校内放送で公演したら良いんだよ!
おれとサクラコの
「よ、ヨルカ。ちゃんと撮れてたか?」
『うん。ちゃんと録画されてる』
彼女からのチャットに、おれは盛大に息を吐いた。
「良かった、今の良かったよ! ねえボブもそう思うでしょ!?」
「ええ、アニーとクララベルも喜んでますよ。あとボクは宗像ササエです」
我を取り戻したサクラコと脱いだボブも嬉しそうで、ハイタッチまで交わしている。失敗したからではなく、思いの外に上手くいったからこその反応だ。
正直、今日くらいを最後にし、駄目だったら見繕った既存の脚本を使うことを決めていたが。最後の最後で、かなり手ごたえがあった。
『宇宙船が舞台とはいえ、こんな物語になるなんて思ってなかった』
「ホントだよな。咄嗟に出て来たとはいえ、世界観も分かりやすかったし」
はしゃいでいる後輩を余所に、二人でビデオカメラを覗き込んでいるおれとヨルカ。うん、映像も音声も問題ないな。SFチックで長すぎないストーリーだし、これなら脚本に落とし込めそうだ。
『これもサクラコちゃんのお陰だね。マモリさんに教えてもらってからの彼女、ホントに凄いから』
「……そーだな」
ヨルカのチャットをみて、おれの心に影が差した。
マモリ部長の指導があってからというもの、サクラコは何かのコツを掴んだのか、一気に存在感を出してくるようになった。
表情、仕草、声色、歩き方から指の先まで。ただでさえ才能豊かな個性派俳優が、更に一歩先へと進む。見返していても、素人である筈の彼女の演技につい目が奪われてしまう程だ。
おれは無意識のうちに、奥歯を噛んでいた。
「あっ、良いこと考えた! ねえねえリョウちん先輩、活動実績って何も文化祭じゃないといけない訳じゃないですよね~?」
「へ? あ、ああ、まあ。多分」
不意にサクラコに話しかけられたことで、おれは間抜けな声を上げてしまっていた。
「公演したって実績なら、何も文化祭に限った話じゃないとは思うけど。他にちょうどいい機会なんて」
「あるよ、あるある。校内放送で公演したら良いんだよ!」
両手を勢いよく挙げて胸を揺らして、サクラコは快活な声を響かせた。その内容に、そこにいた一同が唖然となる。
「校内、放送?」
「そ~そ~。ほら、昼休みに放送部がやってるやつ!」
ウチの高校には授業用のチャイムや先生方の呼び出し用の放送機器とは別に、液晶テレビがどの部屋でも天井からぶら下げられている。
この文化棟の二階にある小さなスタジオを使って、お昼休みに学校行事や校内のニュース、ちょっとした企画なんかを映像つきで流しているのが放送部だ。
「クラスには放送部の知り合いもいるし、頼んだら枠くらい取ってくれるって。昼休みなら、みんな観てくれるでしょ? アピールにもなるじゃん!」
「なるほど、な」
思わず唸ってしまった。直近にあるイベントばかりに気を取られていたが、考えてみれば何も文化祭にやらなければならないことはない。その前に条件さえ満たしてしまえば、廃部は免れるのだ。
『そんな手があったとは。このヨルカの目をもってしても、見抜けなかった』
「確かに話は早いですね。ちょうど脚本もまとまりそうですし」
「でしょ~! ねえねえ凄くない、この発想!?」
全員からの良い感想をもらって、サクラコが自慢の胸を張っている。
確かに目から鱗が落ちる意見だった。演技といい、この提案といい。彼女は今、絶好調だな。
面白くない、くらいに。
「どうどうリョウちん先輩!? 校内放送での公演、やろうよやろうよ~!」
「あ、ああ、凄い思い付きだな。やってみても、良いかも、しれん」
「えへへ~、褒められちゃった~!」
「っ!?」
それほどでも~、と後ろ頭を掻いているサクラコの傍ら。
突然、ヨルカが身体をピクっと揺らしていた。何事かと思っていると、彼女の頬が赤くなっていく。
「……あたった」
「ど、どうしたヨルカ? 当たったって何が」
「あたった、あたった。応募してたコスプレイヤーさんの衣装公募にあたったっ!」
「ッ!?」
おれは驚かざるを得なかった。少しは慣れて来たかと思っていたが、まだまだサクラコやボブの前では喋られなかった筈の彼女が、興奮したように大声を上げたのだから。
「あっ……ぴ、ぴよぴよ」
もっとも、すぐに我に返ってひよこ饅頭に戻ったが。
「え~、ホントですか!? すご~い! あの人の企画って、滅茶苦茶応募あったやつじゃないですか。ヨルヨル先輩、おめでとうございます~!」
『サクラコちゃんが知ってるとは、意外。あんまり興味ないのかと思ってた』
「そ、そんなことないですよ〜、有名な人じゃないですか〜ッ!」
