限界フリーター、沼り、沼られ
宝花 遥花
光
フリーターとは・・・
フリーアルバイターの略称。15歳〜34歳の若者のうち、正社員・正職員以外の就労雇用形態で生計を立てている人を指す。
「新太!新太!起きなさい!バイト遅れるわよ!」
「・・・ん・・・。」
一階から大声で呼ぶ母親の声で前野新太は目を覚ます。時計を見ると6時半だ。
「6時半・・・・?!」
新太はガバッと布団を退けると勢いよくベッドから起き上がり、着替えて下に降りる。
顔を洗ってからリビングにある朝食のトーストに齧り付いた。ここまで3分といったところか。
トーストを頬張りながら母に文句を垂れる。
「なんで起こしてくれなかったの!?」
「何回も起こしたわよ!ていうかあんたもう23なんだから自分で起きなさいよ!」
こんなやりとりは日常茶飯事なので新聞を読む父は見向きもしない。
「ご馳走様!」
トーストをほぼ丸呑みして、歯を磨き鞄を持って玄関に向かう。
「行ってくる!鍵閉めといて!」
そういって家を出ると自転車に跨って、坂を登り始めた。
家を出て一番最初が一番きつい坂なんて本当に最悪だ。
出発早々息を切らせながらもこの半年で足の筋肉も慣れただろう、あっという間に登り切る。
20分ほど自転車を漕ぐと、アルバイト先のコンビニに到着した。駐輪場の一番端に自転車を停めてコンビニに入る前に一服する。
このルーティンは非常に重要だ。
「おはようございます。」
「おはよう。」
事務所には、のほほーんという表現がが世界一に合うのではないかというほど穏やかな、店長の鈴木がいた。
「前野君、汗だくじゃない?大丈夫?」
鈴木は中年男性であり、正直癒しとは真逆の存在のはずなのにその雰囲気故か、なぜか癒される不思議な男だ。
「はい。」
新太はささっと着替えを済ませ、店に出る。
「じゃあ、二人でよろしくね。」
そういうと鈴木は店を出た。このコンビニはさほど混まないので二人体制の事が多い。
「おはようございます。」
「おはようございます。」
今日は新太と先輩バイトの西宮伊織の二人だ。西宮は年中関係なくマスクをしている女性だ。おそらくすっぴんだからだろう。それでも手入れされた眉や透き通るような肌を見ると美人なことがよく分かる。栗色の綺麗な髪が印象的だ。
そして急にシフトを休むことや、交換をお願いされることがしばしば。理由はよくわからない。
新太はここで働いて半年経つがまだあまり話したことは無いのだ。
二人は黙々とそれぞれの作業をこなす。
しばらく作業をすると暇になってしまって、二人はレジに立つしかなかった。
「前野君。」
「はい?」
「今週の日曜日、私遅番なんだけど変わってもらえないかな?」
西宮は事務所の扉に貼ってあるシフト表を見ながら新太に問う。新太は正直またかとも思ったが、フリーターなのでシフトに入れるのはありがたい。
「はい。大丈夫です。」
新太がそう答えると、西宮は目を細めて笑う。
「いつもありがとう。」
マスク越しでも可愛いくて、新太は少しドキッとした。
「・・・いえ、大丈夫です。」
「いつも前野君にばっかり変わってもらっちゃってるなあ。ごめんね。」
「僕、フリーターですから暇なだけです。お気になさらず。」
「他でもバイトしてるの?」
「いえ、ここだけです。」
「そっか。」
その後はこれと言った会話も無く、二人は業務をこなした。
そして暇すぎて長く感じる勤務をなんとか終え、16時ごろ新太はパチンコに向かった。
バイトして、パチンコ行って、タバコ吸って、酒飲んで寝て・・・こんな毎日の繰り返しだ。
23歳、夢も希望も無い。
充実してるかって言われたらNOだけど、別に生きていける。
人生なんてそんなもん。
