第7話 国務大臣ダルフォルネ

「どういう……ことだ?」


「まだ何があったかは――現在、捜査隊を派遣しております」


「調査報告がくれば、逐一、全て知らせろ」


「はっ!!」


 私は自身の治める領地にある、南の国境の砦に来ている。

 隣国へと追放したと見せかけた『聖女ローゼリア』の捕獲を見届けるためだ。


 ローゼリア追放を遂行している人員は、すべて私の手の者だ。

 王家の監視官は追放を見届けて、すでに帰還の途に就いている。


 ここまでは予定通り。

 最後の仕上げはローゼリアを連れ戻して、我が領内の牢屋に放り込み聖女の祈りを使わせ続ける。

 そこで、この計画は完成する。

 だが、二年前から進行させていた計画に、最後の最後で狂いが生じた。




 ローゼリアを確保し帰還せよ、と伝令兵を出してから四時間経つ。

 調査隊が順次持ち帰る情報を、私は整理していく。



 どうやら、ローゼリアを乗せた馬車が複数の魔物に襲われたらしい。

 破壊された馬車の破片と、食い散らかされた兵士の肉片が散乱していたそうだ。


 だがまだ希望はある。

 ローゼリアの遺体は発見されていない。


 彼女は聖女だ。


 魔物を追い払う、結界を張れる。

 そして自身の傷を、治すこともできる。

 魔物の襲撃から生き延びることが出来た可能性は高い。



 それから暫く経ってからの追加報告で、ローゼイリアのものと思わしき足跡がピレンゾルの方へと向かっているのが確認された。


「奴は隣国へと向かったか――」





 今からでも軍を編成して捕獲に向かうか?


 いや……ピレンゾル側に気付かれれば、国際問題に発展する。

 町にたどり着く前に、捕獲できれば――



 私がそう考えていたところに、新たな調査報告が届いた。

 ローゼリアが、ピレンゾルの辺境魔物討伐部隊と接触。


 兵士たちの傷を癒し――

 聖女であると気付かれた模様――

 ピレンゾルの軍隊に守られて移動中――


「なん、だと――」



 最悪だ。


 ローゼリアが聖女であると知られる前ならば、工作員を動員して強引に連れ戻す手も打てたが――

 聖女と知ればピレンゾルも簡単には手放すまい。




 外交交渉で取り戻すのも絶望的だ。


 我が国が本気で戦争を吹っ掛ければ恐らく勝てるだろうが、ピレンゾルとの戦争を国王に納得してもらうだけの大義名分がない。


 ローゼリアの国外追放を進言し主導したのは、他ならぬ自分なのだから――



 まさか、こんなことになるとは――


「どうして、こうなった――?」



 途中までは完璧だったのだ。


 二代目聖女がお亡くなりになってから、農作物の収穫量が徐々に減り出した。

 その状況が改善された時から、国王周辺の情報収集を念入りにした。


 ゾポンドートが国王に聖女発見の報告を行った情報が入る。



 私はすぐに対抗策を打った。


 自分の領内に聖女がいるという話を、国王と王子の耳に入れたのだ。

 事前に布石を打ったことで、自分が擁立する『聖女』の信憑性を高めた。




 聖女が生まれたのがゾポンドート領でなければ、私もそんなことはしなかった。


 ――だが奴は

 ゾポンドートだけは駄目だ。


 ゾポンドートは自分の領地の経営すらまともには出来ずにいる。


 部下の不正や横領にも気付かない。

 自身も部下に唆されて、国を相手に横領を行いだす始末。

 膨大な借金を抱えて税金を大幅に引き上げ、民には餓死者も出始めているという。


 長年聖女の加護を受けてきた豊かなこの国で、どうすれば餓死者を出せるのか?


 このような人物が聖女の養父となり、王子の正妻になって中央政治に関与しだせばどうなるか?


 国のためを思えばこそ、捨て置くことは出来なかった。





 ゾポンドートの養女ローゼリアは偽聖女。


 真の聖女は私の養女ソフィであると、二年前から王家と有力貴族に根回しをして、ローゼリアをゾポンドートから引き離すため、国外追放を言い渡した。

 

 その後、国外追放されたローゼリアを回収して自分の領地に拘留すれば、すべては丸く収まったのだ。



 だが計画は最後に、魔物の襲撃というアクシデントが発生して頓挫してしまった。

 

 不運だったとしか言いようがない――

 しかし、いつまでも嘆いていても仕方がない。



「ピレンゾルに諜報員を送って、ローゼリア周辺の情報を集めろ。可能であればローゼリアと接触し、交渉の窓口を作れ!!」



 ダルフォルネの本当の戦いは、ここから始まる。

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