「凄いじゃないですか、ほら、クララベルも喜んでますッ!」
サクラコと躍動するボブの右の胸筋に祝福されているヨルカ。おれもおめでとうこそ言ったが、一抹の不安が過ぎった。
彼女の意識が演劇部ではなく、完全にそちらに向いたのではないかと。
「ヨルヨル先輩も当たったし、これは来てるね、追い風が! 乗るしかない、このビッグウェーブに。あたし、さっそく放送部の子に連絡するね!」
「ま、待てってッ!」
流れのままにスマホを取り出したサクラコを見て、おれは慌てて手を前に突き出していた。
「まだ脚本の題材が決まったばっかりだし、演技練習はこれからなんだぞ。せっかくの初舞台になるんだし、慌てなくても良くないか? そもそも衣装や小道具を考えて見繕う時間だって」
「いやいや。善は急げ、行ける時はガッツリ行っちゃおうよ~!」
だが勢いに乗っているサクラコは、それだけで止まってはくれない。
「さっきやったやつ覚えれば大丈夫だって~。いざとなったら、アドリブで乗り切っちゃおう! あたし達、ずっとそうやってやってきたんだし」
「そ、そうは言うがな。人に見せるものなんだし、もう少し時間をかけて」
おれのスマホが震えた。ヨルカからのチャット通知だ。
『わたしはやってみるの、良いと思う』
「よ、ヨルカ?」
『ずっと見てたから分かるけど。リョウイチとサクラコさん、かなり慣れてきてる。多分、多少のトラブルじゃ、揺るがないくらいの』
チャットを送ってきているヨルカの顔を見れば、彼女はちゃんとこちらを見ていた。嘘はない、といった雰囲気も感じ取れる。
『やってみよう。回さないガチャは当たらない、ここは十一連を回すべき』
「部活の危機をソシャゲのガチャに例えるな」
でもヨルカは、話しながらチラチラとスマホを見ていた。おれの中で不安が上乗せされる。
「ボクもやってみても良いと思います。何せ最近、瀬川さんの上腕二頭筋、しなりが良いですからね」
「セクハラだな、会長サマを呼ぼう」
「いや~ん、穢された~!」
「なんでッ!?」
セクハラボブは堅物会長サマに任せるとして。正直、全員がここまでやろうという流れになるとは思ってなかった。
サクラコはもうイケイケモードで、ボブは尻馬に乗っかっている感じだし、ヨルカも当選したことで浮足立っている感が拭えない。
ここでおれが部長権限でもって止めさせることもできるが。空気を読むのであれば、やる一択だ。
この空気はあれだ、絶対にやりたくない出し物を賛成多数で強制される時のやつだ。民主主義の弊害、数の暴力。三対一では、とても敵う気がしない。
強権を行使すれば、待っているのは非難と落胆、空気が読めない奴というレッテルだけだ。おれみたいな奴が一度張られたら、部活中ずっとついて回る呪いとなる。
場の空気でもって強制してくる、このやり方。あの時と一緒じゃねえか。
だから陽キャは嫌いなんだ。
「……分かった。なんでもやってみるのが、大事だよな」
「さっすがリョウちん先輩! 話が分かる~!」
サクラコが嬉しそうに歯を見せて笑いかけてくる。何が話が分かるだ。同調圧力で、ほとんど強制させたみたいなもんじゃねえか。
「とは言え、練習時間やその他諸々の目途がついてからだ。明日すぐとか、そういうのはナシだぞ」
「え~、こういうのは思い立ったが吉日なのに~!」
「しゅっしゅ、しゅっしゅ」
「す、すみません。ボク、訴えられませんよね? ほら、効率的な筋トレとか教えられますし」
すぐにでもやりたそうなサクラコ。嬉しそうにスマホを弄っているヨルカ。失言の心配しかしていないボブ。今からみんなで舞台を作ろうってのに、全然まとまりがねえじゃねえか。
早まったか、としか思えなかったが、雰囲気に逆らうこともできず。いつものように、陽キャのやりたいレールに無理やり乗せられることになった。
嫌な記憶も蘇ってくるが、まあ悲観ばかりしてても仕方ないか。廃部を告げられたあの時から考えたら、四人になって舞台を考えるところまで漕ぎつけられたんだ。
普通に考えて、かなり幸運なことじゃないか、これ。もしかしたらこのイケイケの空気が、全部解決してくれるかもしれんしな。
開き直って、良い方向に考えよう。校内放送で公演して部員があと一人来れば、ミッションコンプリートだ。マモリ部長から受け継いだ演劇部は、絶対に潰させやしない。
陽キャに引っ張られるのは癪だが、解決するならもうなんでもいいか。うん、不安が皆無とは言わんけど、なんか行ける気がしてきた。
おれは急いで先ほどの
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