みんながみんなSNSみたいにキラキラしているわけがない。
人生に鈍い光すらもない人間がこの世には5万といるだろう。俺もその一人。それだけの事だ。
ただやっぱり人間ていうのは自分には無いものに強烈に憧れる。そしてそれは時として自分の人生に光がさすきっかけになったりする。
日曜日、西宮と変わって出勤した新太は23時頃帰宅していた。この日は雨なので歩くしかない。歩くとまあまあ時間がかかるので、少し憂鬱だ。
「パチンコはパスだなあ。」
15分ほど歩いたところで、雨音の中に微かに女性の嫌がる声が聞こえた。
声のした方に行き、物陰からそっと見ると女性が二人の男に絡まれていた。
「お姉さん、雨だから送ってあげるって!早く乗ってよ!」
男性たちは女性の腕を掴んで車に乗せようとしていた。
「嘘だろ・・・。」
女性は必死に抵抗するが、男二人がかりにかなう訳もなく、今にも車に乗せられてしまいそうだ。
「やめて!離して!」
今から警察を呼んでも間に合いそうにないし、近くに人もいない。
幸い男たちはヒョロそうだ。新太は意を決して男達に声を掛ける。
「その人を離せ!」
新太がそう言うと、二人の男性が振り向いて新太を睨みつける。
「ああ?なんだよ兄ちゃん。邪魔すんなよ。」
そう言って男は新太の頬にパンチした。
ヒョロイと思っていた男だったが、結構パワーがある。だが新太は怯む事なく男性に掴みかかって髪を思いっきり引っ張った。
「いてててててて!なにすんだてめえ!」
「禿げるのが嫌だったらとっととここから失せろ!」
そう言うと新太はさらに強く男の髪を引っ張った。
「うわあああああ!抜ける!抜けるって!」
「失せる気になったか!」
新太がそう言うともう一人の男が後ろから新たに腕を回す。
「手ェ、離せや!クソガキが!」
「離すのはお前だ!」
新太は口元に回されたその腕に思い切り噛み付いた。
「うわあああ!やめろ!離せこのクソガキ!」
取っ組み合いをしているとどこからかパトカーのサイレンの音がした。
「やべ!サツだ!」
男達は新太を振り解くと車に乗って逃げて行った。
新太は襲われていた女性の方に駆け寄った。
「大丈夫ですか?怪我は?」
すると女性は泣きながら新太に抱き付いた。
「怖かったよおおお!」
「え?あ、もう大丈夫ですよ!」
新太はそんな場合じゃ無いと思いながらも内心ドキッとしてしまった。
「前野君、ありがとう・・・。」
「え?なんで僕の名前・・・?」
新太が問いかけると女性は新太からそっと体を離して、じっと顔を見る。
遠くからだったのと、暗さでよくわからなかったが、すごく綺麗な女性だ。だが、知り合いにこんな人居ただろうか・・・新太はなかなか思い出せないでいた。
すると女性が口を開く。
「バイトが一緒の西宮です。」
「・・・え?!」
「いつもすっぴんにマスクだからわからないよね。」
西宮はそう言うと新太に再び抱き付いた。
「助けてくれてありがとう。」
新太は迷いながらも西宮の背中にそっと手を添えた。
三日後、この日は遅番の為家でのんびりしているとLINEの通知音がなった。
見るとそれは西宮からだった。
シフトの交換かと思って開くとメッセージにはこう書かれていた。
(今日一緒にバイト行きたいです。良いですか?)
「え?」
思わず声が漏れるし、読み直す。
どうやら読み間違いでは無いようだ。この前の事件が相当怖かったのだろう。
「そりゃ、一人で出歩きたく無いよな。」
新太はすぐに返信した。
(お疲れ様です。大丈夫です。西宮さんが嫌でなければ家の近くまで迎えに行きます。集合場所はどこが良いですか?)
するとすぐに返信が来た。
(えんぴつ公園でどうでしょうか?)
(わかりました。19時で大丈夫ですか?)
