第6話 聖女の苦難
「ああ、ようやく――だわ」
私は馬車に揺られながら、そう独り言ちる。
阿呆王子の国リーズラグドと、隣国ピレンゾルを分ける国境を通過した。
もうここは私の運命の恋人であるピレール王子のいるピレンゾルだ。
偽聖女として拘束されてから、移動中はずっと縛られている。
あれからどれくらいの時間が経過したのか、見当も付かない。
牢屋に入れられて、兵士たちに常に監視されていた。
食事は粗末なものしか与えられず、寝床は硬い地面の上に敷いた藁の上だった。
移送されている今も、私の両脇には監視の兵士が陣取っている。
馬車の外では、数人の兵士が馬に乗って並走している厳重ぶりだ。
聖(笑)の漫画でも小説でも、こんなシーンは無かったはずだ。
牢屋に放り込まれたり、監視付きで国境を越えたり。
なぜ私が、こんな目に遭わなければいけないのか?
私の聖女の加護のおかげで、こいつらはずっと裕福な暮らしを謳歌してこれたのに、恩を仇で返すとは正にこのことだわ。
王子が阿呆なら、そこに住んでいる国民もみんな阿呆だ。
この腐った野蛮な国の愚民どもに、人権という崇高な概念を教え込んでやりたい。
いや、それは後のお楽しみだ。
どのみちこの阿呆王子の国は、これから破滅するのだから。
私はこの愚かな国が、これから辿る未来に思いを馳せて少しばかり留飲を下げる。
辺りは荒野が広がっている。
そういえば、リーズラグド側の国境には立派な砦が築かれていた。
これもおかしなことである。
聖(笑)の小説ではこの国境には荒野が広がっているだけで、他にはなにもない。漫画版では壁と門があったが壁は途中で途切れていて、端から侵入できるよな、と心の中で突っ込んでいた覚えがある。
私が読んだ聖(笑)とは、細部がかなり違っている。
この先のピレンゾルでも、本来の筋書き通りにちゃんと話が進行しないのでは?
私が不安を抱いていた時、馬車の後方から二組の兵士がこちらを追いかけてきた。
「止まれっ! もういいぞ。王家の監視員はもう帰った」
「では、手筈通りに我々も引き返すか――」
「……は?」
私が事態に付いて行けずに混乱していると、馬車は一旦停止して大きく円を描くように方向転換して、もと来た道を引き返し始めた。
「ちょ、ちょっと、待ちなさい。戻ってどうするのよ? 私をピレンゾルの町まで送り届けるのが、あんた達の仕事でしょ??」
「…………」
私は抗議の声を上げるが、兵士たちは何も答えない。
なんだかよく分からないが、このままでは私はピレンゾルではなく阿呆王子の国リーズラグドへと連れ戻されてしまうらしい。
ふざけるな!!
これまでどれだけ劣悪な環境で、我慢してきたと思っているんだ。
すべてはピレンゾルに行って、ピレールに会うためだ。
それに小説の展開通りなら、今頃ピレールは魔物に襲われて重傷のはずだ。
早く私が駆けつけて、聖なる力で傷を癒してあげなければならない。
阿呆王子の国へと、引き返している場合ではないのだ。
私はスキル『聖女の願い』を使うことにした。
提示された必要神聖ポイントはまたもや五千!
多い!!
だが、迷っている時間は無い。
私は神聖ポイントを使い、聖女の願いを発動させた。
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