いいんですよ! デレてくれたんですね!」

「絶対! そういう風に言われるだろうから礼なんか言いたくなかったのに……!」


 メリッサは歯を食いしばり。自分の感情を抑え込もうと必死なようだった。

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