(はい。よろしくお願いします。)
そして18時55分。新太はえんぴつ公園の前にいた。正直少し緊張している。
ソワソワしていると小走りする足音が聞こえてきた。
見ると西宮がコチラに走ってくる。あの夜とは違ってすっぴんにマスクのバイト仕様だ。それでもやはり可愛い。
「前野君、ありがとう。」
「いえ。もう大丈夫ですか?」
「うん。前野君が迎えに来てくれたから。犯人も捕まったし。」
そう言って西宮は目を細めて笑う。
前野は思わず目を逸らす。
「行きましょうか・・・。」
「うん。」
二人は特に何かを話すわけでもなく歩いていた。しばらくすると西宮が口を開く。
「新太君。」
「へ!?は、はい!」
新太は突然したの名前で呼ばれたことに驚いて変な声が出てしまった。
すると西宮がクスッと笑う。
「新太君て、お付き合いしてる人居るの?」
「いえ、しばらく居ません。」
「好きな人は?」
「いえ、特には。」
それを聞いた西宮は嬉しそうに目を細める。
「じゃあ、私にもチャンスある?」
「え?!え?それって・・・え?!!!」
西宮はまたしてもクスッと笑う。
「私そんなにおかしいこと言った?もしかして年下がタイプ?」
「いや・・・そう言うことじゃなくて・・・。」
西宮は新太の服の袖をちょこんと持つと上目遣いで新太の目をじっと見つめる。
「じゃあ、これから私の事意識して欲しいなあ。」
新太は思った。意識しない方が難しいでしょこんなの。
それからなぜか西宮と一緒の時間にバイトということが多く、その時は待ち合わせをして一緒に出勤し、帰りも西宮を送るというスタイルが定着した。
そのおかげかこの一ヶ月、パチンコに行く回数は大幅に減ったし、ルーティンだった一服もほぼ無くなった。
意識してねと言われ緊張はするものの、西宮と過ごす時間は楽しい。
なんでも嬉しそうに話す西宮を見てると、自然と笑顔になってしまうのだ。
最初は少しぎこちなかったであろう会話も今ではだいぶ慣れたものだ。
ある日の帰り道、なにやら西宮の様子がいつもと違った。ソワソワしていて、チラチラと新太の方を見ている。
「どうかしましたか?」
新太がそう聞くと、西宮が立ち止まり新太の方に体を向ける。
新太も立ち止まって西宮と向かい合う。
西宮は新太に一歩近づくと新太の右手の人差し指をぎゅっと握り、上目遣いで言う。
「デート、したいなあ。」
その顔はマスク越しでもわかるくらい赤らんでいて、可愛くてたまらなかった。
可愛さの暴力に新太も顔を赤らめずには居られない。
「それ、今日ずっと言おうって思ってくれてたんですか?」
新太の問いかけに西宮はこくんと頷く。
こんなの誰が断れるだろうか。
「行きたいところありますか?」
「ペンギン見に行く。」
そんな要望までもが可愛い。しかも行くと言いきちゃってるところも可愛い。本当にどう言うことなのか・・・。叶えずにはいられない。
「じゃあ、見に行きましょう。ペンギン。」
それを聞いた西宮は目を細めて嬉しそうに笑う。
そんな西宮を見て新太はボソッと呟いた。
「・・・可愛い。」
「え?」
「え?あ!なんでも無いです!」
新太は不意に出た言葉に自分でもびっくりして思わず両手で口を塞ぐ。
「・・・もう一回。」
西宮が上目遣いで可愛くそう言ってきたが、新太の心臓はもう限界だった。
「・・・ごめんなさい。俺の心臓が爆発します・・・。」
新太が小声でそういうと西宮はクスッと笑った。
「じゃあ、デートの時もう一回言ってもらえるようにする。送ってくれてありがとう。」
そう言って西宮は家に入って行った。新太はそれを見届けた後、その場にへたり込む。
「反則・・・。」
その後も心臓の鼓動はしばらくうるさかった。
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