任務開始

髪をセットしてもらった後、俺はYouTube撮影の準備を進める。

準備といっても渡されたカメラをじっと眺め、撮影の段取りを確認することくらいしか俺には出来ない。

別に自分がカメラに映るわけでは無いのに妙に緊張してしまう。


「新太、もう行けそう?」

「はい、大丈夫です!」

俺がそう答えると、キヨがクスッと笑う。

「なんで新太が緊張してんだよ。」

「任務ですから・・・。」


緊張する中、遂にYouTube撮影が始まった。

「皆さん、いつも見て頂きありがとうございます。モデルの西宮伊織です。

今回は雑誌の撮影で遊園地に来ています!

そこで、なんと今日は雑誌との連動企画ということでスペシャルゲストと共にデートをします!

ではゲストの登場です!」


西宮がニッコニコで拍手をすると、画面外からもっとニッコニコのキヨが登場する。


「伊織の兄の清敬きよたかです。いつも妹がお世話になってます!」

キヨの名前は清敬だったのか。

ここに来ての新事実の発覚に俺は心の中でおーっと言ってしまう。


「という事で、今日はキヨと兄妹デートしていきます!ぜひ最後までご覧ください!」


西宮は仕事の一環で頻繁にYouTubeに出ているので、この手の撮影にはなれている様子だ。

一方のキヨはと言うと・・・。


「お兄ちゃん、まず何から乗る?」

するとキヨは得意げにポケットから一冊の本を取り出した。

それはこの遊園地のガイドブックで、付箋だらけだ。

「兄ちゃんいーっぱい調べたから、伊織が乗りたいやつ全部乗ろうな!まずはコーヒーカップだろ?」

「何でわかるの?!」

「兄ちゃんは何でもお見通しなんだよ。」

キヨはスキップでコーヒーカップの方へと向かって行く。


カメラのことなんてすっかり忘れてしまっているようだ。

そんなキヨを見て西宮は楽しそうに笑う。

「私たちも行こうか、新太君。」

「はい。あ、じゃなくて・・・!」

俺はカメラマンなのについ返事をしてしまった。

西宮はふふっと笑う。


「麻里さんも言ってたでしょ?新太君もいっぱい喋ってね。」

「でも・・・。」

「皆さん!紹介が遅れてしまいましたが、今日カメラを回してくれているのは私もキヨもすごくお世話になっている新太君です!」

「・・・よろしくお願いします。」


「行こう!」

「はい。」

カメラ越しに見る西宮の笑顔も眩しくて仕方なかった。


「お兄ちゃん!何で先に行っちゃうの?」

西宮は腰に手を当ててキヨの顔をじっと見る。

「それがな、気がついたらスキップしちゃってたんだ!」

キヨは自分でも本当に驚いているらしい。

何でだよ。


「先に行ったら駄目だよ。デートなんだから!」

西宮はそう言うとキヨの服の袖をキュッと掴む。

え?可愛すぎるんだけど・・・。

キヨも勿論同じことを思ったようで、掌を額につけてから俺の方をチラリと見る。

俺はただただ頷いて見せた。


2人がコーヒーカップから降りてくると、西宮はキヨと腕を組む。

「伊織?」

「こうしておけば、お兄ちゃん先に行っちゃわないもん。」

頬を赤く染める西宮を見てキヨは優しく微笑む。

「どこにも行かないよ。」


その後も2人は腕を組みながら遊園地を回った。

2人ともすごく幸せそうで画面はハッピーオーラで満たされていた。


「伊織はチョコ味にするか?」

「うん!」

「じゃあ兄ちゃんはプレーンにする。新太は?」

「え?」

「新太も食べるだろ、チュロス。」

「じゃあ、チョコで。」


俺がカメラを持ちながら片手で財布を出そうとすると、良い匂いとともにチョコチュロスが目の前に現れる。

「はい、新太君!」

俺は西宮が差し出したチュロスにパクッと齧り付く。


「え?!」

「え?あ!!ごごご、ごめんなさい!」

俺は・・・俺は何をしているんだ!?

目の前にチュロスがあったからって普通齧り付くか?

しかもチュロスを持っていたのは西宮だ。

俺が恐る恐る西宮の顔を見ると、彼女の顔は真っ赤に染まっていた。


俺は自分の顔が赤く染まって行くのを感じる。

そして西宮の後ろから何か凄まじいオーラを感じるような・・・。


「へ!?」

見るとそこには今まで見たこともない表情のキヨが立っていた。

これは怒っているのか?悔しがっているのか?

とにかく今、目を合わせてはいけない。

黒いオーラを感じるだけに留まろう。


「新太君・・・。」

「は、はい!」

「これ、お兄ちゃんから・・・。」

西宮は改めて先ほどのチュロスを俺に差し出した。

俺は恐る恐るそれを受け取る。

「ありがとうございます・・・。」

西宮の顔はしばらく見れそうにない。


「新太・・・。」

「・・・はい・・・。」

「今のは宣戦布告と受け取って良いな?」

「いや、全然良くないです!」

「よし、伊織!好きな物なーんで買うからな!何でも兄ちゃんに言うんだぞ!」

キヨは目を細くして俺のことをじとーっと見る。

「勝つのは俺だ、新太。」

キヨは自分のプレーン味のチュロスを齧って見せた。







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