愛及好本

 わたしは本が好きだ。そのレベルは『本の虫』と呼ばれるほど。そして、私自身この称号を誇らしく思ってる。


「史華(ふみか)ってほんっと本好きね! 休み時間ぐらい本読んでないで脳を休めたら?」

「いいじゃん! 昼休みはお昼ごはん食べてたら、時間なくなるし、放課後は部活があるし、読むための時間が休み時間しかないんだよ!」

「でも史華は、昼休みは読みながら食べてるし、放課後は文芸部で帰宅時間ギリギリまで本読んでるじゃん。それに、うちら三年はもう引退してるのに毎日部室に行って読んでるよね」

「ぐううううう」

「リアルでぐううううっていう人初めて見たわ。ほれほれ、そんな真顔で本読みながら会話してるとうち以外の友達いなくなるよ」

そう言いながらわたしの眉間を弄る。

「……あかねと本があればわたしは十分だよ」

「うれしいこと言ってくれるねぇ」

「あかねのことは愛及屋烏っていうぐらい好きなの」

「きゃー。嬉しー。ただねぇ、そんな愛の告白も本から顔をあげて言わなきゃうち以外には伝わらないものよ!」

あかねに本をとりあげられて目が合う

「あれ? 史華さんや。意外と赤らんでないかい?」

どうやら、わたしの顔は赤らんでいるらしい。

「ちょっと暑いだけだから」

「へー。そんな史華が照れるほど? ねぇ、愛及屋烏ってどういう意味」

「え? えっと愛及屋烏っていうのはその人を愛してると、その人の住む家の屋根にいる烏まで好きになるって意味で、その人に関係しているもの全部が好きってこと」

「それは照れるね」

「わたしはてっきり少女マンガ作家のあかねなら知ってると思って……」

「へー。うちが知ってると思って愛の告白してきたの。史華さんはかわいいねぇ」

やばい。あかねがニマニマ超えてにやにやしてる。これずっといじられ続けられて、マンガのネタにされるやつだ。


そもそもわたしが『本の虫』っていわれるほど本好きになったきっかけは、このあかねだ。中学生の頃、あかねの書いたマンガがノベライズ化され、それが中学女子の間で話題になった。噂を知った担任が、あかねのマンガとノベライズ化された小説をクラスの女子全員に配ったのがきっかけだった。貰ったからには感想をきちんと言おうと思い、読んでみたら恋なんてしたことないのにキュンキュンして切ない感情まで伝わってくるようで、それをあかねに語ったのをはっきりと覚えてる。今はミステリー小説のほうが好きだが、あいかわらずあかねの書いているマンガは毎回買ってるし、あかねの好きな小説やマンガなんかは私も好きだ。そういう意味では、パッと出てきた言葉だったが、愛及屋烏というのは間違ってないかもしれない。いや、愛及好本というべきか。語呂が悪い気がするが。

「史華がうちのこと好きなのはずっっと前から知ってるから今更照れなくてもいいのにね」

「ふぇ⁉」

そこでチャイムが鳴ったからそれ以上は聞けなかったが、次の休み時間に問いただしてやると決意した


授業が終わりあかねのもとに行くと、あくびをかみしめ、ひたすら眠そうなあかねがいた

たしかにさっきの授業は眠たくなるような内容だったが、わたしはさっきのあかねとの会話が気になって授業半分にしか聞けなくて、まったく眠気に襲われなかった。ただ、たぶん気になるのはそこじゃなくて……おそらく……。

わたしとあかねの温度差だ

明確にはなんて言うか分からないけど…あかねのことで授業半分に聞いていたわたしだが、あかねは授業をきちんと? ではないが、まるでさっきのことなんてなかったことのように授業を受けていたのだろう

わたしはあかねの前の席に座って告白をした状況で直視しにくいながらも顔を覗く。

「なぁに?」

 のぞいた瞬間、あかねが顔をあげ、尋ねた。

「愛及好本」

これがわたしのめいっぱいだ。

「ふふふ。史華、顔真っ赤だよ」

「もう! しょうがないでしょ! それで答えは?」

「昼休みに話をしようか」

「は? 今答えればよくない?」

「なんていうかな? なんか誤解してたみたいだからね? 「誤解ってどういう……」あとは史華の熱烈な告白を聞いて、うちも告白四字熟語をつくってみようかなーって思って。史華は赤面症かな?」

「誰のせいで!」

かかなり違和感があるが普段と変わらないあかねに安心した。普段と変わらなくてもやもやしてたのに、普段と変わらなくて安心するとかどういうことか。


「まぁ、史華さんや。いまほんっと眠たいので寝かせてくれません?」

「授業そんな眠いもん?」

「いや、徹夜」

「面白い本でもあった?」

「のんのん。面白い本を書いているっていう時点である意味では間違ってないかもだけど。今書いてる作品がもうすぐ終わるから、次の考えててね。あと休み時間何分?」

「五分」

あかねは腕を枕に机へ伏した。

徹夜するほど書く時間に追われてるなら通信制行ったほうがよかったんじゃないかと思うがそこらへんはあかねの自由だろう。

それと大した理由でもないと思うが、あかねの書くスピードはかなり速い。専門のpcを使っているからというのもあるだろうが、3週間に1冊とかプロでもそうそういない。あかねがプロじゃないとかじゃなくて、文芸部所属で週に三日も時間があるにもかかわらず、読んでばかりでイラストを書く必要のない小説を月に1作品も作れなかったわたしがいるのだから、比べなくともあかねは凄い。


