第4話 聖女の願い

 私はこの小説世界に転生した転生者だ。

 前世は勤めていた企業で、苛めていた後輩に包丁で刺されて死んだ。


 逆恨みで殺されてしまった私だが……なんと!!

 こうして異世界に転生することになった。




 神様というものは、ちゃんと存在したのだ。

 

 神様の名前はメルドリアス。


「どんな世界に転生したいですか?」


 希望を聞かれたので、私は大好きだった小説の名前を告げて、ヒロインのローゼリアに生まれ変わりたいとリクエストした。



 その小説のタイトルは――

 『私は聖女です。だというのに偽物だと糾弾されて、国外追放されました。しかし追放先の国を聖女の力で豊かにして、そこで幸せに暮らしていきます。ところで、私を追放した国は聖女の加護が無くなります。大丈夫なのでしょうか? (笑)』 

 といって、コミカライズもされている超人気作だ!! 

 

 ちなみに、作品の略称は『聖(笑)』。




 そんなこんなで私は転生して、この異世界で前世の記憶を思い出した。


 私はリアという名の村娘として生まれ、前世の記憶を思い出したのは十歳の頃。

 最初は話が違うと混乱した。

 しかし調べるうちに、ここは確かに『聖(笑)』の世界だとわかった。




 小説でも漫画でも、話の始まりは聖女が追放されるパーティーからだ。


 私の転生人生は、てっきりそのシーンから始まるものだと思っていた。

 なにもこんな年齢から始めなくてもいいのに――

 この辺りは怠いのでスキップして欲しかった。


 まったく、気の利かない女神だ。

 転生時に説教してやったのに、まったく反省していないではないか――

 



 ローゼリアの人生のこの年代は、小説でまったく描かれていない。


 これからどう行動すれば、あの『阿呆王子』の誕生パーティーのシーンにたどり着けるのだろうか?

 見当も付かない。

 本当に、あの女神は気が利かない。



 とりあえず、この辺りを管轄する領主に、自分は豊穣の女神ガイアから力を授けられた聖女だと申告した。

 貧しい村娘として、このままここで暮らしていくなんてまっぴらごめんだ。




 私が生まれ育ったのは、リーズラグド王国の東に位置する侯爵の領地。

 領主の名前はゾポンドートといって、権力を笠に着て不正や横領や悪行をくり返す、ろくでもない人物だった。



 こいつが私の養父になるらしい。 


 こんなキャラクターは小説にも漫画にも、一切登場しなかったのだが――

 存在している以上は、付き合っていくしかない。



 ゾポンドートは『聖女』申告が嘘であった場合は、とんでもない重罪になると私を脅した。そのうえで聖女の祈りを使ってみろと要求してきた。



 私に付与されている転生特典は、豊穣の女神ガイアの力で十万ポイントある。


 この国に加護をかける場合は、その内から一年につき五百ポイントを消費しなければならない。正直この国のために貴重な聖女の力を使いたくは無いのだが、そうしなければ物語は前へ進まない。


 私は未来の為と割り切って、聖女の力を行使した。




 それから三年後――

 ようやく阿呆王子の誕生パーティーイベントまで辿り着いた。



 ここまでが長かった。


 生活水準自体は、この国の中でもトップクラスだった。

 そこに不満はないが、礼儀作法やテーブルマナーなどの習い事をこなさねばならず、そのうえ――手こそ出してこないものの、養父であるゾポンドートが事あるごとに私を嫌らしい目つきで見てくるのだ。


 生理的に無理! 何この地獄!!



 しかしそんな苦痛に満ちた日々も、今日でようやく終わる。

 この阿呆王子の誕生日パーティーで、私はようやく追放されるのだ。




 しかし、なにやら様子がおかしい。

 王子の上座には、小説には一切登場しなかった国王夫妻が座っているし(こんな奴ら居たのか)、これまた小説には出てこないダルフォルネなる大臣まで登場して、私の追放話を進めている。


 そこまでは、まあいい。

 私は上の空で聞き流していたのだが、看過できない問題が発生した。 


 なんと!! 

 あの阿呆王子が、聖女の能力を検証しようなどと言い出した。



 冗談ではない。


 私はこの国から追放されたいのだ。

 だって、追放されなければ愛しのピレール(隣国の王子)に会えない。



 それに聖女の追放がなければ、この国に破滅は訪れなくなる。

 それでは、この世界に転生した意味がない――



 聖(笑)の本来のストーリーはこうだ。


 本物の聖女であるローゼリアを、誤って追放してしまった阿呆王子は、国中から非難されることになる。


 自分の間違いに気付いた阿呆王子は、何とかローゼリアを取り戻そうと試行錯誤するが上手くはいかず、余計に混乱を招くことになる。

 挙句の果てには王国軍を使って、無理やりローゼリアを取り戻そうとするが、ピレール率いるピレンゾル軍に無様に撃退される。


 最後には食料不足が深刻になり、困り果てた阿呆王子はローゼリアとピレールの前で土下座をして、食料を分けて下さいと懇願するようになる。


 その際に、君のことを愛している。戻ってきてくれ!! と泣いて頼むのだ。





 私はそれが見たいのである。

 それこそが、この作品の最大の見せ場なのだ。





 ――だというのに、なんだこれは?


 このままではマズい、なんとかしなくては……

 だが、どうすれば――?




  小説では誕生パーティーに登場するのは、私と阿呆王子と偽聖女だけで、後はモブ貴族がそこら辺にいるだけだ。


 そこで唐突に、婚約破棄と国外追放を言い渡される。

 なんでも自分が真の聖女だと名乗るソフィを、阿呆王子が本物だと信じたそうだ。


 理由を聞くと、答えは服装だといった。

 聖女とは清貧であるはずである。

 慎ましやかな格好をしているソフィに対して、ローゼリアは華美に着飾っている。  


 だからお前は偽物だと言い放つ。



 阿呆としか言いようがない。

 ローゼリアが着飾っていたのは、婚約者である王子に恥をかかせない様にという、健気でいじらしい理由からだというのに――


 だが今は、今だけは……

 適当な理由で勝手に追放してくれる、聖(笑)の阿呆王子が恋しい。





 どうすればいい?

 どうすれば、私は追放されるんだ??


 聖女の加護をこっそり使えば、三年後くらいには私が偽物だということになり、晴れて追放されるかもしれない。


 しかし、それでは遅すぎる!!


 そのタイミングではピレール(隣国の王子)に会えるか分からないし、何よりこの国で、あと三年も暮らすなんて虫唾が走る。


 私は今すぐに、追放されたいんだ!!!

 

 どうすれば…………、

 ――ダメだ。何も思い浮かばない。





 仕方がない。


 最後の手段を使おう。

 聖女に与えられた便利スキル『聖女の願い』。


 これを使えば、神聖ポイントを消費して聖女の願い通りの未来になるように、物語の進行を変更することが出来る。



 私がこの国から追放されるように、願いを込めてスキルを発動させる。


 必要消費ポイントは、五千と表示される。

 ポイントは勿体ないが、背に腹は代えられない。



 私は神聖ポイントを消費して、『聖女の願い』を発動させた。




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