通りすがりのダビデ像しかやりませんよ
今日も今日とてヨルカが見守ってくれている中、おれはサクラコと
時期的にもそろそろ脚本をまとめて稽古に当てていきたいが、未だになかなか良いものが出てこない。焦りが芽生え始めていた。
「ああ!? 説明書には、んなこと書いてなかっただろうがッ!」
「申し訳ありませんが、書いてなくても分かるでしょう。あなた何歳ですか、常識で考えてください」
舞台は家電量販店。今おれは買った製品に欠陥があったと訴える客役で、サクラコが店長役である。
クレームはおれから始めたのだが。サクラコが変なことを言ったが為に、おれは買ったドライヤーのコンセントで縄跳びしてたら壊れたことに対して怒っているという、アホを演じるハメになっている。
この知能Sサイズに常識で考えろと言われると、お前が言うなとたわしを投げつけたい。だが生憎、手持ちのたわしが切れている。命拾いしたな。
「書いてない方が悪いに決まってんだろォッ!? お客様は神様だろうがァッ!」
「その辺にしておいていただけないでしょうか、他の神様のご迷惑となりますので」
「ぬぅぅぅん」
難癖をひねり出してぶつけ、サクラコがいなしている最中。おれ達の背後には上半身裸でスキンヘッドの、身長が二メートル弱ある日焼け肌を持ったムキムキの男が、ポーズを取って立っていた。
両腕の上腕二頭筋を強調するダブルバイセップス・フロントというポーズによって、見事な逆三角形のシルエットが現れている。
「裁判だ裁判、訴えてやるッ!」
「どうぞご随意に。その際のご対応は、法律の専門スタッフ(弁護士)からご連絡いたします」
「むぅぅぅん」
「……お前の名前、覚えたからなッ! 名札を付けてたこと、後悔させてやるッ!」
「……私は一店長でありますが故に、恥ずかしい部分等ございませんが。あなたについても支払いされたクレジットカードの情報が」
「ふぅぅぅん」
「カァァァットッ!」
諸々の限界が来たおれは、大声で叫んだ。
「っぷっはあ、も~駄目! 笑うの我慢すんの大変だった、ひ~ひ~!」
お腹を抱えている彼女を無視して。おれは横から見た胸の厚みを強調するサイドチェストのポーズへと移行した件の張本人に向かって、つかつかと歩いていく。
「おい、ボブ」
「ボブじゃないですよ、ボクは
「うるせえ、テメーなんかボブで十分だッ!」
分厚い唇とつぶらな目。日焼け肌とムキムキのその出で立ちから、ボブ以外にこいつの名前はあり得ない。世界がコイツをボブにしないなら、そんな世界は間違っている。
「同じクラスのサクラコから話を聞いて、演劇部に来てくれたことは素直に嬉しい。嬉しいんだが……
「ボディービルダーじゃなくてダビデ像ですよ。ボクが目指してるのはミケランジェロなんで」
「テメーのこだわりなんざ知らねーよ、さっさと服を着ろ。つーかお前、ウチの部室の扉叩いた時に、なんつった?」
仕方ないといった様子で服を着ているボブに対して、むかっ腹プラスワン。
陽キャとも陰キャとも判断のつきがたい例外的な奴への対処は、無遠慮に限る。同性の年下ということもあり、サクラコを相手にする時よりもよっぽど気が楽だ。
「演劇部に入りたいです。あんまり目立ちたくないんで、大道具とか照明とかの裏方志望です。縁の下の力持ちとして頑張ります、って言いました」
演劇とは舞台の上で演じる演者だけのものではない。裏で彼らを指導する演出家や、ステージを作り上げる舞台美術。大小道具等の小物、衣装、音響、照明等の、様々な要素が集まって作り上げられるものだ。専門にしている先輩もいたので、特段変なことはない。
問題は。
「目立ちたくないっつってるテメーが一番目立ってんだよッ!」
ここまで言動と行動が一致しない事案は生まれて初めてだった。
「つーか、ポーズまでキメやがって。本当は目立ちたいんじゃねえのか、お前!?」
「目立つのは嫌だって言ってるじゃないですかッ! ポーズは後で見返す為に取ってますけども、演者はやりませんからね。出ても今日みたいに、通りすがりのダビデ像しかやりませんよ」
「通りすがってんじゃねーよ、アカデミア美術館で大人しくしてろ」
「あ~はっはっはっはっは! ひ~ひ~、ボブサイコ~!」
「ボクは宗像ササエですってッ! クソァ! 筋トレと日焼けサロンが趣味ってだけで、どいつもこいつもボブボブ言いやがってェッ!」
なんでも学校の後でトレーニングジムに通い、一人で筋肉をいじめているとのことだ。最近じゃジムトレーナーに顔まで覚えられ、仕事の手伝いすらしていることもあるのだとか。やっぱりボブじゃないか。
まあなんにせよ、部員が更に増えたのは僥倖だ。陽キャ代表のサクラコが演劇部に入ったと言いまわっていたことで認知度が上がり、ボディービルダー部がなくて路頭に迷っていたボブが来てくれたんだ。
この筋肉なら運動部から引っ張りだこだったと思うが、目立ちたくないことと合わせて何か理由でもあるのか。まあ良いか、ボブだし。
あとボブを舞台に立たせられないことは、よーく分かった。しばらくはサクラコと二人ぼっちの舞台だな。コイツには望み通り、大小道具なり舞台美術なりを担当してもらおう。人手不足から、音響と照明も兼ねてもらうことになるだろうがな。
「あれ? そう言えばヨルヨル先輩は~?」
一通り笑い終わったサクラコが、キョロキョロと辺りを見回した。ボブがやってきた時には三人でいたので、一応自己紹介は終えている。
おれはパッと見て姿が見えないので視線を落としてみると、すぐに発見することができた。
「あそこだ」
「な、なんで水無瀬先輩、机の下にいるんですか?」
机の下でしゃがみ込み、両腕で足を抱えて顔を真っ赤にし、目を回しているヨルカ。ボブが訝しんでいるが、おれには既視感があった。オーバーヒートの先へ行ったな、あれは。
「ぴ、ぴよぴよ」
「きゃ~! ヨルヨル先輩ひよこの真似ですか~、可愛い!」
サクラコに見つかったことによって、ハグの突撃に見舞われているヨルカ。口から漏れているのは、雛の鳴き声。
「ど、どうしたんですか、水無瀬先輩は?」
「初対面の人間が苦手なアイツだ。ただでさえサクラコでいっぱいいっぱいだったところにボブが増えたことで、諸々の処理が追い付かなくなったんだろ。今のあいつは、生まれたばかりの雛と同じ。言わば、ひよこ饅頭だ」
「最早お菓子なんですけどッ!?」
ヨルカの人見知りは一朝一夕で治るもんでもない。荒療治にはなるが本人もサクラコの時に了承済みだし、あとはそっちで何とかしてくれ。
ボブも目の前で脱いでポーズを決める癖さえなければ、悪い奴じゃなさそうだしな。サクラコは知らん、陽キャは勝手にしてろ。
兎にも角にも、これで四人も揃った訳だ。目標の五人に対してリーチがかかった状態であり、あと一押し。文化祭での公演を成功させれば、活動実績としても無問題だし。なんだ、意外と何とかなりそうじゃないか。
わちゃわちゃし始めた部室内を見て、おれは緩く息を吐いていた。
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