昼休み。わたしたちは図書館の談話スペースにいた。教室はにぎやかで本を読むのに向かず、図書館は人が多くても静かで昼休みの談話スペースを利用する人はいないので、話し場所にはうってつけだった。

「それで誤解って何?」

「怒らないでね? 史華さんはレンアイテキにうちを『愛してる』って解釈でОK?」

あかねに対する違和感がすごい。

「『愛してる』かどうかは置いておいて恋愛的に好きなんだよ?」

「うん。理解したよ」

「それで誤解って何?」

「史華は、うちが描いた作品が好きだからうちのことも好きなんであって。なんか、ファンみたいなさ? 意味で好きなんだと思ってたんだけど」

「だけど?」

「最初に愛及屋烏の意味を聞いてファン的なことだったら意味として間違ってるし、あんなに照れてることないよなって思って、もしかして……あの告白は本気なのかなって思ってね」

「本気じゃなかったら「ねえ、いつからうちのこと好き?」

息をのむ。誤解だなんだ言っても単純に人を好きになるか、関係のあったモノから人を好きになったかの違いであって……別に今好きならどっちでも良くて……それに少女マンガを書くあかねなら理解してくれると思った

でもほんとはあかねが描いた本が好きで、それで本が好きになって、本を好きになるきっかけをくれたあかねが好きで……。

ちょっと混乱してきた。恋愛的にってどういう意味だ? そもそも愛も恋も好きも違いがわからない。ラブストーリーでは、詳しく書かれるけど作者によって解釈は違ってる。

「いつからって聞かれたらいつから好きかなんてわからないよ。それにわたしは愛も恋も好きもまったく違いがわからないから」

「個人的な解釈でいいなら愛は愛しいって感情で理性がかなり効く。反対に恋っていうのは束縛、所有欲、独占欲みたいな欲を相手に強く求めるようになる。好きは好き嫌いでバロメーターがあるとしてどっちに傾くか。だと思う」

ちょっと倫理の専門書を聞いてるみたいで難しい。

「史華には欲がないよ。恋をしてるのなら欲が欠けてる。誰かを愛してるっていうのなら史華が愛してるのはうちじゃなくて本であって、『愛及屋烏』でも『愛及好本』でもないよ。それでも、うちのことが好きって言えるなら……。

「うるさい、うるさい! 好きって伝えただけなのになんでそんなに言われなきゃいけないの!?」

「別に責めてるわけじゃないから静かに……」

「攻めてるじゃん! わたしはあかねに好意を伝えただけだよ? それなのになんで欠けてるなんて言われなきゃいけないの? 余計なお世話だよ!」

「うん。ごめんね。うちが悪かったから、ちょっと落ち着いてね。深呼吸。深呼吸」

ほんっとなんで恋してないとか欠けてるとか言われなきゃいけないの……私にどうして欲しいのかがわからない。嫌いなら、振ってくれればいいのに……。

「あー。恋愛感情を分析したがるのはうちの悪い癖だわ。」

「そーだよ。あかねが悪い」

「うん。これだけ言ってもうちのことが好きだっていうなら……一緒に恋愛しよ?」

「……」

どうしてそうなる。

あかねのわたしにに対するイメージもわからない

恋愛感情が欠けてるって言っておきながら、好きだって言う? しかも『一緒に』恋愛しない? ってどういうこと?

「うちは史華のこと好きよ。恋愛四字熟語は作れなかったけど」

このタイミングで掘り返さないでほしい。

「うちはうちなりに『求愛拾餌』してきたつもりだよ。史華が本好きになったきっかけの本って、うちが書いた本でしょ。『本の虫(笑)』になったきっかけの東野圭吾の作品を薦めたのはうちでしょ。いまでも史華の読む本はうちが好きな本ばっかだよね。気づかないのは鈍感ヒロインぐらいよ。だからね。それくらい史華に恋してるよって伝えたくて」

背筋がほんのちょっとゾクッとした。でもこの感覚は嫌いじゃなくて、あかねに恋してるって言われるのも嫌いじゃなくて、寧ろ嬉しくて、でもわたしだけが与えられてばかりでいるのは嬉しくなくて…だから…

「あかね。私と付き合ってくれませんか?」

「もちろん。今日何回も告白させちゃったね。うちの恋人になってください」

「そのうえで史華が『昼想夜夢』するくらいうちのことを思って愛してくれると嬉しいな」

「たりないかもしれない。授業中だって集中できないくらい想って、あかねの家にいる烏に感謝感激して主人公の相談相手として小説の中にでてくるかもしれない」

「嫉妬しちゃうね。その小説ぜっったい読ませてね。なんなら、うちの腕でコミカライズ化もさせるから。とりあえず、お昼ご飯食べながら内容詰めていこう」

「そうだね。お昼休みで食べ終わるかわからないけど、とりあえずタイトルは決まった!」

「どんなの?」

「『愛及好本』」

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