ピカソチックアイデアスワンプマンオーディナリーカオス

ノイア異音(金紫イルカ)

第1話 オーバーキル

 どこから話そう、これは…昨日の話。

 アメリカワシントンからしたら時差的に明日の話だけど、まあそんな事はこの際どうでも良い事で、アルバイト先から帰宅する所から始まる。


 ——————


「ねぇ、そんな格好で大丈夫?」


 大人の余裕が全身から醸し出される女性が額の汗を拭いながらそう言った。

 Tシャツと短パン、履き潰されて萎びたスニーカー、雨具等の装備は無し。そんな状態の男は扉の隙間から見える雷と大雨を一瞥してから振り向いて答える。


「大丈夫…って言いたいけど、ダメでも行かなきゃマズイんで」


「そ、じゃあ本当に気をつけてよ」


「明日俺がバイト来なかったら死んでると思ってください」


「もーやめてよ、この天候じゃ冗談に聞こえないから。着いたら連絡してね」


「はい、じゃあお疲れ様でした!お先に失礼させて頂きます」


 俺は8月末の荒天に若干興奮しながら、意気揚々と飛び出した。

 横目で背後を確認すると玄関の少し手前で天門てんもんさんが心配そうに手を振っている。それに応えるように手を上げながら帰路を急いだ。


 ちょうど自宅までの折り返し地点である歩道橋に差し掛かった頃、それまで雷鳴と雷光に時差があったが、光と音がほぼ同時にやって来る様になっていて、それは雷雲がほぼ頭上真上付近にある事を知らせていた。


「やっば…もっと飛ばさなきゃか」


 心配から来る独り言を吐きながら、一段飛ばしで階段を駆け上がり、着衣水泳並みにずぶ濡れの服を意味もなく絞りながら足を早めた。

 その時だった。


 雷属性の攻撃と言うのをファンタジーやゲームではよく見る。

 痺れるんだろうなとか、電流が弱ければ問題無さそうなんて思っていたが、実際は即死級だ。雨に全身が濡れて電気抵抗が低くなっていた影響もあるだろう。

 ある意味雷属性に対する防御デバフを受けた状態で落雷が直撃した。

 その一撃は内臓へのダメージも大きく、心臓も停止、神経も損傷し、HP表記があれば間違いなく残は1か0.5くらいだ。


 そのままそこに倒れ込む。

爆発に近いような雷鳴に気がついた人が俺を発見して救急車でも呼んでくれたら一命は取り留めたかもしれないが、不運にはおまけで不運がついてくる。

 電撃で硬直した筋肉、棒のように固まった俺に体はそのまま手すりにぶつかり歩道橋の下、アスファルトへ向けて重力ダイブを始めた。

 万が一、恐らく億が一くらいでこのまま落下しても運が良ければ助かったかもしれない、だがそこへ即日配送の不運がもう一つ届いた。

 信号を無視したトラックが爆走しながら俺を跳ね飛ばした。

まさにコンボ技だった美しいくらいに凶悪で高火力な落雷と物理ダメージコンボ、その時点で俺は虫の息のさらに下を行くプランクトンの息。


 ぶっ飛んだ俺の体はどこに行ったかって?

 側道にある大きな用水路に落ちて下流へ運ばれながら、石や木、中にはポイ捨てされたチャリンコ何かでズタズタにされて、ダムの吸水口に着く頃には大きめな肉片付きボロ雑巾みたいな状態だった。


 泥やゴミに混ざった俺が、ダムから排水され、これにて完結って状況にも関わらず、さらにその泥の溜まり場に雷が落ちた。

今日の雷神は死体蹴りが趣味らしい。

 都合の良い物語なら、このままきっと異世界に転生して、そのついでにチートスキルだとか名ばかり雑魚スキルを与えられつつハーレムを作って楽しいオナニーライフを送るんだろうけれど、そうは行かない。


 雨星 努一うぼし どいち。享年21歳。

 死因——落雷、その他色々オーバーキル







 ———翌日。


「おめ、こごでなしてんが?(貴方はこんな所で何をされているんですか?)」


 パンチの効いた茨城弁で目が覚める。

 酷い悪夢から目覚めたと思ったら、全裸をしわくちゃのお婆さんに見られる悪夢に遭遇した。


「あの、ここどこですか?」


 俺は生まれて初めて、否、死んで初めて。

 生きてる間に言ってみたかったセリフを一つ消費した。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る