第2話 破滅する予定の人生への備え
カン、カン、カンッ――と、木剣を打ち合う音が、王宮の庭に響く。
俺は少し年上の美麗な女騎士と、剣の鍛錬をしている。
彼女の名前はリスティーヌ、王国近衛騎士団長オルボスの娘だ。
俺はこれから聖女を追放して、転落人生を歩むことになる。
小説に登場する『嫌われ役王子』アレス、というキャラクターに転生してしまったと知った日から、破滅する予定の人生に備えている。
今もこうして、剣の稽古に勤しんでいる。
剣の稽古をしたいと言って、父親である国王に申し出た時はあまりいい顔をされなかったが、熱心に頼み込む俺に根負けして、渋々ながらも許可を与えてくれた。
許可の下りた日から毎日、欠かさずに鍛錬をしている。
将来を見据えて、今のうちから出来ることをやっておくのだ。
俺が転生したこの世界の元ネタ小説を、俺は『あらすじ』しか読んでいない。
つまり俺が知っている小説の内容は、大雑把な筋書きだけだ。
しかも、正確に覚えているわけでもない。
俺は人気のある作品の一形態として、『聖女追放物』をいくつかチェックしてみたことがある。この世界はそのうちの一つだと思う。
生前にそのうち読んでみるかと思ってチェックしていたのだが、仕事に追われるようになってそんな時間も取れなくなって、死んだ。
こんなことになるなら、ちゃんと読んでおけばよかった。
うっすら記憶にある『あらすじ』と、勉強して覚えたこの世界の知識を合わせて、これから起こる未来を予想する。
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小説の始まりは俺(王子)の十二歳の誕生パーティーからスタートするはずだ。
俺は婚約者の聖女ローゼリアを偽物と断定して、国外追放してしまう。
追放された聖女ローゼリアは、隣国ピレンゾルで魔討伐中に瀕死の重傷を負った王子を助ける。そして、その縁で王宮で暮らすことになる。
隣国ピレンゾルは聖女の加護で繫栄して豊かになる。
一方でこの国リーズラグドは聖女の加護を失い、土地は痩せて食物が育たなくなっていき、さらに魔物の脅威にさらされて破滅へと向かう。
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これが俺を待ち受ける未来というわけだ。
俺が何故、ローゼリアを追放することになるのかは分からない。
小説本編を読んでないからな。
だが小説の展開通りに、世界は進むものだと見ておいた方がいい。
その前提で、破滅へと向かう事態に備えなければならない。
まずは剣の稽古である。
個人が少しばかり強くなったところで、たかが知れている。
だが俺には神に与えられた、転生特典がある。
この鍛錬も役に立つときが来るだろう。
それと同時に進めるのは、情報の収集と整理だ。
何せ俺は、この世界のことをまるで知らなかった。
身近で情報源になりそうなのは、オルボスとゼニアスくらいだ。
軍事関係ならオルボスで、貴族関係ならゼニアスに聞けるが、もう少し人材を増やしたいところだ。
とりあえず、二人から聞いた話を整理しておく。
まず、この世界には、大小合わせて六十八の国がある。
この国、リーズラグドは二代続けて聖女が発見されたこともあり、現在は豊かな大国になっている。
二代目聖女は三年前に死んでいて、聖女の加護が途切れる寸前だったが、三代目が現れ聖女の加護が復活して、国中が安堵し喜びに包まれている。
ちなみに、他の国にも聖女は複数存在していて、聖女保有国は現在五つある。
聖女の加護は一年ごとにかけ直さなければならず、加護が途切れると効力は徐々に薄くなっていく。
この世界のモンスターは山や森などの奥から自然発生するらしく、放っておくと共食いをくり返し、どんどん強大になっていく。
中型モンスターまでなら人間の軍隊でもなんとか倒せるが、大型に歯が立たない。
大型モンスターは自然災害扱いとなり、脅威が過ぎ去るのを身を潜めてやり過ごすしかないそうだ。
聖女の加護のある我が国はモンスターの脅威とは無縁だが、豊かな国なので周辺国からはたびたび侵略されている。
そのため対人間用の備えとして、国境の守りは硬い。
他国と国境が接しているのは国の北と西と南で、それぞれ有力貴族が守りに付いている。東領地の奥は険しい山脈が広がっていて人は住めない。
代わりに魔物が大勢いるが、聖女の加護で守られていて侵入されることは無い。
国の東を治める大貴族のゾポンドートは、外国との戦争の備えは必要なく財政負担は他の領地より少ないが、かなりの浪費家らしく借金が多いらしい。
国の監査員から不正も多く指摘されていて、評判も良くない。
そのゾポンドートの領地から『聖女ローゼリア』が誕生して俺の婚約者となった。
ざっと情報を整理するとこんなところだ。
国の軍事力が弱ければ真っ先に強化に取り組むべきだが、この国の軍隊は他と比較して強いらしい。
軍隊の強化といっても王子の身で出来ることは知れているだろうから、すでにそこそこ強いというのはありがたい。
軍事力が強いのであれば、農業関連の知識やノウハウの収集をやっておきたい。
自分で全部やるのは無理だから、優秀な人材を集める必要がある。
有能な側近は沢山欲しい。
婚約破棄イベントは二年後で、聖女の加護が完全に切れるのはそれから三年後、つまり俺とこの国が破滅を開始するまで五年の猶予がある。
それまでに出来る限りの備えをしておく。
王宮の外に出て街を見て見たいとゼニアスに相談してみると、条件付きで許可してくれた。
せっかく異世界に転生したのだから、街にもいってみたい。
「この者達と離れずに、行動して頂きます」
紹介されたのは三人の女の子で、三人とも腕に覚えのえる護衛だそうだ。
名前はシーネ、ライザ、リーナ。
シーネは傭兵ギルドで弓兵をしている女戦士。
ライザは酒場で働いている看板娘で情報ギルドの所属。
小柄な女の子のリーナが暗殺ギルドに所属している。
それぞれ、自分の専門分野の実力者だそうだ。
そこにクリスティーヌが加わることになる。
護衛が全員女で美人揃になったのは、もちろん俺の要望だ。
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